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「平民は愛されない」はずなのに、雲の上の第一王子様から溺愛されています!?  作者: 東明時裕夜
第一章 王子様との出会いと王女の殴り込みと、お茶会準備

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幕間3 王女の企みと王妃への相談

 数時間後、ナセドたちは王城の、いつものように衛兵たちが守る門の前へと着いた。


「あっ、お兄様。やっと見つけましたわ」


 そう声をかけてきたのは、白と黄色を基調とした高級なドレスを身に纏う少女だった。ナセドに似た美しい顔立ちに、肩までかかる長い金髪。黄色いリボンをあしらった白いヒールでカツカツと甲高い足音を立てて、彼に近づいてくる。


 彼女こそ、このアルスリーア王国の第一王女、リリアーナ・アルスリーア十八歳である。


「リリアーナか。何か用か?」

「用も何もありませんわ。今までどこへ行っていたんですの?」


 横にいるリカードには目もくれず、リリアーナは怒っていた。ナセドがほぼ毎日のように城下町へと赴いている事に。

 しかし、リリアーナは知らないのだ。彼が平民の娘に惚れたことなど。ナセドはリリアーナが怒っている理由はともかく、真顔で誤魔化すことにした。


「ただの暇つぶしだ」

「ただの暇つぶしですって?この私がどれだけ苦労していると思っているんですの?」


 無理もない。彼女は、ナセドがいない間、彼に群がる貴族令嬢たち、特にレーナの相手を押し付けられて、大変な思いをしていたのだから。

 だから、リリアーナが怒るのも当然であった。


「お前の苦労はわかった。とりあえず俺は忙しい。またな。行くぞ、リカード」

「あぁ。じゃあリリアーナ様、失礼しますね」

「あっ、お兄様。待って……!」


 ナセドが適当に宥(なだ)めるように言い、リカードも真顔でそう声をかけると、二人は敬礼する衛兵たちの横を通り抜け、足早にその場を後にした。一人残されたリリアーナは悔しそうな顔を浮かべ、唇を噛みながら呟いた。


「もう、お兄様ったら。絶対、ただの暇つぶしじゃないわ……」

「あっ、いた。お嬢様」


 お城の奥から、黒髪に若緑の瞳を持ち、黒い服に身を包んで両手に白い手袋をはめた男性が走ってやってきた。彼の名はナット・ヘルベルナ、二十歳。リリアーナに二年仕えている付き人で、相当な苦労人である。


 彼はそれなりにわがままなリリアーナに逆らえず、いつも『これを取ってきて』『これをやって』など、まるで人を手駒のように使われていた。


 ――それでも、彼は密かに彼女に惚れていた。そのことをリリアーナは知る由もない。


「あっ、ナット」

「お嬢様、探しましたよ」

(なんだ、いつもの付き人か。まぁ、それはどうでもいいとして。お兄様の言ったことは納得できないわ。何が『暇つぶしだ』よ。しかし、やっぱり気になるわね)


 リリアーナは目の前にいる彼の言葉を聞き流し、考えを続けた。


「どうしました?リリアーナお嬢様」


 不機嫌な顔で黙り込むリリアーナに対して、ナットは彼女の顔に視線を向けた。すると、リリアーナは考えるのをやめ、表情を変えずに彼を見つめた。


「いや、なんでもないわ。ナット」

「そうですか、それよりも、レーナ様たちがお呼びです」

「はぁ、またですか?」


 リリアーナは心底うんざりした顔でため息をついた。それでも決して弱音を吐かず、彼女は毅然(きぜん)とした態度で応じた。


「今、行きますわ」

「では参りましょう。お嬢様……」


 リリアーナはお城の奥へと向かおうとした。その時、ふと横目でナットを見て、頭にいい考えが浮かんだ。


「待ちなさい、ナット」

「はい?お嬢様」


 突然の呼びかけにナットが驚いていると、リリアーナは左手で胸元からピンク色の扇子を取り出し、彼に近づいてその首元にピタリと突きつけ、こう言い放った。しかし、ナットは彼女に近づかれても、全く動じなかった。


「あなた、明日は暇よね」

「はい、そうですが?」


 ナットが不思議そうな顔で答えると、リリアーナは彼の首元に扇子を当てたまま、険しい顔で言葉を続けた。


「お兄様の動向を探りなさい」

「何で、私が……?」


 ナットが嫌そうな顔で尋ねると、彼女は険しい表情を崩さず、少し怒りの混じった口調で言った。


「理由……?簡単よ。お兄様は毎日のように城下町へと赴いている。それはわかっていますわ。だが、何の為かと問い詰めようとしても、『ただの暇つぶしだ』や『お前には関係ない事だ』とか言って、誤魔化されているの。今日だってそうよ。だから探りなさい。いいこと?これは王女としての命令よ」

「はぁ、分かりました」


 ナットは仕方なさそうな顔を浮かべ、渋々リリアーナの命令を受け入れるのであった。


 彼が承諾したのを確認すると、リリアーナは心の中で「よし」と企むような笑みを浮かべ、突きつけた扇子をスッと離す。そして、それを左手で胸元に仕舞い込むと、レーナたちが待つ中庭へと向かったのだった。


 ***


 一方、城内の聖騎士団本部へ向かったナセドは、既に王城の出入り記録を見ていた。


「どうだ。お前の目的の女の名前はあったか?」


 城内にそびえ立つ、騎士団本部の横長な建物。その二階にある団長室。黒い石造りの壁に備え付けられた魔道具の球体ランプが部屋を照らす中、机で記録を読んでいるナセドの背後から、リカードが話しかけた。


「まだだ」


 ナセドは後ろを振り返りもせず、指先で記録をなぞりながら、じっと文字を追っていた。


「あぁ、見つけた」


 ついに『レレナ・アティリア』という名を見つけ出したナセドは、王族でありながら少しだけ頬を赤くし、思わずだらしなくにやけた顔をしてしまった。


(なるほど、レレナ・アティリアというのか)


 記録を見たナセドは、それを閉じた。後ろを振り返り、リカードに礼を言った。


「ありがとう。助かったよ、リカード」

「どうも……。それでこれからどうするんだ?」


 名前の確認を終えたナセドに向かってリカードが真顔で尋ねると、ナセドはいつもの表情へと戻り、静かに告げた。


「彼女をこの王城へ招き、お茶会をしようかなと……。そう考えている」

「なるほど、平民の娘をね。でもそんなことをすれば、どうなるか、分かっているだろう、ナセド」 

「あぁ、分かっている。これから母上に相談するつもりだ。まぁ、最終的には父上に頼み込む予定だがな」

「そうか、お前はそこまで考えているのか、ナセド」

「あぁ……」


 真っ直ぐな青い瞳で言い切るナセドの言葉に、リカードは「本気なんだな」と口にし、納得した表情を浮かべた。


「じゃあ、俺は母上の所へ行く前に、もう一つお前に頼みがある」

「頼み……?まだ何かあるのか?」


 不思議そうな顔で問い返すリカードに対し、ナセドは真面目な面持ちで口を開いた。


「お茶会が決まったら、俺が手紙を書く。それを平民の娘に渡してくれ。場所は北の方にあるレストランだ」

「何でだ?いつもレストランに通っているんだろう」


 リカードが疑問に思って尋ねると、ナセドは自身の金髪を左手で少しいじりながら答えた。


「……それはな、俺が直接渡せば彼女が困るだろう。だから、お前に頼んでいるんだ」

「ほんとか?」 


 目を細めて疑わしげに見つめるリカードに、ナセドは真面目な顔で頷いてみせた。


「分かった、分かった」


 ナセドの真剣な表情を見たリカードは、思わず口元を緩ませ、にこやかに笑いながらそう言った。さらに続けざまに、ナセドは新たな頼み事を口にした。


「それと、お茶会が決まった日、お前には平民の娘……いや、レレナ・アティリアのエスコートを頼みたい」

「なるほど、お前が好きな平民の娘はレレナというのか?」

「あぁ、そうだ」


 リカードは初めてナセドから平民の娘の名前を聞いて、思わず頬を緩めた。


(レレナ・アティリアか。それが、貴族令嬢達を差し置いてお前が惚れた女か。なかなかいい名じゃないか。しかし、俺にエスコートさせたり、手紙を渡す手伝いをさせるなんて、ナセドも不器用だな。)


 リカードは心の中で勝手に納得しながら、親友の恋路を手伝おうと心に決めたような、温かい表情を浮かべた。


「それと最後に、シャフリネには、一日中手が離せないほどの仕事を与えてやってくれ」

「シャフリネにか?」

「そうだ。シャフリネを誘うつもりはないからな。他の令嬢もだ。レーナは多分、来てしまうと思うが……」

「そうか、でも、他の令嬢やレーナ様たちはいいとして、シャフリネはお茶会の話をしても来ないと思うぞ」


 リカードが来ないかもしれないと反論すると、ナセドは表情を崩さぬまま、口を開いた。


「確かに来ないかもしれない。でもさっき、防壁の上で興味を持っていたような顔をしていただろう」

「あぁ、してたな」

「……あいつはレーナたちみたいに平民の娘を蔑むことはしないが、色々と質問攻めにして彼女を困らせるだろう」


 なるほどな、とリカードは腕を組みながら、納得の表情を浮かべた。


「確かに、あいつならやりかねないな」


 リカードがハハハと笑いながら、他人事(ひとごと)のように言うと、ナセドは真面目な表情を崩さず、彼へと視線を向けた。


「ともかく、頼む」

「了解だ。任せとけ」


 リカードは腕を組むのをやめ、にかっと笑いながら、左手で拳を作り胸に当てた。

 こうして、聖騎士団本部で平民の娘の名前を得たナセドは母上に相談するべく行動を開始した。


 今日、レストランを訪れてから聖騎士団の本部へ行き、そうこうしている間に、もう夕暮れになっていた。

 これは急がなくてはと、ナセドはレーナやリリアーナたちに見つからないよう、ひと気のない裏手の中庭を抜けて、城内へと繋がる木の通用扉を開けた。


 いくつもの部屋の前を通り過ぎる。布張りの壁には、いったい誰が描いたのかも分からない高価な絵が並んでいたが、ナセドは絵に興味などなかった。


 天井の魔道具の球体が廊下を照らす中、長い廊下を歩いて右手の階段を上がって行く。その先にある廊下の突き当たり、左側にあるのが、ナセドの母上がいる私室だった。


 ナセドはトントンと、金色の装飾があしらわれた茶色の扉をノックした。


「はい、誰?」


 甲高い美しい声が、部屋の中から響いた。王妃の声だ。


「私だ。母上……」

「ナセドですか? 入りなさい」

「はい……」


 王妃の声に誰にも聞かれないように静かに応え、ナセドはゆっくり扉を開けて、部屋の中へ入った。そして、自身の背後でカチャリと小さな音を立てて扉を閉めた。


 ナセドが部屋に入ると、彼から見て右側に薄い白いカーテンが引かれた、天蓋付きのベッドがあった。左脇には、フィオネの仕事用やお茶会用の服が収納されている両開きのクローゼット。反対側には、ベッドを柔らかく照らす、置き型の球体ランプが載った四角い台が置かれていて、暖かな光で部屋全体を柔らかく照らしている。


「いらっしゃい、ナセド」


 そう声をかけたのは、ベッドとは反対側にある豪華な机の前に腰掛け、書類に目を通している女性だった。背後の窓から差し込む夕陽が、彼女の金髪を眩しく照らしている。


 彼女こそがこの国の現王妃であり、かつて冒険者の家系であるリーンネ公爵家の令嬢にして、最強の魔法使いと謳われた元冒険者――フィオネ・アルスリーアである。


 四十代前半でありながら美しさを保っているが、その美貌とは裏腹に、かなりの数の魔獣や魔物、そしてシェフリアの森に潜んでいた悪魔インキューネを討伐した伝説を残す実力者だ。


 彼女は三属性の魔法使いだが、その中でも火魔法は最強と呼ばれ、『消し炭の冒険者』と恐れられていたほどだ。


 そのため、家族からも尊敬されている。しかし、彼女は大きな秘密を抱えているのだが――それを今語るべきではないだろう。


 今の彼女の姿はというと、深い群青色を基調とし、金色の装飾があしらわれたドレス姿だ。胸元が少し開いており、そこには自身の金髪の色に合った刺繍が施されている。本来なら床に引くほど長い袖は肘までまくられ、豊かな裾はテーブルに触れるほど広がっていた。


 ナセドが彼女の座る机の前へと歩み寄ると、フィオネは目を通していた書類をポンとテーブルに乗せた。


「あなたがここに来るなんて、珍しいわね。何か用かしら……」


 不思議そうな顔で、フィオネが尋ねると、ナセドは真面目な表情を浮かべた。


「実は、母上に折り入って相談したいことがあります」

「相談……?」


 フィオネは、「ん?」と眉をわずかに上げながら、不思議そうな表情で首を傾げた。  


「はい。単刀直入に言うと、少し気になった女性がいまして……」

「気になった女性?それって、うちに来ている貴族の令嬢たちかしら?」


「いや、違います」とナセドはすぐに否定した。すると、フィオネは「じゃあ、誰?」と青い瞳を細めた。


「城下町で知り合いになった平民の娘です」


 ナセドは正直に応えると、フィオネはふふと笑った。


「……あなた、最近、城下町へと出向いていると思ったら、その子に会いに行っていたのね」

「はい」


 ナセドがそう答えると、フィオネは静かに立ち上がり、後ろを振り返って、窓の外に広がる遠くの景色を見上げた。


「しかし、他の令嬢やレーナたちに興味を示さないあなたが平民の娘に恋をするなんてね。本来なら、ありえないことね」

「はい、そうですね」


 としか言えないナセドに対して、フィオネは納得した表情を浮かべつつも、満面の笑みを見せた。


「それで、どうしたいの?」


 笑みを崩さずに問いかけるフィオネに、ナセドは一度深く息を吸い、真剣な眼差しを向けた。


「今度、その平民の娘をお茶会に誘いたいと考えています」


「あら、それはどうしてかしら」と、微笑み続けてるかつ不思議そうに尋ねると、ナセドは王妃に対しこう答えた。


「……レストランでは、俺はただの客で、彼女はただの給仕です。挨拶を交わし、料理を注文して受け取る。それ以上のことは話せません。だから、一度でいい。彼女という人間を、もっと近くで知りたいのです」


 視線を落としながらも、確かな熱を込めて紡がれた言葉。それは一国の王子としてではなく、一人の青年としての切実な願いだった。


「そう……それで」


 息子の口から初めて聞く、恋という感情。フィオネが静かに彼を見つめ返していると、ナセドはすぐに表情を引き締め、願いだけでは終わらせないという強い口調で言葉を継いだ。


「ただ、問題があります。他の令嬢たちなら退けられますが、レーナはそうは行きません。私がお茶会を開こうとすれば彼女が押しかけてくる可能性があるのですから……」

「なるほど、レーナですか。確かにあの子は妃候補に一番近い存在ですし、あなたに対して強引なところがありますから、押しかけてくる可能性は十分にありますわね」


 息子の妻になり得る令嬢たちの性格を、母として把握しているフィオネは、静かに頷いた。


「……それでお茶会を開くというわけね。ということは、リシェル様に頼みに行くのかしら?」


 面白そうな顔をしながらそう尋ねるフィオネに、「はい、もちろんそのつもりです」とこくりと頷いた。


 フィオネが口にした『リシェル様』とは、この国の王であり、彼女の夫であるリシェル・アルスリーアのことだ。今は年齢を重ねているが、それでもフィオネと同等の実力を持つ人物である。


「なるほど、わかったわ。なら、私も参加してあげるわ。私がいれば大丈夫でしょう」

「母上が直々にですか?」

「そうよ」


 フィオネの答えにナセドは言葉を失った。しかし、彼女の表情には面白そうな笑みが浮かんでいた。


(面白そうじゃないの。まるでかつての私みたいね。あいつにあれを見せられた時、私もこんな風にドロドロに溶けていたわ。ナセド、あなたが好きになった平民の娘がどんな子か、母として見届けさせてもらうわ)

「それと、その子の名前は?」


「それは秘密です」と、ナセドは少し頬を赤く染めながらも無表情を装って答えた。


「秘密ね……まぁ、いいわ。お茶会の日まで楽しみにしておきましょう」 


 そう微笑みを浮かべたまま、不思議そうに尋ねるフィオネだが、ナセドの赤らめた顔を見ながらこう思った。


(でも、私に名前を秘密にするなんて、よっぽど好きなのね)


 母上に少し勘ぐられながらも、その頼もしい言葉に安心したナセドは表情を戻し、付け加えるようにもう一つ説明をした。


「招待状や送迎の馬車については、こちらで手配を進める予定ですので、母上がご心配なさらなくて大丈夫です」

「わかったわ。そのあたりはあなたに任せるわ」


 その言葉を聞いたナセドは、母を安心させることができたのだと、ほっと肩の力を抜いた。無事に許可をもらえた安堵を噛み締め、ゴホンと一つ咳払いをしてから深く頭を下げた。


 その時、バンッ!と扉が勢いよく開かれ、馬鹿でかい音が部屋中に鳴り響いた。


 現れたのは、白いヒールをカツカツと鳴らしながら、とても不機嫌な表情を浮かべてズカズカと歩み寄ってくるリリアーナだった。


 なぜ不機嫌なのか、理由は言わずとも分かる。今日も今日とてレーナたちの相手をしていたからだろうと、ナセドには容易に理解できた。


「……聞きました。聞きましたわ、お兄様」

「げっ、リリアーナ」


 ナセドは秘密がバレた子供のように、思わず顔を顰(しか)めながら、彼女の名前を口にした。


「なるほど、城下町へ出向いていたのは、そういうことなのね」


 真面目な顔を浮かべ、リリアーナは少し考え込んだ。


(さっき、ナットにナセドの動向を探らせようと命令したけれど、もうその必要はないわね。早くレーナ達の相手を切り上げて、自分の部屋に戻ろうとしたのは正解だったわ)


 実は、レーナたちの相手を切り上げたリリアーナが、偶然、裏手の中庭を歩くナセドの姿を目撃して、こっそり跡をつけ、王妃の私室に入った扉越しに盗み聞きしていたのだ。


(まさか、お兄様が平民の娘に恋をしているなんて。でも、もっと詳しく知る必要がありますわ)


 そう考えたリリアーナは自身の顔をさらに近づけて、強く言い放った。


「それで、他の令嬢には興味がないはずのお兄様が気になっている平民の娘って、どんな子かしら?言いなさい」

「…どんな子かって?それは真面目に働く芯のある平民の娘だ……。というわけで母上。お茶会の件、よろしくお願いしますね。日にちについては後で報告します。それじゃあ……」


 リリアーナが直球で問い詰めるのに対し、ナセドは一言だけで簡単に済ませると、彼女を軽くあしらうように、フィオネに向き直り、頭を下げた。


「あっ、待って。お兄様!」


 彼女の制止を聞かず、彼は頭を上げると、足早に王妃の私室を後にした。

 その場に取り残されたリリアーナは再び怒った顔をしながら、ぶつぶつと呟いた。


「あぁ、もう!また逃げられたわ」

「リリアーナ!」

「はい、お母様!」とリリアーナは王妃の顔に視線を向けた。


「あなたがナセドに怒る気持ちは、分からなくもないわ。しかし、彼には彼なりの想いがある。それは尊重しないといけないわ」

「それは、そうですけれど……相手は平民ですよ。住む世界が違いすぎますわ。それにお父様が聞いたら……」


 眉間に皺を寄せ、真剣な表情で真っ当な正論を口にしながら、ナセドを心配するリリアーナに対し、フィオネは意味深な薄い笑みを浮かべた。


「確かに住む世界が違うわね。でも、彼は平民の娘に恋しているのよ……。あと、リシェル様についてはナセドが自分で報告するから、大丈夫よ」

「え?お兄様がお父様に……?」


 フィオネの微笑み交じりの言葉に、リリアーナは驚いて目を丸くした。


「えぇ。……そうだわ。さっき、扉越しに盗み聞きしていたから、知っているでしょうけれど、あなたもお茶会に参加する?」

「お茶会……」


 リリアーナは左手を顎に当て、首を傾げて考え出した。


(なるほどね。お兄様は平民の娘をお茶会に誘う為に、お父様に報告するまでの覚悟を持っているのね。私もそこへ参加すれば、あの子に会えるわね。でも、それじゃあ遅すぎるわ。さっきお兄様は『芯のある子』としか言ってませんでしたし、やっぱり自分の目で確かめないと。けど、どうやって調べる?やっぱり、さっきの却下は取り消しね。ナセドの動向を調べさせて、その平民の娘がいる場所と名前を特定してもらおうっと。だけど、その前に……)


 ひとしきり考えて納得したような表情を浮かべると、リリアーナは顎から手を放し、真っ直ぐな青い瞳でフィオネを見つめ、口を開いた。


「参加しますわ、お母様……。私、あの子が気になりますもの……」

「分かりました。ただし、ナセドやその平民の娘に意地悪しないことよ」

「はい、わかっていますとも」


 そう釘を刺すフィオネに対し、リリアーナは左手で胸元からピンク色の扇子を取り出すと、パチンと開いて口元を隠し、顔色一つ変えずに「ふふふ」と静かに笑って見せた。彼女の心にはすでに、腹黒い計画が浮かんでいたのだ。


(お茶会が始まる前に、まずはこの目で確かめる。そのためにも、ナットを動かさないと。まぁ、私の命令に従う従順な従者だから、問題ないわね)


 リリアーナは心の中で密かにそう息巻いていた。

 その後、リリアーナは静かに扇子を閉じて自身の部屋へ引き上げ、フィオネは書類仕事へと戻ったのだった。

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― 新着の感想 ―
読みにこさせていただきました。 感想書かせていただきます。 レレナ・アティリアとナセドの出会いから始まる、身分違いの恋の導入がとても丁寧に描かれていて、一気に物語へ吸い込まれしまいます。自分を何者でも…
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