第4話 嵐を呼ぶ第一王女
ドレスの仕立てをお願いした二日後。私はいつも通り、王国の外れにある大衆レストランでの給仕の仕事に戻っていた。
(今日もまた、ナセド王子が視察の合間に来るのかな……)
お茶会に誘われてしまった以上、次に顔を合わせたらどう接していいかわからない。そわそわしながら入り口のドアを気にしていると、カラン、と軽快なベルの音が鳴った。
「いらっしゃいませー……って、えっ?」
入ってきた客を見て、私は思わず声を失った。
そこには、お忍びの王子様……ではなく、どう見てもこの下町のレストランには不釣り合いすぎる二人の姿があったのだ。
一人は、気配を消すように控えめに立つ目立たない黒髪の青年。そしてもう一人は――眩しいほどの金髪を揺らす、私と同じくらいの年の頃の女の子だった。
まるで夜会の会場からそのまま抜け出してきたような、白とピンクのフリルやレースがふんだんにあしらわれた、とてつもなく派手で豪華なドレスを着ている。
(昨日リーアさんが言っていた『お城の貴族たちが着るドレス』って、あんな感じなんだ……)
突然現れた場違いなほど華やかな姿に、周囲のお客さんたちも目を丸くして完全に固まっていた。
(ちょっと待って!? 王子様に続いて、なんでまたこんな貴族丸出しの人がウチのお店に!?)
私が内心でパニックに陥っていると、その金髪の少女は周囲の視線など意に介さず、迷うことなく私の目の前までツカツカと歩み寄り、ビシッと扇子を突きつけてきた。
「あなたが、レレナ・アティリアね?」
「えぇっと……はい、そうですが。あの、あなたは……?」
「私はリリアーナ・アルスリーア。このアルスリーア王国の第一王女よ」
「……はい?」
私は自分の耳を疑った。
(いやなんで!? 王子様の次は、第一王女様!?)
お城の行事のパレードか何かで、遠目からお顔を見たことはある気がする。でも、まさか私と同年代で、こんな高飛車で堂々とした性格だなんて知らなかった。
ポカンとする私の前で、後ろに控えていた黒髪の青年が慌てて頭を下げた。
「あの、すみませんね。リリアーナ様が唐突で……」
「いいじゃないの、ナット。下がっていなさい」
「ですが、あまりにも……」
従者らしきナットさんという男性の苦言を軽くあしらうと、リリアーナ王女は腕を組み、洗いざらしの簡素なブラウスに茶色のエプロン、飾り気のない紐で一つに束ねただけの髪という、私のいかにも平民らしい地味な仕事着姿を上から下まで値踏みするようにジロジロと見つめた。
「あのう、それで……リリアーナ様が、一体私に何の用でしょうか?」
「決まっているでしょう。真面目で女性に興味がないはずの兄上……ナセド王子がわざわざお忍びで通い詰めて、あろうことかお茶会にまで呼ぼうとしている平民の娘がどんなものか、見極めに来たのよ」
王女様はふんっ、と鼻を鳴らし、私の顔を至近距離から覗き込んできた。
「……しかし。あなた、ちっとも可愛くないわね」
「なっ……!」
初対面での遠慮のない暴言に思わずカチンときた。確かに自分でも特別可愛いとは思っていないけれど、わざわざお城から来てまで、面と向かって言われる筋合いはない。
(そりゃあ、そんな豪華なドレスを着たお姫様と比べたら、色褪せた仕事着の私は地味ですよ! ……でも、昨日リーアさんにはスタイルがいいって褒められたもん!って、あれ? 今、私の胸元を見てすっごく悔しそうな顔しませんでした!?)
私が内心で盛大にツッコミを入れていると、王女様はバサリと扇子を開いて口元を隠した。
「……失礼ですよ、リリアーナ様」
すかさずナットさんが咎めるような声を出したが、王女様は全く悪びれる様子がない。
「本当のことじゃない。どこにでもいるような顔立ちだし、ドレスを着飾った貴族の令嬢たちの方がよっぽど華があるわ」
そう言い捨てると、彼女はふと私の胸元あたりに視線を落とし、ほんの一瞬だけ悔しそうに眉をピクリと動かしたが、すぐにバサリと扇子を開いて口元を隠した。
「まぁ、いいわ。兄上が何をお考えなのかは知らないけれど……。せいぜい、お茶会でアルスリーア王家の名に泥を塗るような、恥ずかしい真似だけはしないように気をつけなさい」
「……っ」
「行くわよ、ナット」
「は、はい……! あの、本当にお騒がせしました。申し訳ありません!」
ナットさんが何度も深く頭を下げながら嵐のように去っていく王女の後を慌てて追いかけていき、カランと鳴ったベルの音と共に二人の姿が完全に見えなくなると、これまで息を潜めて凍りついていた店内の空気が一気に解け始めた。
「おい、今の……本当に第一王女様か!?」
「いくら身分が違うからって、あんな言い方はないだろう……」
「レレナちゃん、いつもあんなに可愛いのに可哀想に……」
周囲のお客さんたちが同情や驚きの声をヒソヒソと漏らす中、騒ぎを聞きつけたファナおばさんが厨房から慌てて飛び出してきた。
「ちょっと、大丈夫かいレレナ! 何だかすごい嵐が来てたみたいだけど……」
「あ……ファナおばさん。はい、大丈夫です」
私が少し強がって笑顔を作ると、ファナおばさんは心配そうに眉を下げた後、力強い手つきで私の肩をポンと叩いた。
「あんなの、気にしない気にしない! 王族だかなんだか知らないけど、わざわざ町娘に嫌味を言いに来るなんて、よっぽど暇を持て余してるお姫様なんだよ」
「おばさん……」
「ナセド王子は、あんな派手なご令嬢たちじゃなくて、あなたを選んでお茶会に呼んだんだ。周りが何を言おうと、堂々としていればいいんだよ。ほら、元気を出して!」
「……はいっ!」
ファナおばさんのカラッと明るい励ましと、いつも私を褒めてくれる常連のお客さんたちの温かい気遣いに、王女様の言葉で少し沈みかけていた心がふっと軽くなるのを感じた。
(な、何なの……あの王女様は! とは思ったけど……負けていられないよね)
絶対に結ばれないはずの王子様に恋をして。
お城のお茶会に招待されて。
挙句の果てに、お茶会の前に第一王女様から直接の宣戦布告まで受けてしまった。
ただの平民である私の日常はもうすっかり跡形もなく崩れ去ってしまったけれど、私を応援してくれる優しい人たちのためにも、逃げ出すわけにはいかない。
不思議と、お茶会に向かう私の決意は、さっきよりもずっと強く固まっていた。




