幕間24 暗躍の裏側の激闘と悪魔の謎の言葉
インキューネが王都へ潜入しているころ、王都の南では、聖騎士団、冒険者、そして国王たちが、悪魔たちとの戦争の真っ最中だった。 左翼に陣取る冒険者たちは、魔法や剣で手当たり次第に魔獣たちを蹴散らし、聖騎士団もまた、激しい戦いを繰り広げていた。
「危ない、シャフリネ!」
炎を吐く赤く巨大な毛深いレッドケルベロスに今まさに引き裂かれそうになり、左手の剣を盾にして防ごうとする赤い髪の彼女の前に、リカードが飛び出した。
「水よ、弾となりて貫通せよ!」
リカードがそう魔法を唱えると、剣先から水の弾丸が真正面へと飛んでいく。それはケルベロスのお腹を貫通し、魔獣は悲鳴を上げて灰へと消え去った。
「くっ……ありがとう、リカード」
「全く、お前は前に出過ぎだ。さっきも言っただろう、余裕を見せると足元をすくわれるって」
「ごめんなさい、油断してたわ」
剣を下ろし、すまなそうな顔を向けるシャフリネに、「でも、君が無事でよかった」と、リカードは安心したように言葉を付け加えた。
「そっ、そう」
シャフリネは少し頬を染めて、そっぽを向いた。
(君が無事でって……それはまるで、私のことをすごく心配しているような言い方じゃない。……でも、そういえば、前に私が近づいた時も照れてたっけ。まさか、私のこと……)
剣を持ったままのシャフリネがほんの少しだけ、リカードの顔へチラリと視線をやると、彼もまた慌てたように目を背け、剣を腰にしまった。
(やっぱり。リカードは私のこと意識しているんだ。でも、今は無理。彼のことは頼りになる男だと思っているけど、恋にかまけている暇なんて、今の私にはないわ。まぁ、あなたがどうしてもと言うなら、考えてあげてもいいけど……って、もう、私は何を考えているのよ! 戦い、戦いに集中よ!)
彼を見て柄にもなく高鳴ってしまう胸を抑え、シャフリネは深呼吸をして心を落ち着かせると、雑念を払って剣を構え直した。
「さて、次の敵を倒しに行くわよ、リカード」
「おっ、おう」
リカードもまた、強気なシャフリネの声に合わせて剣を構え直すと、前方にいる複数の魔獣たちへ向かって走り出した。時には魔法を使い、時には剣で敵を斬りつけながら、応戦していった。
その一方で、イビルス率いる悪魔部隊に対し、ナセド、リシェル、ギルドマスターたちはそれぞれの魔法や剣で応戦していた。
ギルドマスターは、魔法で敵を吹き飛ばし、間合いを取った敵には容赦なく斬りかかった。リシェルは、土の魔法の弾丸を悪魔たちに打ち込み、次々と灰にしていった。
自身の味方が次々と倒されていく光景を見て驚愕しながら、目を見開き、声を上げるイビルス。真顔のナセドは、剣をその悪魔に突きつけて、強く言い放った。
「終わりだ、イビルス」
「ちくしょう、結局、あの引きこもりの言う通りじゃないか」
イビルスが悔しげにそう言い放つと、ナセドは思わず眉をひそめた。それが悪魔の戯言なのか、それとも何かを意味する言葉なのか、彼には判断がつかなかったからだ。
「引きこもり? 何のことだ?」
「ふん、さぁな。自分で考えな」
剣を突きつけたまま疑問の表情を浮かべるナセドに、イビルスは不敵な笑みを返した。
「だが、この上級悪魔イビルス様が、みすみすやられはしないぞ」
そう吠えたと同時に、左手から黒い炎が広がりを見せ、大きな塊へと変わった。
「喰らいな!」
「喰らうか! 水よ、炎を包みて、それを消せ!」
イビルスが黒炎を飛ばすが、冷静な表情を崩さないナセドが水魔法を唱えると、剣先から放たれた水の塊が一瞬にして炎をかき消した。
「そんなバカな、俺の炎が……!」
「ふん、終わりだ。さっさと消し炭になれ」
剣を持っていない方の手で、ナセドは母譲りの大きな炎を、イビルスへと一直線にぶつけた。
「うぎゃぁ……くそぉぉぉ!」
ナセドの放った炎が当たると、イビルスの全身が燃え盛り、大きな断末魔の叫びと共に灰となって消え去った。
「ふぅ、ようやく倒したか、ナセド」
馬を走らせて駆け寄ってきたリシェルが安心した顔で声をかけると、彼は「はい、父上」と涼しい顔で答えた。
しかし、彼の頭の中では、イビルスがさっき口にした『引きこもり』という意味不明な言葉が、少し引っかかっていた。
「どうした、ナセド」
ナセドの様子に気づいたのか、リシェルがそう問いかけると、彼は表情を崩さぬまま、淡々と答えた。
「いや、さっき、あの上級悪魔が口にした『引きこもり』という言葉が気になりまして」
「引きこもり?なんだそれは?」
その意味不明な言葉に、リシェルは首を傾げ、眉間に皺を寄せながら不思議そうに問い返した。
リシェルの問いに、ナセドは首を横に振って答えると、一旦言葉を切った。
「分かりません……でも、いや、そんなやついるわけがないか」
小さくそう呟き、彼は記憶の断片を思い出しながら、自身の考えを整理し始めた。
(さっきの物言い、得体の知れない、何か他の悪魔が忠告したかのような言い方だった。だが、悪魔や魔獣たちが攻めてきたのは南からだ。回り込んで来る奴らなんて、誰も見ていない……。いや、そういえば、母上が父上に、北の守りについて確認していたな)
北といえば、シェフリアの森――インキューネが住んでいた場所だ。それに、あの事件は調べようがないと、近くで戦うアシェリ殿が以前言っていたのを、ナセドは思い出した。
それなのに、母上は、何故、北の守りを気にしていたのだろうか。
(いや、母上のことだ。何らかの考えがあっての確認だろう。それに、イビルスが言ったような悪魔がいるとは、絶対にない。あり得ないしな。だが、念のため、北の衛兵たちに聞いてみよう)
そう考えがまとまると、ナセドは不思議そうな顔をしたままのリシェルを見つめて、再度こう答えた。
「多分、ただの悪魔のたわごとだと、私は思います」
「そうか。たわごとなら、そろそろ帰るか。他の魔獣たちも、聖騎士団や冒険者連中が討伐し終わっているようだしな」
「はい、父上」
そう答えてナセドはリシェルの隣に並び、静かになった戦場を見渡した。悪魔たちとの戦いを終えた二人の間には、静かな安堵の空気が流れていた。
一方、シャフリネとリカードはというと、彼女の風魔法の斬撃と、リカードの土弾による怒涛の畳み掛けで、最後の魔獣を打ち倒していた。
「よし、これで終わりね」
「あぁ」
(はぁ、とりあえず戦いは終わったけれど……リカード。久しぶりに、あなたと並んで戦えて誇らしいわ。少し、ドジを踏んじゃったけど……もし次があれば、油断しないようにしないと。……けれど、いや。何度言い聞かせても、リカードは頼りになる男。彼が私を意識していても、それ以外の何ものでもない……はずよね)
そうため息をつきながらも、シャフリネがチラリとリカードを見ると、彼は彼女の様子を気にする素振りもなく、ズボンのポケットから取り出した白い布で、剣についた魔獣の血や汚れを拭き取っていた。
そして、シャフリネは少しばかりの彼への恋心と、自身の複雑な気持ちを抱きながら、持っていた剣を腰にしまった。
しかし、すでに城下町では、一匹の悪魔が二人の女性の夢を喰らい、ナセドが愛おしく思うレレナにさえ、甘い記憶を刻み込んでいたことなど――彼らは、知る由もなかったのである。
そして、正午頃から始まった戦争は、空が夕暮れに染まる頃には、彼らのいる戦場から魔獣や悪魔たちの姿をすっかり消し去っていた。




