↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「平民は愛されない」はずなのに、雲の上の第一王子様から溺愛されています!?  作者: 東明時裕夜
第四章 動き出す夢を喰らう悪魔少女インキューネ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

46/68

幕間22 甘い欲望との出会いと優しくされた悪魔

 ガチャリと音を立てて、レストランの扉が開いた。天井からぶら下がる油ランプが、入ってきた少女の姿を照らし出す。しかし、悪魔と魔獣たちとの戦いの最中だからか、店内には客が二、三人ほどしかいなかった。


(フゥン。やっぱり少ないのね、まぁあいつらと戦争中だから当たり前か)


 人の少なさに納得するインキューネ。すると、厨房の奥にいた黄色い瞳を持つ桃色髪の娘——茶色のエプロンをつけた仕事着姿の彼女が、少女に気づき、目線を合わせるようにしゃがみ込むと、不思議そうな顔を向けて尋ねた。


「どうしたの、お嬢ちゃん。こんなところで」

「ちょっと、いい匂いに誘われてきちゃって」


 子どものように左手を紫髪の頭に乗せ、照れた演技を見せながらそう言うと、桃色髪の娘は優しい笑みを浮かべ、「そうなのね」と返した。

 すると、桃色髪の娘から、レストランの外まで漂っていたあの甘い欲望の香りが、より一層強く漂ってきた。それが、悪魔の鼻へと吸い込まれていく。


(なるほど。レストランの外で嗅いだ、さっきの甘い欲望の香りはこの子からだったのね。すごい、とても凄い香り。誰かに愛されたいという思いが相当強そうね。……しかし、ここでは狙えないわ)


 他の客の目があるため、別の人間にしようと考え、照れる演技をやめて左手を下ろすと、インキューネは扉へと向かって歩き出した。


「待って。あなた、お腹空いているんじゃない?」


 すると、声をかけながら追いかけてきた桃色髪の娘が、少し身をかがめてインキューネの肩にそっと手を乗せた。振り向くと、娘は引き止めるようにこちらを見つめていた。


(えぇ、空いているわ。あなたのその、とっても甘い夢にね)


 インキューネは心の中でそう呟きながらも、あえて残念そうな顔を作って「ううん、私は空いていません」と否定した。


「いいや、絶対に空いているわよ」


 一歩も引かない強い口ぶりで言う桃色髪の娘に、インキューネは言い返せず、内心で呟いた。


(くっ、仕方ない。ここで疑われたら、かえって面倒になるな。この娘に合わせておくか)


 そう考えると、インキューネは前へと向き直り、困ったような顔つきを浮かべて言った。


「確かに空いているかもしれない。でも私、お金なんて……」

「大丈夫、私が作ったまかないがあるから……」


(何よこの娘は。お金もないのに、この怪しい子供に自分で作ったご飯を食べさせるなんて。お人好しなバカなのかしらね。けれど、ここで「要りません」と言うわけにもいかないわね)


 はぁ、とバレないように小さくため息をつきながら、インキューネは喜ぶ演技を見せて「じゃあ、お願いします、お姉ちゃん」と答えた。


「よかった。ファナおばさん、ファナおばさん」


 インキューネが食べてくれることへの嬉しさからか、桃色髪の娘は背筋を伸ばして後ろを振り向き、厨房へと視線を向けた。すると、そこから白髪交じりのおばさんが顔を出した。


「なんだい、レレナ」

「少しこの子の相手をするので、後の仕事をお願いします」

「わかったわ。ちゃんとその子に料理を食べさせてあげなさいな」


 ファナおばさんの了解を得たレレナは、「じゃあ、行きましょう」といきなりインキューネの左手を引いた。


(えっ?)


 思わず、面食らったような顔を見せてしまった。なぜなら、悪魔であるインキューネは他人に手を掴まれたことなどなかったからだ。


(初めてだわ、こんなことされたの……でも、レレナの手、温かい)


 と、一瞬だけ穏やかな表情を見せ、すぐに演技を続けながら、店の奥へと向かった。

 だが、それと同時にその胸の内で——(レレナ。それが、このお人好しの名前か)——インキューネは、初めてその名を心に刻んだのだった。


「じゃあ、ここで座って待っててね」


 案内されたテーブルにインキューネが腰掛けると、レレナは賄いを少女にあげるため、優しく微笑んだ後、厨房へと向かった。


「久しぶりだな、人が作ったものなんて」


 インキューネはずっと、女性の甘い夢や森の果実だけを喰らって生きてきた。人を食うことは一切なかったが、一度だけ、森で拾った硬いパンを食べたことがあったのだ。


「けど、どうせこの店のレストランの料理もまずいはずだわ。私が好むのは甘い夢なんだから」


 そう強がるように呟きながらも、インキューネは待ちきれない様子で椅子に座り、足をぶらつかせながら待つこと数分。


「お待たせ」


 笑顔で戻ってきたレレナは、お盆に乗せた柔らかそうな丸いパンと、白い器に入った黄色いスープを運んできた。彼女の目の前にパンとスープを順に置くと、さらに銀のスプーンを添えた。


「さぁ、どうぞ」


 レレナはお盆を片手で胸に抱え、もう一方の手を差し出した。インキューネは心の中で、どうでもいいという顔をしながら、


(はいはい、いただく、いただくからね。けど、どうせこれもまずいはずよ。ささっと食べてしまおう)


 と呟き、左手でパンを取ると、がぶりと齧りついた。

 その瞬間、インキューネの心は少しだけ弾けた。

(何これ……すごく美味しいじゃない)


 甘い夢を喰らうインキューネが、初めて人間の食べ物を美味しいと感じた瞬間。それは、悪魔が決して認めることのない感情だった。


「とても美味しい」

「よかった。まずいって言われるか心配だったけど」


 照れながら言う桃色髪の娘に、インキューネは少しばかり変な気持ちになりながらも、悪魔の本能を忘れまいと心の中で呟いた。


(なんだろう、この娘の温かな優しさは。……まぁ、昔の人間なんて、悪魔を見るたびに攻撃してきたからな。私が子供だから優しくしているのだろう。どうせ、私の正体を知ったら、この子も私を敵とみなすに決まっている)


 だが、インキューネはパンをかじり終えた後、チラリと桃色髪の娘を見た。


(まぁ、料理が美味しくても、一番は女の子たちの甘い夢だわ)


 甘い夢を好むインキューネは、そう強がりを思いつつも、銀のスプーンを手に取り、スープを掬い、ずずずっと飲んだ。


(うぅん。暖かい。そして、優しい味……)


 スープを飲み干すと、インキューネは椅子から立ち上がり、笑顔を向けてお礼を言った。


「ありがとう、お姉ちゃん。とてもおいしかったよ」

「うふふ、ありがとう」


 それは、演技なのか本心なのか、悪魔である彼女自身にも分からなくなるほど自然な笑顔だった。その様子を見て、レレナも黄色い瞳をきらきらとさせて、嬉しそうに微笑み返した。


(さぁ、行こう、次の獲物を探しに。この子の夢もいいけど、ここじゃあダメだからね)


 インキューネは、レレナの甘い夢を喰らわずに扉の方へと歩き出す。しかし、レレナはいつものエプロンを外して厨房のテーブルに置くと、インキューネの元へ駆け寄り、「待って」と呼び止めた。


(何だ?)とインキューネは言いたげな顔をしながら振り返った。すると、レレナは笑顔を向けながら答えた。


「お嬢ちゃん、今は戦争中で、街も物騒だから。送っていくよ」

「えぇ、いいの?」


 大人の優しさにつけ込むような、不安げな子供の演技をすると、すっかり騙されたレレナは「えぇ、いいわよ。それに子供が一人で、街を出歩くなんて危ないわ」と心配そうに返した。


(チャンスだわ。けれど、この娘は本当にお人好し……。お人好しすぎるわ。この私が悪魔だとも知らずに、そんな手を差し伸べるなんて。まぁ、こっちにとっては好都合だけど)


 呼び止めたレレナの優しい申し出に、インキューネは心の中で呆れつつも、夢が喰えると分かって、少し嬉しそうな表情を見せた。すると、レレナは後ろを振り向き、再び白髪交じりのファナおばさんを呼んだ。


「おばさん。私、この子を送って行くから、後の店のことをお願いします」


 その声に応じるかのように、厨房からひょっこりと顔を出したファナおばさんは、「あぁ、いってらっしゃい、レレナ」と優しく返した。


 そして、レレナはインキューネの左手を引き、「じゃあ、行きましょう」と笑顔を向けて歩き出した。


 しかし、彼女は知る由もなかった。

 この扉を出た先の路地裏で、この悪魔によって甘い夢を見せられ、喰われてしまうことになるとは――。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。