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「平民は愛されない」はずなのに、雲の上の第一王子様から溺愛されています!?  作者: 東明時裕夜
第四章 動き出す夢を喰らう悪魔少女インキューネ

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幕間21 二十数年ぶりの侵入と、最初の獲物

 城下町の北門入り口前、衛兵が二人立っている。


「着いた、着いたわ。まずは迷子の子供のふりをして、お願いしてみましょうか」


 悪巧みを企むような笑みを浮かべて近づいていくと、門番の衛兵二人がそれに気づいた。


「ん? なんだ、子供か」

「どうしたんだ、お嬢ちゃん」


 二人の衛兵が、少女姿のインキューネに不思議そうに尋ねると、彼女は潤んだ紫の瞳で彼らを見つめた。それは、まるで本物の子供のように、いたずらっぽさを隠しながら悲しげな表情を演じる、巧みな仕草だった。


「実は、森へ花を摘みに行っていたの。お母さんのために」

「こんな非常時にか?」


 そんな演技をするインキューネに、衛兵は目を丸くしながら尋ねた。すると少女は、お願いの瞳をキラキラさせながら、「えぇ、だから中へ入れてくれるかな?」と返した。


「どうする?」

「でも、こんな時に子供が一人で森に行くのか? 少し怪しいな。親の名前とか、証明するものはあるか?」


 インキューネの話を聞いて疑いの眼差しを向ける衛兵に、彼女はふぅ、と呆れたような顔を浮かべ、それから悪い笑みを見せながら心の中で呟いた。


(なるほど、なるほどかしらね。そう簡単に入れてくれないか。なら、仕方ない)

「うぅん、ないですけど……おじいちゃんたちにお願いがあるの」

「お願い?」


 首を横に振ったインキューネは、紫の瞳を輝かせながら、純粋な子供を演じつつ、左手の人差し指をそっと自分の目元へと近づけた。


「私の瞳を見てほしいの」

「瞳?」


 それは、他愛のない純粋な子供のお願いに聞こえた。

 そして、衛兵たちはその少女を疑うこともなく、二人同時に少女の背丈に合わせてかがみ込み、彼女の瞳を覗き込む。その瞬間、紫の瞳が妖しく光った。


「「……なっ、これは……」」


 瞳を見た瞬間、彼らは「あぁ」という小さな声を漏らし、両手を下ろした。身をかがめたまま、その瞳の色が虚ろに変わっていく。それを見たインキューネは、左手を口元にそっと乗せ、クスクスと笑いながら呟いた。


「はい、残念、残念だわ。本当にバカだ、実にバカだね……。じゃあ、ここは通らせてもらうよ」


 妖しく光っていた紫の瞳から、その光がすっと消える。左手を口元から戻すと、インキューネは門を通り抜けようとしたところでふと後ろを振り返り、口を開いて命令を下した。


「じゃあ、あなたたちは私のことを忘れて自分の仕事に戻りなさい、戻りなさいな」

「「はい、忘れて仕事に戻ります」」


 その命令を聞いた衛兵たちは体を伸ばし、いつもの北門の警備に戻った。こうして、インキューネは王都への潜入を果たした。


「さて、ようやくだ、ようやくね、とりあえず前へ進むかしらね」


 インキューネは前へと向き直り、ゆっくりと北の城下町へ足を踏み入れた。それから数分後。人通りはかなり少なく、守りの衛兵もあまり見当たらなかった。


「やっぱり、戦争中だから、人通りは少ないか」

「あれ、そこのお嬢ちゃんどうしたの?」


 人通りが少ないことをインキューネが少し残念に思っていると、買い物帰りらしき茶色の手提げ鞄を持った茶髪の女性が、不思議そうに声をかけてきた。


(ちょうどいい。甘い欲望は薄そうに見えるけど、この女から喰らうか。確かこの先に人気のない路地裏があったはずだし)


 少女姿をしたインキューネは、茶髪の女性から何かを感じ取り、最初の獲物として喰らうことを考え、突然両手を目に当てて、わざとらしく泣く演技をした。


「うぇーん、実はお母さんとはぐれたの。それでお家を探しているの」

「それは困ったわね。私がお家まで連れてあげるわ」


 女性が優しく彼女の紫の髪を撫でると、インキューネは「ありがとう、お姉ちゃん」と、優しさと悪意が入り混じった笑みを浮かべながら嬉しそうな表情を見せた。

 そしてインキューネは、茶髪の女性を誘導するように路地裏へと案内した。


 路地裏に着いた茶髪の女性は、「あなたの家はどこなの?」とインキューネに真顔で尋ねた。


「えぇっと、この辺りにお家があるはずなんだけど……」


 迷子の子供を演じながらそう答えるインキューネ。彼女の前に立つ茶髪の女性は「そうなのね」と路地裏の辺りを見渡すが、当然彼女の家など見つからない。


(よし、今だ)


「お姉ちゃん」

「ん、何?」


 呼ばれて後ろを振り返ると、茶髪の女性とインキューネの妖しく光る紫の目が、ばっちりと合ってしまった。


「えっ、お嬢ちゃん。その瞳は……あぁ」


 茶髪の女性の言葉はそこで途切れ、瞳はみるみるうちに光を失って虚ろへと変わる。身体の力が抜け、持っていた買い物鞄を石の地面に落としたが、中身が少ないせいか大きな音は出なかった。


 その姿を見たインキューネは、余裕かつ満足そうな笑みを見せながら呟いた。


「ふふ、簡単、実に簡単だね。本当、みんな私みたいな子供には弱いんだから」


 インキューネはそう呟きながら、妖しく光っていた紫の瞳を静かに元へ戻すと、茶髪の女性へ視線を向け、口角を大きく吊り上げて命令を下した。


「さて、あなたはゆっくりと目を瞑り、ここで眠りなさい」

「はい、眠ります」


 その命令を聞いた茶髪の女性は、ゆっくりと虚ろな瞳を閉じ、そのまま石の地面へ仰向けに倒れ込むと、スースーと寝息を立てて眠りに落ちた。


「じゃあ、始めようかしら。始めるとしようかしらね」


 インキューネは、眠った茶髪の女性の傍らに座り込むと、その頭に左手を置いた。すると、手はぼんやりと妖しい紫色に光った。


 ***


 ――夢の中。


 城下町のどこかにある、豪華な部屋。


「……うぅん、あれ、ここはどこ? さっき、迷子の女の子の家を探して……それから、何があったっけ?」


 そう目覚めた茶髪の女性は、紫の瞳の影響なのか記憶が曖昧になっており、何故か見知らぬ豪華な部屋のベッドで眠っていた。起き上がって状況を飲み込めずにいると、突然、甘い声が聞こえてきた。


「やぁ、そこの美しいお姫様」

「えっ?」


 ベッドから声のする横へ振り向くと、そこには茶髪の女性の理想そのものと言える、好みの美青年が現れた。


「あのどちら様……」


 戸惑いつつもその美青年に問いかけると、彼はいきなりベッドに身を乗り出し、スッとベッドにいる茶髪の女性の顔に近づけてきた。


「えぇっと、近いですけど……」


 彼女は戸惑いながらも顔を真っ赤に染めた。


「おっと、すまない。でも、君が美しすぎて、つい顔を近づけてしまったんだ」

「そっ、そうなのですね。でも……」


(なんて素敵な男かしら……)


 茶髪の女性が理性を失いかけて心の中で呟くと、美青年はとどめとばかりに甘い言葉を囁いた。


「しかし、君は本当に素敵な女性だ。君のためなら何でもしてあげる。だから……僕の腕の中で抱かれて眠らないか?」


(私が素敵だなんて……。それになんでもしてあげるって、それってまるで告白じゃない。そんなの受け入れてしまうわ……まぁ、誰もいないしいいわよね。こんな美青年に愛されて一緒に眠れるなら、幸せだわ)


 男性の甘い言葉を聞いた茶髪の女性の瞳は虚ろへと変わり、「はい……お願いします。私を愛してください」と答えて彼に身を委ねた。ベッドで彼女は仰向けになり、彼はその隣で甘い言葉を囁き続けた。そしてその瞬間、茶髪の女性は甘い夢へと深く沈んでいった。


 ***


『あぁ、あなた……もっと言って……』


 路地裏で甘い寝言を漏らし、だらしなく口元を緩ませる茶髪の女性。その姿を見下ろし、インキューネはどこか物足りなさそうな顔で呟いた。


「うーん、この子の甘い夢も美味しいけど、あの情熱的に迫るような、あの金髪の女の夢と比べると……まぁ、まぁまぁね」

 そう呟き、インキューネは左手をどかした。


「森の時みたいに、甘い夢の記憶まで消そうかしら……いや、ここは森の中じゃないし、そこまで警戒して痕跡を消す必要もないか。前回は私の記憶を残したせいで、討伐しようとした連中に嗅ぎつけられたから。私に関する記憶を消すだけにしましょうかね。あの衛兵たちと一緒にね」


 少し考えたインキューネは、前回の失敗を思い出しながら、大丈夫だろうと結論づけ、眠りながら夢を見ている彼女の耳元で囁いた。


「あなたは、私のことを忘れなさい。夢は特別に残してあげるわ」


 耳元で囁かれた茶髪の女性は、それに応えるかのように、にやけた顔で眠ったまま「はい、忘れます」と口を開いた。


「さて、これでよし。どうせあと数時間もすれば目が覚めるでしょうし、ここは放っておいて……。あと一人、獲物を探そうかしらね。これよりも、もっといい夢を持つ子にね」


 そう呟くと彼女は立ち上がり、倒れて眠っている茶髪の女性を路地裏に放置したまま、さらに数分ほど北へと歩いた。


 その途中、ふいに――悪魔にしかわからない、風に漂う香りに気づき、インキューネは足を止めた。鼻から息をすぅーと吸い込むと、驚いたような笑みを見せながら呟いた。


「うん、これは……すごい甘い欲望の匂いがする。さっきの娘よりも、あっちのレストランからかしら? これはいい、とってもいいわ」


 インキューネが見つめる先――そこにあったのは、「リィベロ」という看板を掲げたレストランだった。もっとも、彼女はまだ知らない。そこで働く平民の娘の名が、レレナだということを。


「あの金髪の女もよかったけど、あそこから漂う匂いも格別な気がするわ」


 二十数年前に夢を喰らった金髪の女を思い出したかのように、とても嬉しそうな、悪い笑みを見せるインキューネ。だが、すぐに表情を戻してレストランへと視線を細めた。


「しかし、レストランか……」


(人目が多い場所だし、いきなりは襲えないわ。けれど、この夢だけは気になる)


 残念そうにしつつも、その夢が気になって仕方ないインキューネは、「とりあえず、行ってみるだけ行ってみようかしらね」と独り言をこぼしながら、前へと進んだ。

 そこに、お人好しで悪魔の少女に優しく接してしまう、平民の娘がいるとも知らずに。

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