幕間20 戦争開始とその裏で暗躍する悪魔
王国での報告から数時間後。上級悪魔イビルスは、立ち並ぶ悪魔たちと、その後ろで待機している魔獣たちを見渡して告げた。
「お前ら、今からあの国を攻める。人間狩りだ」
イビルスが野太い声でそう号令をかけると、一匹の悪魔が慌てた様子でやってきた。
「イビルス様、イビルス様! 王国の南から、敵が現れました!」
「わかった。行くぞ、お前ら!」
その合図とともに、悪魔たちは「オォォッ!」と耳障りな鬨の声を上げ、魔獣たちも一斉に大地を揺るがすような咆哮を上げた。そして、彼らは王城のある方角――人間たちが待つ王都目掛けて、侵攻を開始した。
一方、城下町の南門前には、茶色の馬に跨がるリシェルがいた。この国の近郊で採れる鉱石で作られた豪奢な鎧と、青と白の剣士装束を身に纏い、黒青色のロングズボンに金装飾のついたブーツ、両手には白手袋をはめていて、腰のベルトには鞘に収めた剣が差されていた。
その横には、いつもの聖騎士団の服に赤い手袋をつけ、腰に剣を携えたシャフリネと、白い手袋を身につけたリカード、そしてナセドが並んでいた。
しかし、開戦を前に、三人はそれぞれの武器や防具を確認しながら、軽口を叩いた。
「にしても、悪魔や魔獣の大群が王都にやってくるとはな。最初、報告を聞いた時は驚いたが……」
感心したように、リカードは目の前の大群を見つめた。これまでの聖騎士団の記録にはない光景だったのだ。
「確かにそうよね……まぁ、私たち強いし……すぐ勝てるでしょ」
シャフリネが余裕の笑みを浮かべて楽観的な態度をとっていると、リカードが真剣な顔で釘を刺した。
「そんな余裕な顔をするな、シャフリネ。どこかで足元掬われるぞ」
「ふふふ、心配? リカード」
釘を刺されたシャフリネは悪びれもせず、左手の人差し指で彼を指さしながら少し顔を近づけて言うとリカードは「いや、別に」と少し頬を染め、大群を見据えた。
「二人とも、喋りすぎだ」
そんな二人のやりとりを不満に思ったのか、ナセドが真顔で強く言った。
「すっ、すまないナセド」
「ふふふ、悪いわね」
「全く……」
すまなそうに謝るリカードと、悪びれずに返すシャフリネ。二人の態度に少しため息をつきながらそう呟くと、ナセドは密かに左拳を握り締めた。その拳には、いつも以上の力がこもっていた。
(レレナ、俺は頑張るからな。またレストランに行くために)
ナセドが密かに決意を固める中、前方に立つリシェルの後ろには、フェリーヌと数人の冒険者、他の聖騎士団員たちが控えていた。そして、冒険者たちを率いてきたギルドマスターの姿も、紅と白の戦士姿で、そこにあった。
リシェルは剣を抜き、天へと掲げて宣言した。
「行くぞ、お前たち! 悪魔と魔獣たちを倒し、王国の平和を取り戻すぞ!」
その宣言とともに、「オオオ!」という雄叫びが上がり、リシェルの馬を先頭に、全軍が進軍を開始した。
しかし、ある少女は、はるか南から響く両軍の雄叫びを、北の森の高い木の上で聞き届けていた。
「にしし、ようやく開戦ね、開戦なのね。響いてくる音や気配からして、相手は……思った通り、たくさんいるね、いるかしらね。でも、あの女の気配は……全然感じないな。別部隊かしら、かもしれないわね。なら、問題ないわ。いける、いけるわ」
そう自信満々に呟くと、少女の姿のままインキューネはペロリと舌なめずりをした。そして、少女とは思えないほど軽やかな身のこなしで、スッと木の下へ降り立つと、そのまま城下へつながる北門へ向かって歩き出し、その瞳が、また一瞬、妖しく光った。
そして、王国と悪魔たちの衝突は、ついに始まりを見せた。だが、その裏で――二十数年もの間、ずっと我慢してきた悪魔が暗躍し始めていることなど、誰も知る由もない。




