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「平民は愛されない」はずなのに、雲の上の第一王子様から溺愛されています!?  作者: 東明時裕夜
第四章 動き出す夢を喰らう悪魔少女インキューネ

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幕間19 南の脅威と北の不安

 四日目の太陽が昇ってから日も浅い朝。王国の南の防壁にて。


「外に異常はありませんか?」

  「はい、今のところは。フェリーヌさん」


 聖騎士団の一人に、城下町の外に異常がないかと問いかけたのは、丸メガネをかけた鼠色の三つ編みの女性――ここの見回りを任されている、フェリーヌ・ションイントだった。服装はいつも通りで、足元には黒いブーツを履いている。もちろん、腰にはいつもの剣が携えられている。


  「そうですか」


 フェリーヌが頷いて納得していると、もう一人の女性の聖騎士が、目を細めて南の大草原を遠く見つめながら「なっ、何よ、あれは!」と驚きの声を上げた。


 その先にいたのは、悪魔や魔獣たちの群れだった。そして、その中央には――赤い体に白い髪、黒い翼と黒い瞳を持ち、鋭い爪の手足、赤い角を生やした

 大柄な悪魔。上級悪魔イビルスが、戦闘の準備を進めていた。


「バカな、悪魔や魔獣の軍勢だと……」


 騎士団の男性は顔を引き攣らせ、目を見開いて驚愕した。何故なら、この国にあんな大軍が現れたことなど、かつて一度もなかったからだ。


 この不測の事態を重く見たフェリーヌは、瞬時に状況を判断し、他の聖騎士団たちに命令を下した。


「そこのあなた、今すぐ王様に報告しなさい! もう一人のあなたはすぐさま冒険者ギルドに出向いて、冒険者たちをかき集め、防衛の準備を!」

「「はっ」」


 そう二人の聖騎士に指示を出すフェリーヌ。一人は王城へと駆け出し、もう一人はここから近い冒険者ギルドへと走っていった。


 それから、数十分後。王城の中央、玉座の間にて。

 その奥にある、金の装飾があしらわれた背もたれの高い椅子には、リシェル国王が座っていた。青と白を基調とした豪奢な装束を身に纏い、胸元には金色の刺繍があしらわれている。さらに純白の外套を羽織り、その裾は床まで垂れ下がっていた。


 そしてその隣には、いつもの黄色いドレスを着たフィオネ王妃と、同じくドレス姿のリリアーナ、さらにはお茶会の時にも着ていた服のナセドまで揃っていた。

 跪く聖騎士団の一人の男性が顔を上げて口を開いた。


「ご報告いたします、陛下! 王都の南の防壁の先にある大草原にて、悪魔と魔獣の大群が接近中です! そして、その大群の中心に、奴らを束ねる大柄な悪魔の姿を確認しました!」


 報告を受けたリシェルは、厳しい顔つきで口を開いた。


「騎士団からの至急の用と聞いてみれば、悪魔や魔獣たちの大群だと。これまでそんな記録、どこにもなかったはずだ」

「はい」


 跪いたままの騎士が静かに肯定すると、横にいたフィオネ王妃が胸元から赤い扇子を取り出し、パッと開いて口元に当てながらボソッと小声で呟いた。


「南の大草原か。あいつの棲み処とは違うわね。しかし、悪魔と魔獣の大群……そんな中に、いるはずないわよね、あの性悪悪魔」


 内心で少し動揺するフィオネだったが、ここは慌てず王妃としての威厳を保ち、眉間に皺を寄せた険しい表情で騎士に問いかけた。


「そこのあなた」

「はい?」

「現れたのは、間違いなく『大柄な悪魔』なのですね?」


 扇子を持ったフィオネが険しい表情で再度問いかけると、騎士は跪きながら「はっ、そうですが……」と答えた。


「そうですか、わかりました」


 フィオネは、騎士の話を聞いて安心したかのように扇子で口元を隠した。同時に、リシェルは大きくため息をつきながら、重々しく告げた。


「はぁ、しかし、悪魔たちか。これまで『消し炭の冒険者』として、随分と討伐してきたと思っていたが……まさか、まだこれほど残っていたとはな」


 悪魔たちは大昔に妻が倒し尽くしていたはずなのだから、リシェルが驚くのも無理はない。フィオネも真面目な顔で「全くですね」と同調するように口を開いた。


(ごめんなさい。リシェル様、本当は嘘なの。あの性悪悪魔だけは、倒せていないの……あんな魔法を使われて落ちて眠って、あんな夢を見てしまったのだから)


 リシェルの言葉に、フィオネは扇子でスッと顔を隠し、気まずそうな表情を浮かべながら心の中で呟いた。誇らしげに語る夫の隣で、彼女だけがその称賛の重さに耐えている。

 しかし、リリアーナとナセドの二人は母のそんな内心など知る由もなく、国王の言葉に対して「そうですわね」「あぁ、そうだな」と互いに納得した声を上げていた。


「現在、聖騎士団の部下、フェリーヌ殿が冒険者をかき集めて迎え撃つ準備を整えております。遠くに見える悪魔や魔獣たちの方は、未だに動きは見せておりませんが、いずれ襲ってくる構えです」


 その報告に、リシェルは一切の迷いを見せずに騎士に左手の人差し指を突きつけ、指示を下し始めた。


「なるほど、わかった。それなら、聖騎士団を総出で駆り出さないといけないな。皆に伝えよ、全員南へ向かえとな」

「はっ、承知いたしました。ですが、王国の民は如何いたしましょうか」


 その命令を受けた騎士は、思い出したかのように国民の安否を憂慮し、険しく心配そうな顔つきで尋ねた。


「とりあえず、城下の南に住む国民には戒厳令を敷き、家から出ないよう指示を出せ、さらに貴族街に住んでいる連中もだ。妃候補たちもいるからな」

「はっ、わかりました。ですが、他の区は?」


 騎士は念のためと言わんばかりに、他の区も戒厳令を出さなくていいのかと問いを重ねた。リシェルは左手を下ろし、息を吐きながら淡々と答えた。


「出さなくていい。敵は南から来る。回り込んで襲いにやってくるわけがないからな。」


 敵は南から一直線に来るのであって、わざわざ遠回りをするような真似はしないだろう――リシェルはそう考えており、あえて他の区に戒厳令は敷かなかった。だが、念には念を入れようという思いもあったのか、リシェルは続けざまに追加の命令を下した。


「だが、念のため衛兵は少し回しておけ。それで十分だろう」

「はっ、わかりました。そのようにいたします」


 報告を終えた騎士は立ち上がり、急ぎ玉座の間を後にして南へと向かった。


 一方、騎士が去り王族だけが残された玉座の間で、リシェルは豪華な椅子から立ち上がり、力強く告げた。


「ナセド、お前も出陣だ。私も出る」

「はい、わかりました、父上。けれど、父上もご出陣されるのですか?」


 横で聞いていたナセドが、疑問とともに険しい顔で尋ねる。するとリシェルは、椅子の後ろに常に立てかけてある鋼の剣を手に取り、力強く掲げて言った

「あぁ、相手が大群だからな。国民を守る義務がある」


 その威風堂々たる佇まいは、水・風・土の三属性を操る魔法使いにして、熟練の剣士でもあった、かつての彼の姿そのものだった。年老いてなお、その力強さは消えることがない。


「なるほど……」と納得するナセドをよそに、リリアーナは心配そうな顔をしていた。両手を組み、ドレスのスカートを軽く握りながら、そう問いかける。何故なら、相手は悪魔と魔獣たちであり、どんな攻撃をしてくるかわからないからだ。


「お兄様、大丈夫ですの? 相手は悪魔や魔獣の大群……」

「あぁ、大丈夫だ。俺たちは母上の子供だからな」

「そうでしたわね」


 ナセドの答えを聞き、リリアーナはフィオネ王妃をちらりと見た。うんうんと納得するように頷きながら、その表情は安堵の色へと戻っていく。それもそのはずだ。かつて「消し炭の冒険者」という異名を持つフィオネ王妃の息子だから、悪魔や魔獣など蹴散らせるはずだと、信じているからである。


(それに、王国にはレレナがいる。絶対に悪魔などに殺させてたまるものか)


 平民の娘を思いながら、左拳を握り締めてナセドはそう決意した。

 だが、南への備えや悪魔・魔獣たちの話題で持ちきりになる中、フィオネ王妃だけはもう一つの方角に気がかりを見せ、リシェルにあることを切り出してきた。


「あの、リシェル様」

「何だ?」

「他の区へ衛兵を回すということは、北の門にもでしょうか?」

「あぁ、そうだ」


 その答えに、フィオネは口元に当てていた扇子をゆっくりと閉じ、「なるほど、理解しましたわ」と頷いた。そして扇子を胸元に仕舞い込むと、誰にも悟られないよう、心の中で不安を呟いた。


(それだけじゃあ足りない気がするけれど……大丈夫よね、私がいるから。でも、来たら来たでそれはまずい気がするわ。はぁ、この混乱に乗じて、あいつが来ないことを祈るしかないわね)


 フィオネ王妃は、かの性悪悪魔がこの混乱に乗じて王都へやって来ないことを、ただ密かに祈るしかなかった。


「フィオネ、お前には、留守を頼む」

「はい、わかりましたわ、あなた」


 留守を頼まれたフィオネは、威厳を保ったままそう返した。その声色が安堵によるものなのか、それとも不安を隠すためのものなのか――彼女の内心など知る由もないナセドたちには、わかるはずもなかった。


 こうして、悪魔と魔獣の大群の報告を受けたアルスリーア王国は、王族たちを中心に戦争の準備を始め、南へと向かった。


 だが、その一方で、北の森から、王都の遥か南に広がる草原の方角を見つめている少女がいた。


「うん、やってるやってる。開戦はまだかしら、まだかしらね。草原のあいつら、意気込んでるみたいだけど……それに比べて、まだ出てこないわね。まぁ、あいつらが動いたら、私も動きましょうかね。ふふ」


 森の外で静観するインキューネは、悪魔と魔獣たちが王国と開戦することしか頭になかった。しかし、彼女が最も恐れている「金髪の女」――フィオネが、実際には出陣していないことなど、知る由もなかった。


 そして、その先で彼女は、レレナというお人好しの娘と出会い、夢を喰らうはずの相手に少しばかりの優しさを感じてしまうことになるとも――この時のインキューネは、まだ知らなかった。

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