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「平民は愛されない」はずなのに、雲の上の第一王子様から溺愛されています!?  作者: 東明時裕夜
第四章 動き出す夢を喰らう悪魔少女インキューネ

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幕間17 眠る森と悪夢を見せる悪魔

 お茶会から三日目の朝。北の防壁にて、リカードとシャフリネがシェフリアの森を見下ろしていた。


「今日も平和だな、シャフリネ」

「そうね、リカード」


 シャフリネは、この前の一件でまだ少し不機嫌そうだった。リカードは気まずさを感じながらも、真顔で返すしかない。


 すると、トントンと石の階段を上がってくる足音が聞こえ、「よお、お前ら。見回りは順調か」と声がした。真顔でこちらに向けて左手を挙げ、そう声をかけてきたのは金髪の男だった。


 それは、シャフリネをお茶会に誘わず、除け者にして彼女を怒らせた張本人のナセドだった。シャフリネは彼の声に気づいて振り返り、その姿を見た瞬間、ムッとした表情を浮かべ、必死に怒りを抑えながら言葉を返した。

「えぇ、見回りは順調よ……ナ・セ・ド」

 そう区切るように言われ、ナセドは少し困惑した表情を見せた。


「なっ、何だ。いきなりそんな言い方をして……」

「別に」


 怒りを抑えたシャフリネはそっぽを向き、再び森の方へと視線を戻した。


「なぁ、リカード。シャフリネ、何かあったか?」


 彼女の様子が少し変だと感じたナセドがリカードの横に立って耳打ちで問いかけると、彼は真顔で答えた。


「何でもないぞ、ナセド。シャフリネは、この前の人さらいの件で疲れているだけだ」

「そうか……で、結局その件は進展があったのか?」


 ナセドが耳打ちをやめ、城下町の外に広がるシェフリアの森を見つめながら二人に聞こえるように尋ねると、シャフリネとリカードは残念そうな顔を見合わせ、同時に口を開いた。


「いや、全く進展なしよ」

「こっちもだ」


 その二人の返答に、ナセドは真顔で頷いた。

「そうか、進展なしか……」

 そう小さく息を吐き、気を取り直すように、涼しい顔を見せる。


「まぁいい、そんなに急ぐことはない。新しい情報なんて、向こうから舞い込んでくるものだろうからな」


 自信ありげな、余裕のある発言をするナセド。進展がなかったことを聞いても残念そうな様子を見せず、前向きに捉えるその姿に、二人は納得したように、それぞれ「そうね」「だな」と同時に返した。


「……はぁ」


 二人が納得して頷き合うのをよそに、ナセドはこっそりとため息をつき、心の中でお茶会の楽しさを思い出すように呟いた。


(しかし、あのお茶会、よかったな。色々と彼女のことを知れたし、普段とは違う彼女と話せて……それに、あのドレス姿や、下ろした髪も。……けれど、王族と平民の娘とは結ばれない。そんなことは、わかっているはずだ。でも……いや、今の俺はレストランの客で、レレナは給仕だ。今は、この関係でいい。どうせ半年もすれば、俺が結婚する相手は決まり、その時はきっぱりと別れることになるのだから)


 そう心の中で呟いてみても、ナセドの本心は、きっぱり別れるという決断をそう簡単に割り切れるものではなかった。しかし、残された半年という期間があるからこそ、今はこの関係でいいのだと――ナセドは、そう自分に言い聞かせるしかなかったのだ。そんな物思いにふけるナセドをよそに、リカードの横にいたシャフリネが、城下町の青い空を見上げながらあることを思い出して口にした。

「あっ、そういえば。リカード、ナセド」

「ん?」

「何だ?」


 突然シャフリネに声をかけられ、二人は同時に不思議そうな顔をしながら、彼女の方へと顔だけを向けた。

「実は昨日、南の方を見回りをしていたフェリーヌが、冒険者ギルドである報告を聞いたの」

「フェリーヌか。お前の部下だな、一体何だって?」

 そうリカードがシャフリネに問いかけると、彼女は森の方を見つめたまま、言葉を続けた。

「そこの森で、商人や冒険者が眠るという意味不明な怪奇現象が起きているみたいだけど」

「眠る怪奇現象だと」


 シャフリネの声に反応したナセドが険しい顔をしながら、彼女に聞き返した。


「そう……けれど、私のお母様からだけど、今回の件は命を取られるようなことは起きていないと言って、調べる必要はないと聞いたわ」

「何だと、アシェリ殿がそんなことを言ったのか?」


 彼女の話を聞いたナセドは眉を上げ、険しい顔のまま聞き返すと、シャフリネは「そうよ」と真顔で返した。


「そうか。にしても、シェフリアの森か。あそこは、かつて母上が倒したという――どんな強さの階級かわからない、女性ばかりを狙って悪夢を見せたとされる悪魔インキューネの棲家だったな」


 シェフリアの森を見つめながらそう答えたナセドは、悪魔インキューネの伝説を、父や母から何度も聞かされていたので、よく理解していた。その場所で今、眠りの事件が起きているのだから、少し不思議に思うのも無理はなかった。


「確か、討伐記録や聖騎士団でも聞いたことあるけれど、怪我人も何人か出たくらい、強い相手だったという話だったわね」


 シャフリネの言葉に頷きつつ、リカードが腕を組みながら過去の王妃様の討伐記録を思い出し、口を挟んだ。


「でもさ、王妃様が倒したくらいだから、その悪魔、上級悪魔くらいじゃないかと俺は思うんだよな」

「確かにそうだな……なら、森の一件とは関係ないか。そんな強い奴が、ただ人を眠らせるだけなわけがないしな」


 リカードの「上級ではないか」という発言を聞いて、森の一件とは結びつかないと思ったナセドは、そのまま納得した。シャフリネとリカードも、うんうんと頷いた。


「じゃあ、俺は帰るわ」


 森を見下ろすのをやめて後ろを振り返ると、ナセドは石の階段の方へと向かった。しかし、「あっ、ちょっと待ってナセド」と、シャフリネが彼を呼び止めた。


「何だ?」


 彼女の声に反応したナセドが振り返って不思議そうに問い返すと、シャフリネは「ねぇ、ナセド。あなた、次の王城での公務はいつかしら?」と、どこか悪巧みを感じさせるような怪しげな笑みを浮かべて言った。


「公務か。そんなの聞いてどうするんだ」


 青い目を細め、訝しげにシャフリネを見つめながら言うと、彼女は何でもないような顔で言葉を返した。

「ただの確認よ。ただの、か・く・に・ん」


 また区切るように返すと、ナセドは小さく首を傾げた。(ただの確認か……まぁ、いいか)少し怪しいとは感じたものの、すぐにその疑念を打ち消し、真面目な顔で答えを返した。


「三日後だ。その日は久しぶりに、またレーナを含む妃候補たちの相手をしないといけないからな」

「そう、レーナと。あなたも大変ね。王子様」


 どこか小馬鹿にしたような言い方をするシャフリネ。ナセドは少し眉間に皺を寄せながら、「いいだろ、別に……」と返し、石の階段の方へと向き直った。


「とにかく俺は行くからな。見回り、しっかりやるだぞ」


 去り際にそう声をかけられると、二人は彼の方を見て「えぇ、任せて」「あぁ」と力強く頷いた。

 そして、ナセドが石の階段を降りて北の防壁を後にすると、残された二人は再びシェフリアの森を見下ろし直した。


 しかし、シャフリネは笑っていた。ナセドが不在になる日を聞き出せたことで、こっそりと平民の娘の元へ行けるからだ。


「ふふふ、三日後か……リカード。その日の午後、休みをもらってもいいわよね」


 喜びの笑みを浮かべながらリカードに尋ねると、彼は文句も言わず、心配と真顔が入り混じった顔で答えた。


「あぁ、好きにしろ。でも……」

「えぇ、わかってる、わかってるわ」


 リカードの言葉を遮るように、シャフリネは左手をパタパタと振って、笑みを崩さずにそう返した。


「そうか、ならいいが」


 シャフリネの言葉にリカードが安心した顔を見せると、彼女は森を見つめたまま、ふっと口元を緩めた。


「あと、さっき黙ってくれて、ありがとうね」

「はぁ、約束だからな」


 それは、お茶会の件を知っていることをナセドに黙ってくれたことへの礼だった。それに対し、リカードは彼女との約束を思い出しながら頷いた。


「そうだったわね。あぁ、三日後が楽しみだわ。ナセドが愛してやまない、レレナという平民の娘に会うのが……」


 そう言って、楽しげに笑った。三日後に、会える。親友が心を許したその相手に会える日を心待ちにしながら、彼女は今日という日を、団長と共に防壁の上で過ごしたのだった。

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