第23話 お茶会の終焉
フィオネ王妃様は、夕日を見た後、扇子をゆっくりと閉じ、右手でパチンと小気味よい音を鳴らすと、そっと胸元にしまい込んだ。
「さて。だいぶ話し込んでしまったけれど……本日のお茶会は、これでお開きといたしましょう。」
フィオネ王妃様はうふふと笑いながらそう告げた。私はふとテーブルへ視線を落とす。中央に置かれたカラロンのお皿はすっかり空になり、フィオネ王妃様が淹れてくださった紅茶も、いつの間にか冷めてしまっていた。
どうやら、本当に今日のお茶会は終わりみたいだ。
「……あと、レーナ」
笑みを見せながら静かにそう告げたフィオネ王妃様が、扇子を広げたままのレーナ様へと視線を向けると、彼女はハッとしたように真面目な顔を作り、王妃様へと向き直った。
「はい、王妃様」
「ナセドとシャフリネが親友だということは決して漏らさないようにね」
それは、ナセド様とシャフリネさんのことを他言してはならないという、フィオネ王妃様から彼女への強い忠告だった。
その言葉を聞き、私も絶対に黙っておこうと心に誓う。
すると、レーナ様は扇子をパチンと閉じて静かに胸元へ仕舞い込み、真面目な顔のまま、威厳を見せつけながら口を開いた。
「はい、わかっておりますわ、王妃様」
その返事を聞いたフィオネ王妃様は、笑みを崩さずに、次はリリアーナ様へと視線を向けた。当然、少し怖い顔のままで。
「よろしい。あと、リリアーナもこのことは内緒ですわよ」
「えっ、私もですの?」
リリアーナ様が扇子を閉じて胸元に当て、不思議そうに首を傾げて答えると、フィオネ王妃様は「当然よ」と笑顔のまま即答した。
「うぅっ……わかりましたわ」
フィオネ王妃様の威圧に押された、リリアーナ様は少ししゅんとなりながらも、頷いた。
「それでいいわ。あと……」
続いて、フィオネ王妃様は静かに私を見つめた。それは『あなたもよ』と語りかけてくるような顔だった。
(もちろん誰にも言わないわ。そう決めているもの)
私が無言で軽く頷くと、それを見た王妃様は確認を終えたように、最後はナセド様の方へと向き直った。
「ナセド」
「はい、なんでしょう」
フィオネ王妃様が纏うわずかな威圧にも動じず、真面目な顔のままそう返すと、王妃様は続け様に言った。
「……あなたのもう一人の親友にも、ちゃんと口外しないように念を押しておいてね」
「はい、わかりました、母上」
フィオネ王妃様の忠告に、ナセド様は真面目な顔のまま頷いた。それを受け、フィオネ王妃様はにこやかに笑いながら私へと視線を向けた。
「——さて、レレナちゃん。今日は、楽しかったかしら?」
その問いかけに、私はこれまでのことを振り返った。
馬車の中でのリカードさんとの軽い会話。王城の門から、リカードさんが給仕の私をエスコートしてくれたこと。さらにその途中での、リリアーナ様への見返しの成功と、リーアさんとの約束だった評判上げ。そして、妃候補であるレーナ様や王妃様たちを交えた、この特別なお茶会。
どれもこれもが良い思い出だった。
しかし、魔法はすぐ解けるもの。今日が終わればそれも終わる。それに、私は少しだけレーナ様へ視線を落とした。……いえ、これ以上考えてはダメ。そう自分に言い聞かせて気を引き締めると、ここで泣かないようにと、満面の笑みを浮かべて告げた。
「……はい、とても楽しかったです。リリアーナ様や、公爵令嬢であるレーナ様、そして王妃様とともにお茶が飲めて……それに、ナセド様とも……」
「レレナ……」
私の顔を見たナセド様は、とても残念そうだった。
仕方ない、楽しい時間なんてあっという間だから。でも、私は忘れないよ、このお茶会のこと。それに、お茶会が終わっても、ナセド様はまたレストランに来てくれるのだから、ずっとじゃないけどね。
そう思っていると、フィオネ王妃様が微笑んだまま、優雅に立ち上がった。
「うふふ、それはよかったわ。では、そろそろ戻りましょうかね、ナセド、リリアーナ、レーナ」
「はい、母上」
「えぇ、お母様」
「そうですわね、フィオネ王妃様」
フィオネ王妃様に促された三人は立ち上がり、私もその流れで立ち上がった。すると、ナセド様は私に近づき、左手を差し出した。あの時、エスコートをしてくれたように。
「レレナ、また手を」
「いいえ、大丈夫です。王城の門まで歩けますから」
私はその差し出された手を、あえて拒絶した。
それは、ナセド様が嫌いだからではなかった。この場にいるリリアーナ様や、妃候補であるレーナ様に見せるわけにはいかなかったのだ。私は所詮、平民だから。
私の言葉を聞いたナセド様は、「わかった、君が言うなら」と深く納得してくれた。
(それでいい。それでいいわ)
私はナセド様と手を繋ぐことなく、休憩所を後にする。しかし、それを見ていたレーナ様は少し複雑な表情をしていた。
それは悔しさか、それともお似合いだと認める気持ちか。いくつもの感情が織り交ざっているように見えたが、今の私は気にしないことにした。
その後、私たちが王城の門へ戻ると、夕暮れに照らされたリカードさんと、朝に乗ってきたあの豪華な馬車が待っていた。
ちなみに、テーブルに残されたお茶器は後でメイドに片付けさせると言い残し、フィオネ王妃様とリリアーナ様とは中庭でお別れをした。レーナ様もそこで別れたのだが、去り際に「レレナ、あなたは……いえ、なんでもないわ。じゃあね」と意味深な言葉を告げていった。それが何を意味するのか、今の私には知る由もなかった。
「おかえりなさいませ、レレナ様」
そう出迎えてくれたのは、馬車の時の服を着たリカードさんだった。ナセド様の隣にいる私は、満面の笑みを浮かべ、深く身体を斜め左に傾けて礼をした。
「えぇ、ただいま戻りました」
「お茶会は楽しめましたか?」
リカードさんの優しそうな顔に、私は嘘偽りなく「はい」と答えた。
「そうですか。それはよかった」
ナセド様が真剣な表情で、「リカード、これが終わったら話がある。聖騎士団の本部で待っていてくれ」と改まった口調で言った。
「あっ、わかった」
突然の改まった口調に戸惑いを見せつつも、リカードさんは頷いた。
「じゃあ、そろそろ」
リカードさんが馬車の扉を開けた。私は流れるように馬車へと乗り込もうとしたけれど、彼に一つ言い忘れていたことを思い出し、桃色の髪を揺らしながら振り返った。
「あの……ナセド様」
言うべきか悩んでいたけれど、これだけは確かめておきたかった。私は勇気を振り絞りながら尋ねた。
「なんだ、レレナ」
「また、レストランに来てくれますよね?」
左手でドレスの裾を握り締めながら尋ねると、彼は真っ直ぐ私を見つめ、決意を固めたような声で答えた。
「あぁ、もちろんだ」
「……ふふっ、よかった。じゃあ、また会いましょう、ナセド様」
その言葉を聞いた私はドレスの裾を握り締めるのをやめ、馬車に乗り込んで軽く手を振った。見送るナセド様と、リカードさんも小さく手を振り返してくれる。こうして、私の一日は終わった。
ちなみに帰りの馬車では、親友の話はしなかった。彼も私の複雑な気持ちを察してくれたのか、あまり会話はなかった。
けれど、シャフリネさんには少しだけ興味を持った。妃候補を辞退した理由は聞いたけれど、彼女の真意は謎のままだ。……いつか会えたらいいな。
そんなことを考えながら、私はいつもの日常へと戻っていくのであった。




