第18話 谷に囲まれた村から王都への話
ナセド様との「出会いの真実」について話し終えてから、数分後。
私は今、フィオネ王妃様たちの前で、自分自身が暮らす村について語り出した。
「えぇっと。まず、私が生まれ育った国……いいえ、村についてお話ししますね」
「レレナの住む村……」
「平民が住む村ね……」
「そう、レレナさんは村出身なのね」
ナセド様たちが私の言葉に静かに耳を傾ける中、レーナ様は少しバカにしたような薄い笑みを見せて呟き、最後にフィオネ王妃様が、真顔で頷きながら呟いた。だが、私は気にせず言葉を続けた。
「私の生まれ育った場所は、ここから南にある、カユト王国とアルスリーア王国の間にある『ヘルベンの村』です」
「カユト王国か。確かフェザード谷を越える必要のある場所だと、王城の古い地図に記されていたな、母上」
私の話を聞いたナセド様は、王城で見た記憶を思い出しながらそう言って、扇子を広げたままのフィオネ王妃様へ視線を向けた。
(カユト王国……。谷を越えた先にある、商人がたくさんいるという国。村の何人かがそう噂しているのを、聞いたことがあるけれど)
私がそんなことを思い返していると、フィオネ王妃様が小さく呟いた。
「……あの森とは、逆の方角か」
しかし、その声はとても聞き取りづらかった。少し眉間に皺が寄ったように見えたが、彼女はすぐに『おかしいわね』と眉間を戻し、不思議そうな顔を私へ向け返した。
「ええ、そうでしたわね、ナセド。ですが確か……あんなところに村なんてあったかしら? 王城の記録にもなかったはずだけれど」
フィオネ王妃様の鋭い指摘に、私は思わず驚いた顔を浮かべつつも、真面目に答えた。
「えっ、地図にはないですか?」
「えぇ……」
フィオネ王妃様から地図にないことを聞き、私は「へぇ」と一人納得の色を見せながら、言葉を続けた。
「なるほど、そうなんですね。しかし、私の村は確かに存在します。フェザード谷に囲まれた、小さな村ですけれどね」
「谷に囲まれているですって? そんな村から……じゃあ一体どうやって、ここアルスリーア王国へやってきたのですか? レレナさん」
「確かにどうやってきたのかしら、レレナは」
私の言葉に、フィオネ王妃様の隣で聞いていたリリアーナ様も驚いたように目を見開き、同調するように口を開いた。
さらに、向かいの席のレーナ様も「ふふっ、空でも飛んだのかしら?」と、不敵な笑みを浮かべて冗談めかした顔を私に向けてきた。
「えぇっと、実は……フェザード谷の北側には、洞穴があるんです」
「洞穴?」
「はい。ですが……そこはいつも水浸しで、簡単に通ることはできない場所なんです」
洞穴と聞いてパッと理解できないフィオネ王妃様たちに対し、私がそう説明すると、リリアーナ様は険しい顔を向けて、ある正論をぶつけてきた。
「レレナ。その洞穴が水浸しなら、通れないのではないかしら?」
「はい、普通ならそうです。しかし、半月に一度だけ、水が引く時があるんです。数時間ほどですけれど……」
「なら、少しおかしいのではなくて?」
私の話を聞いても、さらなる疑問を抱くリリアーナ様。
「おかしい、ですか? 一体何が……」と私が不思議そうに首を傾げると、リリアーナ様は険しい顔のまま答えた。
「だって、数時間ほどで水が戻ってしまうのなら、出口までの距離によっては途中で溺れてしまいますわ。それほど危険なら通り抜けるのは難しいはずですし、第一、そんな国境近くの抜け道があるのなら、周囲の国が放っておくはずありませんもの」
「確かに、途中で溺れる危険はあるかもしれません。しかし、一気に水が上がってくるわけではありませんし、出口までの距離もそう遠くはないんです」
私は一つずつ、リリアーナ様の疑問に答えていく。
「それと、国が村の存在を知らない理由は私にもよくわかりませんが……谷の上にある出口付近には、常に深い霧がかかっています。おそらく、そのせいで外からは見つかっていないのかもしれません。それに、村の人たちはめったに外へ出ようとしませんから」
リリアーナ様の鋭い質問攻めに私が一つずつ答えていく一方で、フィオネ王妃様たちは、さらなる疑問を深めているようだった。
「深い霧ですか? なら、どうやってそこを抜けて来たのか、ますます気になりますわね」
「えぇ、そうですわね、王妃様。ただの平民の娘が、深い霧のかかった谷を抜けるなんて簡単にはできませんし。それに……その条件なら、一度村を出てしまったら、再び戻ることはできないと思いますわ」
「確かにそうだな、レーナ。だが、彼女はそれを乗り越えて、この王国まで来ているんだ。それは……すごいことだと、俺は思うぞ」
フィオネ王妃様は、広げていた扇子をパチンと閉じ、それを口元に当てながら、私が村から出てきた方法にさらに謎を深めているようだった。レーナ様に至っては信じられないといった顔をしてそう発言した。
しかし、ナセド様だけは、霧の谷を乗り越えてきた私のことを真っ直ぐに高く評価してくれたのだ。私は少し頬を染めつつ、お礼を言って言葉を続けた。
「……ありがとうございます、ナセド様。でも、レーナ様の仰る通り、普通の人にとっては戻るのは不可能に見えると思います」
「やっぱり」と、レーナ様とフィオネ王妃様、リリアーナ様が揃って納得するが、私は次のように言い切った。
「ですが、私なら大丈夫です。霧が濃くても、私は記憶力がいいので地形くらいは分かっていますし、目印になるものもいくつかあります。それに、水が引く日さえ選べば、ちゃんと村へ帰れますから」
「ふん、なるほどね、レレナ。ただの平民の娘なのに、そこまで根性があって、この王国へやって来て、さらには戻る道筋までちゃんと把握しているなんてね」
「そうですわね、レーナ。やっぱり普通ならできませんものね。お母様?」
「えぇ、そうよね、リリアーナ。その危険を理解した上で突き進む貴族なんていないわ。ましてや平民の娘ならなおさら。でも、彼女がそれを乗り越えてきたことを、少しだけ誇りに思ってしまうわね」
三人が私の話を聞いて改めて納得の色を示す中、ナセド様も『うむ』と青い瞳で私に視線を向け、深く頷いてくれた。しかし、レーナ様は訝しげな顔を向けて呟いた。
「初対面でこれほど堂々とした礼を返すのだから、それなりの覚悟は分かったけれど……。レレナ、その道中には魔獣や魔物がいるはずでしょう。どうやってそれを退けてきたの? 魔法でも使えるのかしら」
その疑問に、私は真っ直ぐ彼女を見据えて、迷いなく説明した。
「それなら大丈夫です。魔獣や魔物が通らない安全な場所を進みましたから」
「あら、そう。なら、魔法は? 魔法はあるのかしら、レレナ」
銀髪を少し揺らし、不敵な笑みを浮かべてさらに尋ねてくるレーナ様に、私は表情を崩さず、言葉を続けた。
「はい。微弱ながら、火だけが使えます」
「火、そうか。俺と母上と同じ……」
「まさかレレナが、お母様やお兄様と同じ火の使い手だなんてね」
「あら、レレナさん。私と同じ火を使えるなんて……」
「王妃様と殿下と同じ火ね」
三人が驚きを露わにする中、レーナ様は余裕の笑みを浮かべて軽く鼻で笑った。そして、手にしていた青い扇子をパッと開くと、胸を張って言い放った。
「レレナ、よく聞きなさい。わたくしは、氷と水と風の三属性を持っているのよ。あなたみたいな微弱な火じゃあ、王妃様や殿下には到底及ばないわ」
「及ばない?」
(やっぱり、妃候補はすごいな。でも、私の魔法がナセド様たちと同じ火属性だなんて、なんだか少し嬉しさを感じるわ。……よし、ここで挫けてはいけないわね)
私が挫けないようにと前を向こうとした瞬間、ナセド様がレーナ様に鋭い視線を向け、少し眉間に皺を寄せた。
「レーナ、レレナが微弱な火だとしても悪く言うな、それでも彼女は魔法使いだぞ」
「ふん、いいじゃないですか、殿下。これくらい。ただの事実ですわよ?」
そう冷たく言い放つナセド様に弁明するレーナ様に対し、私はナセド様に向けて「大丈夫です、平気ですから」と、慌てて笑顔を取り繕った。すると、その横からリリアーナ様が手にしたピンク色の扇子を私へと向けた。
「レレナ。あなたが火魔法だと聞いて驚いていたけれど、微弱でもお母様やお兄様の属性と同じだなんて凄いじゃない。まぁ、私は逆に火魔法は持っていませんが……」
「え?リリアーナ様は火を持っていないんですか?」
「えぇ、そうよ。お兄様やお母様、そして、この私も三属性持ちですけれど、持っていませんわ」
少し悔しそうな顔を浮かべるリリアーナ様に対し、私は目を丸くした。てっきりリリアーナ様も火の魔法を持っていると思っていたからだ。そんなことを思っていると、リリアーナ様は少しだけ頬を赤く染めた。
「まぁ、私が言うのもなんですけど。あなたは、お兄様と最強の魔法使いであるお母様と同じ力を持っているのだから、誇りに思っていいわ。属性の数とは関係なくね」
「リリアーナ様……」
その不器用だけれど優しい言葉に、私が嬉しい気持ちになっていると。それを横目で見ていたナセド様が、目を丸くしながら真顔を向けた。
「まさか、お前の口からそんな言葉を聞くとはな。前に、この子へ暴言を吐いたというのに」
「うるさいですわ、お兄様。たまには、私だってそういうこと言いますのよ」
素直じゃないリリアーナ様とナセド様のやり取りに私は少し微笑みつつも、ふと引っかかったことを口にした。
「あの……王妃様が最強の魔法使いって、どういうことですか?」
私を励ますように得意げに言い返すリリアーナ様の言葉に、『どういうことだろう?』と不思議そうな顔をして、閉じた扇子を持つフィオネ王妃様へと視線を向けた。
「ふふ、昔のことですわ。レレナさん、実はね、私は高位貴族でありながら、冒険者をやっていたのですよ」
「ぼっ、冒険者……?」
それは目が飛び出るほどの驚きだった。こんなに美しく気品溢れる王妃様が、かつて冒険者だっただなんて、到底想像もできなかったからだ。
「えぇ。最強の魔法使いでありながら、冒険者として、三属性の中で一番強かった火魔法で魔獣や魔物、そして悪魔などを消し炭にしてあげたわ」
「消し炭に……王妃様が? 凄い……」と、私が静かに驚くと、リリアーナ様は勝ち誇ったような笑みを見せた。
「ねっ、凄いでしょ。お母様の火は。それに――」
「リリアーナ」
リリアーナ様の言葉を遮るように、フィオネ王妃様が彼女に声をかけた。
「はい、なんでしょうか、お母様」
突然の声かけに少し戸惑うリリアーナ様。フィオネ王妃様は、閉じた扇子を軽く振りながら、少し恥ずかしそうに呟いた。
「それ以上はよろしいですわ。自慢は」
「そうでしたわね、お母様」
娘の言葉に少し照れたような顔を見せたフィオネ王妃様だったが、すぐに手にしていた閉じた扇子をそっと私に向け直し、自信に満ちた優しい笑みを浮かべながら告げた。
「だから、レレナさんは火が微弱だからといって、弱いと思ってはダメよ。まだ成長途中かもしれないし、いずれは伸びる可能性だってあるのよ。魔法は数じゃない、力でもある……自分の魔法に自信を持ちなさい」
「はい、ありがとうございます。王妃様……」
その優しい励ましに深く心を打たれて、私は静かに頷いた。私の魔法が真っ直ぐに認められたのはこれが初めてのことで、胸が嬉しさでいっぱいになったのだ。
その横で、私たちの様子を見守っていたナセド様も、いつの間にか安心したような優しい表情に戻っていた。ただ一人、レーナ様だけは少し不満げな様子だったけれど、それ以上は何も言ってこなかった。




