第14話 王妃と王女の驚愕と見定め
中庭を目指して、カツカツと動きにくいヒールを鳴らしながら進んでいく。ナセド様にエスコートされながら、転ばないよう慎重に歩き続けること数分。行く先々で王城のメイドとすれ違い、軽く挨拶をした。後庭を手入れしている者もいた。みんな私の姿に驚いていたけど、私はただ前へと進んだ。
お茶会の会場まではまだ少し距離があったが、その途中、少し遠目に見える道端の丸い屋根がついた大きな休憩所まで、あと半分といったところで、二人の女性が立ち止まっていて、何やら二人で話をしているのが見えた。
二人とも金色の髪をしており、黄色を基調とした豪華な生地に白いフリルがあしらわれた、お揃いのようなドレスを着ている。 一人は白いヒールに黄色いリボンを、もう一人は金色のヒールに黄色いリボンをつけていた。
「やっときたわね、レ、レレナ?」
手をつなぎっぱなしの私たちにいち早く気づいたその人物は、少し歯切れの悪い声を出し、口をポカーンと開けて驚いたような顔をした。 そう、彼女は先日レストランで私に『可愛くない』と暴言を吐き捨てた、この国の王女・リリアーナ様だった。しかし、その近くにはいつも一緒にいるはずの従者、ナットさんの姿がない。あくまで私の勘だけど、何か別の用事で行っているのだろう。
(それにしても、この前の勢いがないわね。ここなら『やっときたわね、平民の娘』とぼやくはずなのに。歯切れは悪かったけど、また私の名前を呼んでくれたような……)
私がそんなことを考えながら微妙な顔をしていると、驚いたままのリリアーナ様はブルブルッと首を横に振り、我に返って言葉を続けた。
「う、嘘でしょ……お兄様が私以外の女性と手を繋ぐなんて……っ! それに何よ、その……前に着ていたのとは違う美しい黄色と青のドレスは……!」
リリアーナ様は文字通り、開いた口が塞がらないといった様子だった。それは、まさに私が「少しでも見返してやりたい」と意気込んでいた通りの見事な動揺っぷりで、今まで見たこともないような取り乱し方だったのだ。
初対面であれほど堂々と、お客さんの前で私のことを『可愛くない』と断言したお姫様が、今や目の前でこれ以上ないくらいに分かりやすく衝撃を受けている。レストランでの不器用な謝罪を思い出しながら、私はその姿に、心の中でふふっと小さく笑ってしまった。
そんな私の視線にも気づかないほど混乱しているリリアーナ様は、そのまま私のドレスを上から下までジロジロと凝視し始めた。 けれど何故か、リリアーナ様は一番最初に私の胸元へとチラッと視線を向けると、ハッとしたように気まずそうに目を泳がせたのだった。
(なるほど。この子、胸の大きさを気にしているのね。そういえばレストランで最初に会った時、私も密かに『少し控えめだな』なんて思っちゃったし……まぁ、絶対に口には出さないけどね)
彼女が目を泳がせた理由に気づいてしまったけれど、私はあえて気づかないふりをした。だって、こんなに分かりやすく動揺するリリアーナ様なんて見たことがないし、そんな不器用な姿を少し『可愛い』とすら思ってしまったからだ。
(それにしても、ジロジロと見過ぎだわ……)
私が少し困った顔をしていると、手を繋いでいる横で、ナセド様が鋭い目つきでリリアーナ様を睨みつけるようにして、低く響く声で注意した。
「おい、リリアーナ。レレナのことを見過ぎだ。彼女が困っているだろう」
「仕方ないじゃない。こんなに美しいドレスを着てくるんだもの、つい目が行ってしまうわ。それにあなた、本当にレレナなの? 髪を下ろしていると、まるで別人なんだけど」
兄の言葉に思わず素の口調で言い返したリリアーナ様は、目を細めてじっと私の顔を覗き込んできた。 その視線に対し、私が困惑した表情を浮かべて見つめ返し、ふと気になったことを口にした。
「……あの、今また私の名前を呼びませんでしたか?」
「なっ……!」
私がそう質問すると、リリアーナ様はハッとしたように真面目な顔を取り繕った。
「い、いや、今のは口が滑っただけよ! それに、ここでは名前で呼ぶのが礼儀だから呼んだだけよ! いいじゃない、名前くらい!」
レストランの時と同じように、顔を真っ赤にして必死に誤魔化すリリアーナ様。そのどこか憎めない姿に、私は心の中でまたクスリと微笑んでしまった。
(ふふ、リリアーナ様、またそうやって誤魔化して。本当に素直じゃないんだから。まぁ、そういうところがナセド様と少し似ていて、なんだかいいけれど)
「そうですね、リリアーナ様」
「でも、どうして髪なんか下ろしているの? それに、そのドレスは一体……」
不思議そうな顔と驚きの表情を綯い交ぜにしながら、質問攻めにしてくるリリアーナ様。その問いに私が一つ一つ丁寧に答えようとした、その時だった。背後にいたもう一人の金髪の女性が、楽しそうに会話に割って入ってきた。
「リリアーナ、あなた話が長すぎるわよ」
「でも、色々聞きたいじゃないですか、お母様」
リリアーナ様の言葉に、美しい笑みを向けた金髪の女性こそ、この国の王妃――フィオネ・アルスリーア様、その人であった。
パレードで遠目にあおぎ見たことはあったけれど、間近で見る彼女は、三十代……いや、とても四十代前半には見えないくらいに若々しく、息を呑むほどに美しかった。 そして何より……。
私は一瞬、彼女のドレスの胸元に広がる、豊かな谷間を不躾にもチラ見してしまった。なぜなら、先ほど焦っていたリリアーナ様のものよりも、その、格段に何かが違ったからで……。
(あ、圧倒的だわ。でも、リリアーナ様と違……)
なんて場違いなことを思った瞬間、私の不穏な視線にいち早く気づいたリリアーナ様が、じろりと目を細めて鋭く突っ込んできた。
「レレナ、あなた今、何を見ていたのかしら?」
「い、いいえ! 何も見ていません!」
どうやらリリアーナ様は、自分の胸に関してかなり根深い闇を抱えているらしい。私が密かに『お母様の方がずっと大きいな』なんて不敬なことを考えていたのを見透かされたのか。図星を突かれた私は、引きつった苦笑いを浮かべながら必死に誤魔化すしかなかった。
「あっ、そう」
ジト目でそう言い捨てる、どこか不満げなリリアーナ様。その横から、楽しげな声が響いた。フィオネ王妃様だ。
「ふふふ、初めましてね、平民の娘さん。あなたの名前はナセドから聞いているけれど、私もちゃんと自己紹介しなきゃね。わたくしは、この国の王妃、フィオネ・アルスリーアよ。どうぞよろしくね、レレナさん」
フィオネ王妃様が自己紹介すると同時に、彼女はドレスの裾をそっとつまみ、膝を軽く曲げて優雅にお辞儀をした。
(これって、王妃様の『淑女の礼』……! なら、私も――)
「レレナ……?」
私は繋いでいたナセド様の手をそっと離した。突然の手のぬくもりが消えたことに、彼は不思議そうな顔をして私を見つめる。 けれど、それもそのはずだ。さっき馬車を降りた時にリカードさんにも見せた、今の私にできる精一杯の『淑女の礼』を、今度はこの国の王妃様の前で披露しようというのだから。
私は自身のドレスの裾をそっとつまみ上げ、王妃様と同じように、静かに膝を曲げて身をかがめた。 これはリーアさんとの特訓や昨晩の練習、そしてさっきリカードさんの前で実践したものとも少し違う。今まさに目の前で王妃様が見せてくれた優雅な動きを真似た、本物に限りなく近い『淑女の礼』だ。
「はじめまして、フィオネ王妃様。今日はお招きありがとうございます。私はレレナ・アティリアと申します。本日はよろしくお願いいたします」
その光景を見た二人は、あからさまに驚きの顔を浮かべた。 まずナセド様は、不思議そうだった表情を一変させて目を見開き、「すっ、すごいなレレナ。淑女の礼もできるのか」と感嘆の声を漏らした。
さっきリカードさんに見せた時とは全然違う反応だ。おそらく、あの時の礼はまだ未完成だと思われていたのだろう。
それはさておき、リリアーナ様に至っては、信じられないといった顔を浮かべ、「うっ、嘘でしょ……。平民の娘が淑女の礼を……」と驚き交じりに声を震わせていた。
そんな驚く二人をよそに、私の挨拶を受けたフィオネ王妃様は、目を細めて嬉しそうに微笑みを浮かべた。それは、私の『淑女の礼』が完璧に成功したという証だ。
「へぇ、レレナさんは平民なのに、淑女の礼を知っていて、見事にできるのね」 「はい。仕立て屋の親友に全部、教えてもらったので」
私が肩にかかった桃色の髪を左手でかき分けながらそう言うと、リリアーナ様は驚いたようにさらに目を見開いた。
「しっ、仕立て屋の親友……? もしかして、その美しいドレスもその親友が作ったっていうの?」 「はい。ついでに言うと、髪をこうして下ろしているのも、その方が私の魅力が引き立つからって、その親友が助言してくれたからなんです」
「……なるほど、髪を下ろしていたのにはそういう理由があったのか」
私の言葉に深く頷き、親友の話をまた聞いたナセド様は心底感心したような表情を浮かべた。
「さっき見せてくれた見事な『淑女の礼』といい、その美しい黄色と青のドレスや髪型のことといい……その親友は、レレナのことを本当によく考えて、君の魅力を最大限に引き出しているんだな」
そうナセド様が感心していると、リリアーナ様が会話に割って入り、親友の作ったドレスを絶賛するように言った。
「でも、お兄様。このドレス、王城の仕立て屋よりも技術力が高いですわ」
「そっ、そうなのか? 俺にドレスの知識なんてないが……」
ドレスの凄さを熱弁するリリアーナ様に対し、服の知識がまったくないナセド様は、よくわからないといった顔を浮かべるしかなかった。するとリリアーナ様は、胸元からピンク色の扇子を取り出してパチンと開き、口元を隠すとお母様の方へと向き直った。
「お母様。わたくし、この技術力を持つ方に一度会ってみたいですわ。レレナさんのためにここまでする親友とやらに」
「そうね、確かに……」
そう静かに呟くと、フィオネ王妃様は私の方へと近づき、私のドレスをまじまじと見つめ始めた。
「本当にいいドレスだわ。でも、何よりも……あなたの親友は、とてもお優しい方のようね。普通、一人のためにここまでする人なんていないもの」 「はい、とても優しい親友です」
「うんうん、だったら、近いうちにそのドレスを作った人に会ってみようかしらね」
そのありえない提案に、ナセド様も私も驚いた。親友に頼まれていたのは「評判を上げること」だったのに、王妃様自らが服を見に行きたいと言うのだ。
「お母様、私も行ってみたいですわ、その服を見てみたいし」
あの時『可愛くない』と暴言を吐いたリリアーナ様が、今では私のドレスを何度も褒め、あまつさえ自分から「見てみたい」と言い出すなんて。 つい先ほどまで高飛車だった王女様のこの変化に、私はただただ圧倒されるしかなかった。
「母上、それはさすがに無理があるのでは? それにリリアーナ、お前はダメだろう。付き人のナットがいたとはいえ、少しだけレストランで騒いだことがあっただろう。その親友にまで迷惑をかけたらどうするつもりだ」
ナセド様がすかさず鋭い指摘を入れると、リリアーナ様は少し頬を膨らませて言い返した。
「迷惑って? この前、ちゃんと言わなかったかしら。あれは私が謝ったって。それに、仕立て屋さんに行くことと迷惑をかけることは別問題ですわ」
「大丈夫よ、ナセド。仕立て屋さんへ行く時はしっかり護衛もつけるし、リシェル様にもちゃんと伝えておくから。それに、リリアーナが変なことをしないか私が見張っておくから安心して」
ムキになるリリアーナ様に対し、フィオネ王妃様は満面の笑みと余裕たっぷりの顔で高らかに宣言した。 だが、その言葉の中に、さりげなくある男性の名前が混ざっていた。
(リシェル様……おそらく、この国の王様だよね。会ったことも見たこともないけれど、パレードではリリアーナ様とフィオネ王妃様しか見たことがなかったから。きっとナセド様に似て、凛々しいお方なんだろうな)
私が一人、その名前について思いを巡らせている間に、話は結局フィオネ王妃様とリリアーナ様の勢いに押し切られていたらしい。やがてナセド様が諦めたような、仕方なさそうな表情を浮かべ、小さく息を吐いた。
「はぁ、わかりましたよ、母上。まぁ、名前はレレナから聞いているので、お茶会が終わったら話します。それと、俺もいずれ時間が合えば、レレナにその親友を紹介してもらう約束をしていますしね」
ナセド様がそう言うと、王妃様と王女様は「なるほどね」と納得したように声を揃えて笑みを浮かべた。




