幕間10 城下町の日常
城下町、中央区域付近にて。人さらいが流行っているというその一帯を、シャフリネは聖騎士団の数名とともにしらみつぶしに調査していた。
しかし、今のシャフリネは城下町の石階段の壁に寄りかかりながら、少しイラついていた。人さらいの件だけではなく、「城下町全体の見回りもしてくれ」と、今日の朝になってリカードが急に追加で頼んできたからだ。イラつくのも無理はなかった。
「あぁ、もう……。フェリーヌ、この付近で人さらいの情報は見つかった?」
「いいえ、まだ何も……」
シャフリネの目の前に立つ彼女は、鼠色の三つ編み髪を揺らし、丸縁メガネをクイッと指でずらしながらキョトンとした表情で答えた。
名はフェリーヌ・ションイント、二十五歳。聖騎士団に所属する、シャフリネの第一の部下である。 赤い瞳を持つ彼女の服装は、他の団員とは少し異なっていた。規定の青黒い胴着や赤い羽織は着ておらず、胸元がしっかりと隠れるブラウス姿で、その左胸には聖騎士団の証である十字架の刺繍が施されている。
下は白と青の二本の線が入った、活動的な黒いショートパンツ姿であり、腰に剣を携えてる普段の彼女は、王国南の防壁や城下町の見回りを他の団員たちと行っている。
しかし今日に限っては、シャフリネに呼ばれ、リカードの代わりとしてここへ来ていた。
「そう……」
シャフリネが短くため息をつくと、フェリーヌが淡々とした声で指摘した。
「シャフリネ様、イラついていますね」
「当たり前でしょ、朝にあんなこと言われたんだから。……あと、いつも言ってるけど『様』はよして。もう私のメイドじゃないんだから、フェリーヌ」
「はぁ、そうですか。それにしても、急ですね。リカードさんがそんな任務を頼んで、自分は王様に呼ばれるなんて」
まるで分析官のような物言いで、メガネをずらしたまま、不思議そうな顔で言うフェリーヌに対し、シャフリネは怪しむように言葉を続けた。
「そうよね……」
怪しむような顔をするシャフリネに、フェリーヌは何かを思い出したように肩をピクッとさせて告げた。
「あぁ、でも。他の聖騎士団の方から少しおかしな話を聞いたんですが」
「ん?」
不思議そうに首を傾けるシャフリネに、フェリーヌは真面目な顔で言葉を続けた。
「正午ぐらいに、王城専用の馬車が通ったのを目撃したと聞きました」
「はぁ、王城専用の馬車ですって?」
驚きで目を見開いたシャフリネに対し、フェリーヌは静かに頷いた。
「はい、そうです。シャフリネ副団長」 「馬車が向かった方角は?」
「王城です」
「そうなのね。でも、その馬車はどっちの方角からやってきたか、わかる?」
「はい、北から南の王城へ向かったと報告が上がってます」
「北か」
彼女の言葉を聞いたシャフリネが、肩にかかる赤い髪の方を左手でいじりながら考え込んでいると、フェリーヌはさらに言葉を続けた。
「さらにもう一つ、とんでもない噂をしているのを耳にしまして」
「もう一つ?」
思い当たる節などなく、不思議そうにシャフリネは首を傾げた。
「数日前、北のレストラン付近でリリアーナ王女が目撃されたそうです」
「なんですって、あのおてんば姫が……」
薔薇色の瞳を見開いて、リリアーナを「おてんば姫」呼ばわりするシャフリネに対し、フェリーヌは真顔になりつつも、眉間に皺を寄せながらこう注意した。
「副団長。いくらなんでも、王女様に対してそのような物言いは失礼ですよ」
正論をぶつけられたシャフリネは一切怯むことなく、薔薇色の瞳でフェリーヌを見つめ返した。そして、いたずらを企む子供のようにニヤリと笑うと、こう言い返した。
「失礼? あら、それを言うならあなたも、人のこと言えないんじゃないかしら」
痛いところを突かれたフェリーヌは、赤い瞳を泳がせつつも、すぐさま真面目な顔を作って否定した。
「くっ……今のは間違えただけです」
「あらそう……しかし」
シャフリネはフェリーヌをからかうのをやめ、笑顔を消して難しい顔をしながら、北の方角を見据えてつぶやいた。
「北のレストラン。確か、南から来る冒険者ギルドの連中の溜まり場みたいなところだったわね、確か」
「はい、そうですね」
フェリーヌが真面目な顔でそう誤魔化すと、シャフリネはさらなる思考を巡らせた。
(北に現れたリリアーナ王女と王城専用の馬車の目撃か。多分、その二つは同じ場所に向かったのかもしれないわね。王女様が出向いた理由までは知らないけど)
シャフリネが一人で考え込んでいると、それを見かねたようにフェリーヌが言葉を続けた。
「あと、これはどうでもいいことなんですが……」
「どうでもいいこと?」
「北のレストラン付近を歩くドレス姿の女性を見かけたという報告も上がっていまして。聖騎士団の男どもは、とても美人だったと騒いでいました」
「とても美人って……全く。そんな女性より、ここに私たちがいるだろうに」
フェリーヌの言葉を聞いたシャフリネは、心底呆れたとばかりに不満げな顔を作り、ふうっと息を吐いた。しかし、彼女は知らなかった。そのドレス姿の少女が、ナセドの想い人だなんて。
「全くですね」
呆れと不満、二つの感情が混ざったようなシャフリネの物言いに、フェリーヌはくすりと笑って頷いた。
そうこうしていると、一般の聖騎士団員の一人がやってきた。城下町の治安任務にあたる団員たちは、防具として鋼の鎧を身につけている。
「あの、副団長……?」
「何?」
一般団員は左手を胸に当てて、声を張り上げた。
「東の区域で、人さらいの目撃情報がありました」
「そうか、わかったわ。行くわよフェリーヌ……」
「はい、副団長」
団員の報告を聞いたシャフリネとフェリーヌは、中央区域から、人さらいの目撃情報があった東の区域へとすぐさま向かって歩き出した。
しかし、そこへ行っても何の手がかりもなく、あとは見回りをするだけの一日になっていくのであった。




