第12話 リカードとレレナ、馬車の中での告白
昨日、リーアさんの仕立て屋に行ったおかげで、服や靴のことなど、色々なことを知ることができた。
そしてついに、待ちに待ったお茶会当日の朝を迎えた。
私は朝早くに起きて、朝食をとってから身支度を終わらせると、昨日からお願いしていたイフェドさんの奥さんに手伝ってもらい、黄色と青のフリルのついたドレスへの着替えを始めた。
昨日の夜には、軽く淑女の礼の練習もしておいた。完璧じゃないかもしれないけれど、今の私なりの精一杯の礼はできると思っている。
それから一時間後。着替え自体はすんなりと済んだのだが……あのコルセットについてだ。
リーアさんが巻いた時と違って、奥さんが巻いてくれた時は少しだけ緩かったように感じてしまったのは、何故だろう。
人によって巻き方が違うのか、それとも、リーアさんが何か私をからかってわざとキツくしたのか、今の私には知る由もなかった。
ちなみに、私の桃色の髪のセットについても奥さんにやってもらい、昨日のような美しい髪型に整えるのに、さらに一時間ほどかかった。
そして準備を終えた私は、「行ってらっしゃい」と笑顔で見送ってくれるイフェドさん達に「行ってきます!」と元気よく返し、ガチャリと扉を開けて宿の外へと飛び出した。
正午前、待ち合わせ場所であるレストランへと歩き出し、数分後、無事にその前へとたどり着いた。
するとそこには、この前ナセド様が言っていた通り、立派な金の装飾が施された馬車が用意されていた。平民の私にはもったいないくらい、とても豪華だ。
そしてその馬車の前には、あの茶髪の男性で――この前会った時の目立たない服とは違い、黒い執事服に身を包み、両手には白い手袋、足元には黒い革靴という装いの――ナセド様の親友であり、聖騎士団の団長を務めるリカード・レクレンさんの姿があった。手紙を受け取った時に顔は合わせているが、こうしてエスコート役として正式に対面するのは初めてだ。
少し緊張するけれど、いつもの私らしく振る舞いつつ、教わった礼儀正しさもしっかりと見せなきゃ。
私は胸の内でそう決意を固め、ドレスと桃色の髪を揺らしながら彼のもとへと歩みを進めた。
「あっ、ようやく来たか」
私に気付いたリカード様は手を振り、私は、まだ歩き慣れていないヒールをコツコツと鳴らしながら、ゆっくりと彼の元へと歩み寄って立ち止まると、少し戸惑いつつも、首を少し傾けて薄い笑みを向けた。
「……えぇっと、この前、ナセド様から聞いたのですが、あなたが聖騎士団の団長、リカード・レクレンさんですか?」
「あぁ、そうだが……にしても、レレナ・アティリア様、見違えました。この前、手紙を渡した時の給仕の服とはまるで違います。とても美しいです。その下ろした桃色の髪も」
そんなリカード様の紳士的な対応に心が躍り、さらに髪も褒められて、私は「ありがとうございます、リカード様」と満面の笑みを浮かべた。
「あぁ、それとこの前は、手紙を渡しただけであなた様にちゃんと名乗っていませんでしたね……。私はアルスリーア王国の聖騎士団の団長を務めているリカード・レクレン。どうぞよろしく。そして、私のことはそのまま『リカード様』と呼んでいただいて構いません」
すると、リカード様は優しく微笑み、左手を胸に当てて、軽く頭を下げた。
私は、律儀にちゃんと名乗ってくれるリカード様にくすりと笑いそうになるのをこらえた。
(もう、名前なんてナセド様から聞いているのにね……でも、聖騎士団の団長だから、こういうところが律儀なのかもしれないね)
「はい、でも、あなたのこと、知っていますよ」
「そうだったな」
リカード様は少し照れくさそうに頬をかくと、仕切り直すように左手を差し出した。
「では、どうぞ。レレナ様、馬車の中へと」
「はい、お言葉に甘えて。よろしくお願いします」
そして、私は彼のその手にそっと自分の手を重ねて、笑みを向けたまま頷いた。
リカード様が馬車の扉をガチャリと開けてくれ、私が中へ入ると、彼も続いて馬車へと乗り込んだ。
馬車の中は座席が対面するかたちになっており、とても上品な香りがしていた。さらにその隣には、街の景色を眺めることができる引き戸付きの窓があった。
そして、私が乗ったのを確認した馬車の御者は、前方の座席につき、手綱を引いた。馬車はゆっくりと動き出した。その間、私は対面に座る彼とお話をすることにしてみた。
「……えぇっと、あの、リカードさん」
私は少し身体を揺らし、膝に乗せた両手をモジモジさせながらそう問いかけた。すると、リカード様は優しい笑みを崩さずに、「なんだね、レレナ様」と返してくれた。
(何から話そう。ナセド様のこと? それとも親友に関するお話? それとも初めて行く王城のこと?)
悩み抜いた末に、私はまず王城についての話題を振ってみることにした。いくらヒールでの歩き方や淑女の礼を練習したとはいえ、不安が尽きなかったのだ。
「実は、私、王城に行くのは初めてで……。そこへ行って粗相をしないか不安ですし、それに、王城は広いと聞くので迷子にならないかそこも不安なんです」
「大丈夫だ、レレナ様。ナセド殿下からも聞いているだろう。他の貴族に何かされても、俺がなんとかする。ちゃんと守るとさ」
「あっ……」
そういえば、そうだった。忘れるところだった。この前、お茶会の返事をした時も、リリアーナ様に説教していた時も、ナセド様は同じことを言っていたのだ。
「そうでしたね」
まだ少しばかりの不安は残っているけれど、今は彼やナセド様の言葉を信じることにした。すると、リカード様は、安心した私を見ながら口にした。
「それと、ナセド殿下……いや。ナセドから、君が迷子にならないようにちゃんと連れてこいと強く言われているから、そこも安心してくれ」
「えっ? そうなんですか?」
いきなり『殿下』から呼び捨てに変わったことに気づいた。何故私の前で呼び捨てにしたのかと少し疑問に思ったけれど、きっとそれほど深い仲で、思わず素が出てしまったのだろうと理解することにした。
あと、私が迷子になることを予想していたような口ぶりに驚いたが、どうやらナセド様はそこまで配慮してくれていたのね、と改めて納得した。
でも、やっぱりあることについてはきっぱりと言っておこう。
「あの、リカード様」
「はい?」
「この前、手紙を届けてくれたことには感謝しています。しかし、本当は親友のあなたからではなく、ナセド様から直接渡して欲しかったです」
私の少し怒ったような指摘に対し、リカード様は表情を崩し、少し気まずそうな顔をした。
「あぁ、それか。……実は私も一度、言ったんだ。自分で渡さないのかと」
「自分で……?」
「それなのに、ナセドは、私が直接渡せば困るだろうと、レレナ様に気を遣って私に届けさせたんだ」
「私への気遣い? いつもレストランに通っているのに、自分で渡せないなんて少し矛盾していませんかね」
ナセド様が手紙を他の人に渡させた本当の理由を聞いて、私は少し呆れてしまった。でも、それが彼の性格なのだろうと今は理解するしかなかった。
しかし、やっぱりおかしいものはおかしいと私がきっぱり指摘すると、リカード様は真面目な顔で言った。
「私もそう思ったよ。いつもレストランに通っているんだから、自分で渡せばいいだろうとさ。だが、ナセドは少し不器用なところがあるんだ。そこは許してやってはくれないかな、レレナ様」
「なるほど、不器用ですか」
(でも、そういえば、以前フルネームを知っていた理由を誤魔化されたわ。多分、彼なりの不器用さがあってのことか。だったら仕方ないかもしれないわ。そんな彼でも素敵なところはあるのだから)
「もうしょうがないな……リカード様がそこまで言うなら、ナセド様を許してあげちゃいます」
リカードの言葉に私は納得の笑みを浮かべ、少しだけ砕けた口調でそう言い、彼を許すことにした。すると、リカード様は軽く頭を下げて、「ありがとうございます、レレナ様」と返してくれた。
だけど、まだ一つだけ疑問が残っていた。以前ナセド様に同じことを尋ねた時は「王族だから」とはぐらかされてしまい、結局本当の理由はわからないままだった。それなら、リカード様になら教えてもらえるかもしれない。私は彼の鼠色の瞳を見据えて呟いた。
「あの、一つ気になったことがあります」
「ん……?」
「どうして、私の名前をフルネームで知っているのですか? 親友や宿屋の人くらいにしか言っていませんのに」
「なんだ、そのことか。実は、君のレストランに行った後、『彼女のフルネームがどうしても知りたい』と俺に泣きついてきてね」
リカード様は少しニヤニヤしながら口を開いた。私は目を丸くして、不思議そうな顔で問い返した。
「えっ、私のフルネームを……?」
「そうだ。だが、ナセドは『普通に聞けば不審に思われるだろう』と言ってな。それで、わたしたちのところへ来て、君の名前を調べてほしいと頼んできたんだ」
「私のことを不審にだなんて、そんなこと思っていないのに……。けど、彼なりの配慮があったことには同意します。でも、私の名前を調べるためだけに聖騎士団の団長を動かすのは、少し大袈裟なのでは?」
そうツッコミを入れつつも、私は密かに思い当たる節があった。確かにナセド様に名前を聞かれた時、恥ずかしさから下の名前しか答えなかったのだ。苗字まで伝えるべきだったのに、私は名乗る機会を逃してしまっていた。少し頬を染めながら、その顔を隠すように俯く。
でも、改めて聞くとやっぱり名前は大事なのね、と感じた。
「確かにそうだ。まぁ、それだけ、あの真面目で他の着飾った令嬢には興味がなかったナセドが君に必死になっている姿を見せられたら、私も協力してやりたくなってな。うちの騎士団本部にある城の出入り記録を見せてやったら、あいつ、すぐに君の名前を見つけ出したんだ」
「着飾った令嬢には興味がない……」
以前、リリアーナ様からも同じような噂を耳にしていた。やっぱり、親友であるリカード様の口から聞いても、あの噂は事実だったのね。
それに、出入り記録か。つまり、お城へ出入りする人たちの記録から私の名前を見つけ出したのね。なら納得かな。けれど、ナセド様が私にだけはそこまで必死になるのは何故だろう。
今更ながら、不思議に思った。今、華やかなナセド様の色に合わせた可愛いドレス姿だ。
どうせお茶会が終われば、またいつもの日常に戻る。けど、ナセド様は私が知らないところで色々と頑張っていたのね。
しかし、何度そう思っても、私は平民の娘だ。今日は、あのリリアーナ様を見返して、可愛く見せる。今の私の目的は、それだけでいい。
ナセド様と私の関係が結ばれることはない。それを理解した上で、今日という日に臨もう。
「なるほど、ナセド様には、そんな意図があったのですね。それに、やっぱりあの噂も本当だったなんてね……」
「あぁ、そうだ。しかし、街にもそんな噂が伝わっているのか?」
「えぇ……。以前からもっぱらの噂として耳にしていましたし、リリアーナ様がレストランにいらした時にも、ご本人の口から伺いました」
「うわぁ、それはまた……街の噂にまでなっているとはな。まぁ、ナセドの日頃の振る舞いからすれば当たり前か……」
私の言葉に、リカード様は少し苦笑しつつも納得したような顔を見せた。……かに見えたが、私の言葉を頭の中で反芻したのか、突然ハッと驚いた顔を浮かべた。
「いや待て、レレナ様。今、あのおてんば……じゃなかった、リリアーナ王女が君のレストランにやってきたとはどういうことだ? 私はナセドからそんなこと、一言も聞いていないのだが」
そう言って眉間に皺を寄せ、少し険しい表情を浮かべるリカード様に対し、私は涼しい顔で説明した。
「はい。ナセド様がいらっしゃらない日にお忍びで、従者のナットさんという方と一緒にいらっしゃいました」
「そうか、ナットが同行していたのか。それで、どうなったんだ?」
「はい。実は――」
私は、リリアーナ王女様がやってきて私に『可愛くない』と暴言を吐いたこと、しかしすぐに謝罪してくれたこと、そして後日、ナセド様が軽く説教をしたことなどを手短に語った。
「……はぁ、全くあのおてんば王女は……いや、失礼。だが、まさかご自分の目で確かめに行かれるとは」
最初だけ、小さく呟くと、リカード様は額に手を当てて天を仰ぎ、それから深く息を吐いた。
「しかもナセドすら、私には一言も言わなかったのか。説教しに行ったことも含めてな」
「ナセド様も、きっと言いづらかったんだと思います」
「なるほどな……」
私が苦笑しながらそう言うと、リカード様は納得したようだった。そして、私はあの日のことを思い返した。確かに『可愛くない』と言われた時は腹が立ったけれど、リリアーナ様はちゃんと謝ってくださった。それに、ナセド様にもうお説教はしないでほしいと伝えてある。
「リカード様。私は本当に平気ですから、リリアーナ様を責めないであげてください。あと、あなたに言わなかったナセド様にも……もう終わったことですし」
「……レレナ様は、本当にお人好しですね」
呆れたような、それでいてどこか感心したような顔で、リカード様はそう呟いた。
そして、私は次の話題へと方向転換させた。
「はい。……あと、ナセド様から、リカード様は幼馴染だと聞いていますが、どのくらいからのご関係なのですか?」
「なるほど。レレナ様は、私の名前と、幼馴染で聖騎士団の団長だということしか伝えていなかったのか」
「はい」
「はぁ、あいつらしいな」
「リカード様……?」
突然、リカード様はナセド様のことを『あいつ』と呼び始めた。私がそのことを問いかけようとしたら、彼は何か吹っ切れたような顔をしてこう返した。
「……もう堅苦しいのはやめだ。レレナさん、俺のことは『さん』付けでいい」
そう言って、リカード様が急に態度を崩して両脚を組んだので、私は一瞬ポカーンとしつつも、困惑した表情を浮かべて尋ねた。
「えっ、いきなりどうしたんですか? リカード様。それに『さん』付けでいいなんて……」
戸惑いを見せる私に、リカードさんは軽く息を吐いた。その姿は、これまで紳士的な対応をとっていた彼とは違い、すっかり素の表情へと変わっていた。これが本来の彼の姿なのか、私にはわからなかった。
「ふぅ、いいんだ。実は俺は、こうして畏まるのはあまり好きじゃないんでね。一応、貴族の生まれでもあるが……」
「そっ、そうなんですか?」
「あぁ。まぁ、こんなこと言ってもピンとこないかもしれないが、爵位は侯爵だ」
「こっ、侯爵……?」
いや、全然わからない。王都に来て一年ほどになるけれど、リリアーナ様やナセド様などの王族は知っていても、さすがに爵位については全然わからなかった。
ただ、とても身分が高い相手だということは伝わってくる。それなのに、本当に『さん』付けなんて砕けた呼び方をしていいのかしらと不思議に思い、私はその疑問を彼にぶつけてみた。
「私、爵位についてはわかりませんが、王族と同じくらいすごい身分なのだということは理解できます。でも、いきなり身分の低い私が、身分が高いあなた様のことを『さん』付けで呼んでもいいのですか? 少しおこがましくて……」
困ったような笑みを浮かべながら、自身の桃色の髪を指先でいじりつつ、申し訳なさそうにそう返すと、リカードさんは真面目な顔で即答した。
「だから、さっきも言ったように大丈夫だ。俺が許す。多分、ナセドでもそうするだろう」
「あっ……」
(彼の言った『俺が許す』……。そういえば、ナセド様も同じことを言っていたわ。そうか、親友同士だから言うことも似ているし、彼ならそうするって分かっているのね)
彼の言葉に感心した私は、お言葉に甘えてナセド様と同じように呼ぶことにした。
「わかりました、リカードさん。今からそう呼ぶことにしますね」
「あぁ、そう呼んでくれ」
彼が満足そうに頷いたのを確認してから、私は先ほどの話題を改めて切り出した。
「じゃあ話を戻して、リカードさんとナセド様が幼馴染だった頃の話を教えてください。少し気になりますので」
「俺たちの話か……いくつか話すと長くなるから、一番印象深い話をしてやろう。あと、君には言っていなかったな。実は、ナセドの親友は俺だけではなく、もう一人いるんだ」
「もう一人?」
「あぁ、俺と同じ貴族で聖騎士団の副団長をやっている、伯爵令嬢のシャフリネ・キャリンだ」
「伯爵令嬢……」
それって低い方なのか、高い方なのかしら。さらなる疑問が私の頭の中をぐるぐると回っていると、リカードさんが優しい笑みを浮かべた。
「そう深く考えなくていいぞ。シャフリネは俺より一つ下だ」
「一つ下……年齢が?」
きょとんとして聞き返した私を見て、リカードさんは優しい笑みを崩し、思わず吹き出した。
「いや、爵位の話だ。年齢は同い年だが、爵位が一つ下っていうわけだ」
「年齢じゃない……」
それは私の盛大な勘違いだった。年齢ではなく爵位の話であり、私は侯爵以外にも上にいったり下にいったりする身分があるということを、ここで初めて知ったのだ。
顔から火が出るほど恥ずかしい。でも、仕方ない。平民の私が爵位なんて知るわけがないのだから、誰だって年齢だと勘違いするはずだ。
そう自分を無理やり納得させて、いつもの顔を必死に取り繕いながら、私は両手を膝の上に置いたままもじもじと身体を揺らした。
「い、今のは忘れてください……」
「おっ、おう」
しかし、もじもじしていた私が表情を戻したのと同時に、「あれ?」と思う疑問が頭に浮かんだ。
もう一人の親友が貴族令嬢だということに気づいたのだ。着飾った令嬢には興味がないはずなのに、どうしてナセド様の親友なのかなと不思議に思い、私はリカードさんに聞いてみた。
「あの、シャフリネさんは貴族令嬢ですよね。なのにどうして、ナセド様の親友なのですか?」
「そうだが、彼女は別だ。他の貴族令嬢たちのように媚を売ったりしないし、それに根は真面目だからな」
「なるほど、そういうことなのですね」
私は理解した。ナセド様には私以外にも、シャフリネさんという、興味……いや、親友として信頼を寄せている女性がいるのだと。そして、もしかして彼女こそが、今日のお茶会に来るという『王族に近い貴族』なのではないかと気づき、私は言葉を紡いだ。
「もっ、もしかして……今日のお茶会には、もう一人王族に近い貴族が来ると聞いていたのですが、その方というのが、ナセド様の親友であるシャフリネさんなのですか?」
「いや、あいつは来ない。聖騎士団として彼女にしかできないことをさせたからだ」
「彼女にしか出来ないことか……」
伯爵令嬢の方は来ないのだとわかりつつも、どんな人なのか少し会ってみたかったという好奇心が残る。
でも、きっと忙しい方なのだろう。それなら団長であるリカードさんも忙しいのではと気になったけれど、彼ははっきり「彼女にしか出来ないこと」と言った。だから私はそれ以上追及せず、お茶会に来るもう一人の人物について尋ねた。
「じゃあ、今日のお茶会には誰が来るのですか?」
「あっ、それか。って、知らないのかレレナさん」
「えぇ、知りません」
私がそう答えると、リカードさんは少し呆れた顔でため息をついた。けれど、すぐに「あぁ、そっか」と何か一人で納得したような表情を見せた。
「あいつ、レレナさんに気遣って言わなかったんだな。まぁ、相手が相手だしな」
「相手が相手……?」
その意味深な言い回しに、私は胸の奥が少しだけざわつくのを感じた。
「そうだ。まぁ、着いてから会えばわかることだ。俺からは言わないでおくよ。だが、レレナさん。一つだけ言わせてくれ」
「……はい?」
「だが、君は、リリアーナ様や他のどんな令嬢にも負けないくらい、今の姿もとても美しいよ」
私のこのドレス姿を指さして自信たっぷりに言われたその言葉に、私はまた顔を真っ赤にして俯いてしまった。
「そんな、照れますよ……。でもリカードさん、そう言っていただけると、今日のお茶会、なんだか頑張れる気がします」
「そうか、それは良かった。……えぇっと、さっき、俺たちの過去の話を聞きたいと言っていたっけな」
「はい」
「悪い。色々と話していたが、どうやらもう王城の門の近くまで来ているらしい。窓の外を見てごらん」
すまなさそうな顔をしたリカードさんは、窓の外を指さし、再び優しい笑みを向けて外を見るように促した。
「えっ、もうですか? 歩けばまだ半分くらいの道のりのはずなのに……」
と、私は引き戸の窓をガラガラと開けた。窓から顔を出して前を見ると、風で私の桃色の髪がくすぐったいくらいに揺れた。
そして目の前には、王城の門と、宿から遠目で見えていたあのそびえ立つ巨大な白と黒の城の姿が迫っていた。
「あぁ、本当だわ。でも、風が気持ちいい」
(てっきり、一時間くらいで着くと思っていたけれど、思ったよりもこの馬車は速いのね)
「あそこに、ナセド様たちが……」
目の前にそびえ立つ城を見上げて呟く。だけど、胸の奥、心の片隅に謎の不安がよぎった。リカードさんが『相手が相手だし』と言った、あの言葉。
その意味は、まだわからない。だが、あの城へ行き、その正体がわかった時、私は少し挫けそうになるかもしれない。
それでも、私は前へと進む。この白と黒の城の中で待つ、未知の『何か』に向かって。
過去の話を最後まで聞けなかったのは少し残念だけれど、もし機会があればまた聞いてみよう。お茶会の中で、ナセド様たちについて知るチャンスがある可能性だって捨てきれない。
そう前向きに考えながら、私は窓を閉めて馬車の中へと身体を戻した。
馬車はそのまま、王城で待つ未知の何かへ向かってゆっくりと進んでいくのだった。




