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「平民は愛されない」はずなのに、雲の上の第一王子様から溺愛されています!?  作者: 東明時裕夜
第一章 王子様との出会いと王女の殴り込みと、お茶会準備

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第10話 レレナの思いと照れ隠し

 リーアさんの仕立て屋で、私に似合う服を頼んでから二日後。正午過ぎのレストランはいつものように賑わっており、そこにはお茶会の返事をして以来、久しぶりにナセド様が来店し、真ん中のテーブル席に座っていた。


 昨日、ファナおばさんからある話を聞いた。私が休んでいた日に、ナセド様はお店に来てくれたらしい。そしてその後、リリアーナ様に説教をすると言っていたそうだ。


 私はそれが少し不安だった。私にも故郷に妹がいるからわかるけれど、兄妹喧嘩はあまり良くないし、見たくはない。それに、確かに暴言は吐かれたけれど、リリアーナ様はこの前ちゃんと謝ってくれたのだから、私は全然気にしていないのだ。

 とりあえず、注文の料理を運びながら、リリアーナ様とどんな話をしたのか聞いてみよう。そして改めて、「私は大丈夫です」と自分から伝えよう。


「今日もいらっしゃいませ、ナセド様」

「あぁ、来てやったぞ、レレナ」


 私が満面の笑みで挨拶すると、ナセド様も気さくな笑顔を返してくれた。そして、私はお盆から料理の皿を取り出し、一つずつテーブルへと並べた。

 私が皿を並べ終わると、何かを思い出したようにナセド様が真面目な表情を浮かべ、口を開いた。

「そういえば、レレナ」

「はい、なんでしょう? ナセド様」


 私が不思議そうな顔で小首を傾げると、ナセド様は真剣な表情のまま、リリアーナ様のことについて切り出してきた。

「ファナおばさんから聞いたぞ。この店に、あいつ……いや、リリアーナのやつが来たんだってな」

「はい、そうですが」


 私が真顔で正直に答えると、ナセド様はすまなそうな顔をして、小さく頭を下げた。そして、私は持っていたお盆を胸元で抱え、平気な顔を繕いながら、彼にこう告げようとした。しかし、それよりも前に、ナセド様が先に言い出した。

「すまない。俺がいない間に、リリアーナのやつが君に暴言などを……」



「……いいえ、大丈夫ですよ。ナセド様。おばさんから、多分聞いていると思いますが、私は平気です」


 そう強く断言する私に対し、ナセド様は安堵の表情を見せた。しかしそれも束の間、彼は私を見上げて、すぐに真面目な顔で眉間に皺を寄せながらこう口にした。


「そうだったな。……だが、君もファナおばさんから聞いて知っていると思うが、リリアーナには、少しだけ説教をしておいたからな」

(やっぱり、説教したんだ。でも……)


 真面目な顔のナセド様は、さらに少し怒りが混じったような表情を浮かべていた。リリアーナ様に少しだけ説教をした、とこちらから尋ねるよりも前に彼自身の口から告げられたことで、私の不安は的中してしまった。


 しかし、それがどの程度のものだったのか、私にはわからない。兄妹仲が悪くなるような、重いものではないといいけれど……と考えながら、私はナセド様に言った。


「ナセド様……私のために説教してくれるのはありがたいですけれど、あまりリリアーナ様を責めるのは良くありません。あの方は謝ってくれたし……」


 私の言葉を途中で遮るかのように、ナセド様は「それは聞いている」と真剣な表情で呟いた。それを受けて私は、苦笑しながら言い放った。


「何度も言いますけど、私は平気ですし、気にしていませんよ」

(まぁ、少しは気にしてはいるけれど。自分自身を可愛くないとは思っているものの、それでも少しだけ見返そうと頑張っているから)


「それに、私のせいで二人の仲が引き裂かれるのは、そっちの方が悲しいですから」


 苦笑いを浮かべつつ、少し強張った悲しい表情をする私を見て、ナセド様は不思議そうに小首を傾げた。一体何を考えているのだろうと私が彼の顔を覗き込んで数秒、ナセド様は何かを納得したような表情を浮かべ、ふんと鼻を鳴らした。


「ふん、やっぱりファナおばさんの言った通りだな。……レレナ、君は本当に優しいな。だが、リリアーナは強い。説教をされたくらいで辛い顔をするようなやつじゃないさ。それでも、君にそこまで言われてしまうと、俺からはもう何も言えないな」


 そう言って、ナセド様は最後ににこやかな笑みを浮かべ、私も思わず彼に釣られて微笑んだ。


(リリアーナは強いか……。まぁ、ナセド様の妹ですしね。少しだけ心配みたいだけれど、安心したわ)


 心の中でほっと胸を撫で下ろし、私はお盆を抱え直し、微笑みながら「じゃあまたね、ナセド様」と言おうとした。だがその時、彼が左手を伸ばし「あっ、待って」と私を呼び止めた。


 引き止められた私は、お盆を持ったまま(なんだろう)と思いつつ彼へ視線を向ける。するとナセド様は、リリアーナ様の話のついでに、ある話題を切り出した。


「あと、俺がいない日に……君はお茶会で着ていく服を買うために……その人の名前は知らないが、君は親友の仕立て屋さんに行ったそうだね」


 少し照れ臭そうな表情を浮かべたナセド様は、指先で自分の金髪をいじりながら、私がドレスを買いに行ったことについて聞いてきた。


「はい、そうですけど」

「すまないな。この前、俺がなんとかすると言ったけど、さすがの俺でも君がお茶会で着ていくドレスについては考えが及ばなかったよ」


 困惑した表情を浮かべるナセド様に対し、私は「いえいえ」とお盆から片手を離し、手を振って戸惑いつつも、また平気な顔を作って見せた。


「だっ、大丈夫ですよ、ナセド様……そんな顔をしないでください。多分、ナセド様がそこまで考えが及ばなかったのは仕方ないと思います」

「そうだな……だが、君のその姿でお茶会に来ても、俺は困らないと思うけど……」

「私の姿って……」


 はふぅと、私の桃色の髪から湯気が立ち上った。ナセド様に『可愛い』と言われたことは、前にもあった。でも、私の服のことでこんなふうに言われたのは初めてで……。いや、違う。ありのままの私でいいと、思ってくれたのだ。


 しかし、私自身が可愛くないと思っていたけど、リーアさんに『可愛い』と言われた時のように、やっぱり違うのかなとまた思ってしまう。


 でも、ナセド様にそんなことを言われたら、それはそれで嬉しい気持ちだ。自分のことは置いておいて……。


「もう、ナセド様ったら……」


 私は照れを隠しつつ、ムッとした表情を見せて彼に人差し指を振ると、抗議するように口を開いた。


「今の私の姿は、給仕ですよ。こんな服で行ったら、他の貴族に笑われるか、蔑まれてしまいますよ……」

「そうだな……だが、そうなったら君のことを守るよ」


 他のお客さんの前で堂々とそう言い切るナセド様に対し、私は顔を熱くして周囲の目を気にしつつも、毅然とした態度を向けた。


「ナセド様、その気持ちだけはありがたく受け取っておきますね」

「あぁ……。あと、お茶会についてだが、この前は返事を聞いただけだったな。参加する者についてまだ言っていなかったが、リリアーナと、現王妃であり俺の母上であるフィオネ王妃、そして王族と親交のある貴族が一人来る予定だ」


 リリアーナ様が来ることはわかっていたけれど、まさかフィオネ王妃様まで来るとは予想だにしていなかった。彼女のことはリリアーナ様と同じで、パレードか何かでちらっと見たことがある程度だ。噂では、とても美しい方だと聞いているけれど。

 それからもう一人、王族と親交のある貴族か……一体、どんな方なのだろう。


 多分、ナセド様やリリアーナ様と深い関わりのある方なのだということは分かる。それがナセド様の婚約者なのかどうかまではわからないけれど。


 もしそうだとしても、私のナセド様に対する気持ちは変わらない。たとえ私が平民であっても……。

 その凄まじい顔ぶれに驚きつつも、全く動じない態度を貫きながら、私は心の中でそう決意を固めた。だが、次にナセド様が告げた一言によって、私の表情はあっさりと崩れ、緩んでしまった。 


「それと、もう一つ。君のために馬車を出し、正午前、ここのレストランの前につける予定だ」

「そんな、馬車まで……。ナセド様、私は歩いてでも行けますよ、王城へ」


 緩んでいた私は、ナセド様の気遣いに慌ててしまった。馬車の値段をよく知っている。だからこそ、そんなお高いものに乗るわけにはいかないと、私は顔をしかめて拒むように言った。

 すると、ナセド様は再び眉間に皺を寄せて、少し怖い顔で言い放った。


「いや、だめだ。君を一人で王城へ行かせるなどできない。危なすぎる。それに、ここから何時間かかると思っているんだ?」

「あっ、そうだった」


(確かに、ドレス姿で王城まで行くのは無理があるわ。じゃあやっぱり、ナセド様に頼むしかないわね)  


 彼の真っ当な話に自力で行くのは改めて困難だと悟った私は、少し遠慮しつつも薄い笑みを浮かべ「じゃあ、お言葉に甘えてお願いしますね」と、彼に馬車を手配してもらうことにした。


「あぁ……あと、馬車の中には、君を守ってくれるためだけに呼んだ俺の親友が同乗する」

「親友……それって、この前の……?」


 私は思い出した。それは、あの時私にナセド様からのお茶会の手紙を渡してくれた、あの優しそうな雰囲気の茶髪の男性のことだ。


(そういえば、あの時のことで、いくつか気になっていたことがあったわ)


 一つ目は、どうしてナセド様は自分で手紙を渡さず、親友に頼んだのかということ。後から返事を聞きにわざわざレストランへ来たのだから、手紙だって自分で渡せたはずだ。


 いくら王族だからといって、大切な招待状の受け渡しを親友に任せるなんて、少し良くない気がする。私にも大切な親友がいるからこそ、そういう扱いはダメだと思ってしまうのだ。


 そして二つ目は、その親友の名前だ。あの時、彼は手紙を渡してそそくさと去ってしまったから、私は彼の名前すら知らない。


 そう考えた私は、王族であるナセド様に対して失礼かもしれないと思いつつも、彼に少しお説教をして、ついでにあの茶髪の男性の名前も聞いておこうと決めた。そして、少しだけ怒ったような表情を作って、ナセド様をジッと見つめた。


「ナセド様」

「ん、なんだ? レレナ」


 不思議そうな顔で見つめ返してくるナセド様に対して、私は怒ったまま説教を始めた。


「『なんだ』じゃありませんよ、ナセド様。こんなことを言うのもあれですが、この前、私はちゃんとお茶会の返事をしました。でも、親友を使って手紙を届けるのは間違っています」

「えっ、そうなのか?」


 全く悪気を感じていない、無邪気な顔で言うナセド様に対して、私はお盆を持っていない方の手で再び人差し指を振った。


「そうですよ。親友は大事にしないと……。それに」


 私は桃色の髪を指先でいじりながら、照れくささを隠すようにムッとした表情を見せ、ナセド様には聞こえないくらいの小さな声で呟いた。


「ナセド様から直接、私に渡して欲しかったわ……」

「ん? 何か言ったか?」


 本音が漏れてしまったことにハッと我に返り、不思議そうに尋ねてくるナセド様に対して、私は慌てて誤魔化しながら言葉を続けた。


「な、なんでもありません! とにかく、今度からは自分で届けてくださいね。私はいつもレストランにいるんですから」

「あぁ、わかった。今度からそうするよ」

「そうしてください……。あと、この前聞きそびれていたけれど、あなたが頼んで私に手紙を届けさせた、あの方は誰なんですか?」


 そうお説教を締めくくり、私は続けて、ナセド様に質問をすると、彼は、真顔で答えた。


「そういえば、まだあいつについて言ってなかったな」

「はい」

「そいつは、このアルスリーア王国の聖騎士団の団長をやっていてね……」

「聖騎士団の……団長?」

(それって、ものすごく大物じゃない……!)


 私は彼の正体を聞いてあまりの驚きに、思わず言葉を失ってしまった。何故なら、聖騎士団の団長といえば、この国で魔法も剣も最も強いという噂があるほどのすごい人だからだ。


(私、大丈夫かな……。あの時、あまりちゃんと受け答えができていなかった気がするし……)


 私がそんな風に不安がっていると、ナセド様が優しく声をかけてくれた。


「レレナ、そんな心配な顔をしないでいい。あいつはリカード・レクレンと言って、俺の幼馴染なんだ。一番信用できる男だから、安心してくれ」

「信用できる……」


 だからか。私は彼の考えが少しだけ理解できた。つまり、他の人には任せられない大切なことだからこそ、一番信頼している親友に頼んだのだ。まぁ、でもやっぱり自分で届けないとダメだという思いは変わらないけれど。


「ですが、ナセド様……」


 私がまだ食い下がろうとすると、ナセド様はそれを見透かしたように言葉を重ねた。


「わかっているよ、次からそうするから。それよりもだ。今度、君がお茶会で着てくるドレスを楽しみにしているからな、レレナ」

「なっ……はい……」


 一瞬で顔が熱くなるような、不意打ちの甘い発言に、私は赤くなった頬を必死に隠しながら静かにそう答えた。


「じゃあ、私は仕事に戻りますので」

「あぁ」


 私はお盆を抱え直し、照れを抑えて、いつもの仕事の真面目な顔へと戻した。そして歩き出しながら桃色の髪をふわりと揺らし、ちらりと後ろを振り返る。ナセド様の優しい笑顔を見届けて、私はその場を後にした。

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