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「平民は愛されない」はずなのに、雲の上の第一王子様から溺愛されています!?  作者: 東明時裕夜


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第8話 リーアさんの夢と私のドレス

 リーアさんと話し込んでから数分後……。


「とりあえず、話は大体聞いたけど……さっき言ってた、お茶会ね。身分とか服装とか、大丈夫なの? レレナ」


 心配そうな顔を浮かべるリーアさんに、私は平気な顔を向けた。


「大丈夫です。身分については、ナセド様が何とかしてくれると、本人から聞きましたから」

「そうか、ナセド殿下は、そこまでレレナにしてくれるなんてね。よっぽど大事にされてるじゃない」

「リッ、リーアさん。さっきも言ったように、そんなんじゃ……」


 否定しようとするも、ナセド様の顔を思い出すたびに、顔がにやけてしまいそうになる。私が必死で表情を戻すと、リーアさんは真顔になって言った。


「じゃあ身分は大丈夫か。ということは……?」


 何かに気づいたリーアさんは、狐色の瞳で私を見つめ、ニヤニヤしながら口にした。


「あんた、服を買いに来たのね?」

「はい、お茶会に着ていく服が、どうしても欲しくて」

「なるほどね。まぁ、あんたのその地味な茶色のワンピースだったら、他の貴族から蔑まれそうね。ナセド殿下が身分を何とかするにしても」

「そっ、そうなんですけど。でも、地味は余計ですよ。リーアさん」


「悪い悪い」と、リーアさんは冗談混じりに微笑み、左手を振った。


 でも、地味と言われれば、確かにそうかもしれない。「はぁ」、と私はため息をつき、本題に入ろうと、先ほど見ていた衣装に目を向けた。


「あの、リーアさん、さっき見ていて驚いたけど、この衣装たちは金貨五枚以上するの?」

「えぇ、するわよ。もしかして、あんた、服の値段も

 知らずに来たわけ?」

「まぁ……」


 図星を突かれた私は自身の桃色の髪を掻きながら、とぼけた顔を浮かべた。すると、リーアさんは呆れた顔を向けた。


「あんたね……」

「でも、あなたのお店なら、金貨三枚くらいで買えるかなと思ってやってきたんです」


 私が顔をしかめて反論すると、リーアさんは呆れたまま、少し機嫌悪そうな顔を浮かべた。


「金貨三枚って……レレナ、あんた、そんなので買えるわけないでしょう。今、よそ行きの服なんて、金貨五枚を軽く超えるわ」

「軽く超える……。やっぱり買えないのかな」


 金貨四枚だけでは足りない、という現実に、私は涙目になり、俯いてしまった。

 そう悲しんでいる私にリーアさんは、仕方なさそうな顔で、「はぁ」とため息をついた。


「しゃーない。わかったわ。今、あんたが持っている金貨で、あんたに似合う最高のドレスを作ってあげようじゃない。ちょうど、お客さんが来なくて暇してたし」

「えっ、ほんと?」


 リーアさんの一言に、悲しんでいた私は顔を上げ、少しだけ喜びの笑みを浮かべた。


「えぇ、ほんとよ」

「でも、お客さんが来ないって、それって大丈夫なの?」


 心配そうな顔で尋ねると、リーアさんは平気な顔で余裕の表情を浮かべた。


「えぇ、大丈夫よ。うちはお得意様や予約制でやっているからさ」

「そうか、よかった」


(なるほど、今日はお客さんが見えなかったのはそういうことね。しかし、お得意様と予約制か。初めて聞いたわ。でも、私もリーアさんのお得意様ということになるのかもしれないわね)


 私は改めて、親友の頼もしさを感じた。一年前、この王都の路地裏で途方に暮れていた私を救ってくれた時のことを思い出す。あの頃からずっと変わらず私に優しくしてくれて、つい甘えたくなってしまう。そんなリーアさんが作ってくれるドレスなのだから、きっと素敵なものになるに違いない。そう思うと、少しだけ心が弾んだ。


「じゃあ、リーアさん……」


 彼女の凄さを改めて感じながら、作ってくれるという言葉に甘えて、私はポシェットの中から金貨を出そうとした。だが、そう思ったのは一瞬のことだった。私の中の良心が『いや、やっぱり悪いよ』と顔を覗かせ、私の手を引き留めた。


「いや、やっぱりいいわ」

「えっ?なんで?」

「だって、少ない金貨で払うのも申し訳なくって……」


 そうだ、ここで売られているのは、どれもこれも金貨五枚以上のものだ。それを「金貨四枚で服を作って」とお願いするのは、いくら親友とはいえやっぱり申し訳ないのだ。


 リーアさんはカウンターを抜けて、私の前にやってきた。私が振り向くと、リーアさんは向かい合わせに、私の両肩をギュッと掴んだ。


「そんな申し訳ない顔、しないの。レレナ、私はあんたが親友だから、作ってあげる。そう言っているの」

「リーアさん……」

「まぁ、その代わり、私の評判を上げなさい」

「評判?」


 リーアさんの思いがけない言葉に、私が困惑していると、彼女は掴んでいた肩から手を離し、天井を見上げた。


「実はね、レレナ。あんたに言ってなかったけど、私には夢があるのよ」

「夢……?」


 リーアさんには夢がある。しかし、それが何なのか分からないけれど、多分、この仕立て屋のことなんだろう。なんとなく、そう察しがついた。


 どうやら、その夢を今、私に話してくれるらしい。


「私の両親が、街から街へと渡り歩く商人だって、前に聞いたわよね」

「はい、聞きました」


 リーアさんが言う『前』とは、私がこの人と出会った一年前のことだ。あの頃の私は本当に大変だった。十七歳で故郷の村を出て、この王都へ来たばかりだったから。


 そういえば、どうしてリーアさんは両親と離れて、一人で働いているのか、私は詳しく聞いていなかった。今聞いたのは、予約制やお得意様のことだけだ。


「父も母も凄腕の服商人で、私なんかよりもずっと、腕のいい作り手なの」 

「へぇ、そうなんですね」


 リーアさんの両親が凄腕の服商人だと、私は初めて知った。まぁ、私に服を作る知識なんて、あまりないし、そもそも自分で作ろうとしても作れない。


「だから、私は両親よりずっといい職人になって、自分の作った服を世界中に広めたいの。今は限られた客しかここに来ないけど、夢を叶えるためには、どうしても自分の評判を上げることが必要なのよ」


 知らなかった。リーアさんがそんな大きな夢を持っていたなんて……。少ない客足でも、評判を上げて夢を叶えようと思っているのね、リーアさんは。

 私は、リーアさんの大きな夢の話を聞いて首を傾げ、少し考え込んだ。


(夢か……。私には、そういうものがない。今はレストランで働くことで手がいっぱいだし、なりたいものも今の所は何も思い浮かばない。けれど、今の私は、ナセド様のことで頭がいっぱいになっている。とりあえず、今はお茶会を成功させることに集中しよう)


 少し考え込んだ私は首を傾げるのをやめ、リーアさんの話の続きに耳を傾けた。


「それで、あんたはお茶会に参加して、王族や貴族に、私が作った最高のドレスを見せつけて、そして、『これは、私の親友が作ったすごい服なの』と自慢しなさい。それに、さっき話してくれたでしょ。暴言を吐かれたリリアーナ様を、ちょっとだけ見返したいんじゃない?」

「自慢と見返しか……」


 ただ、私はお茶会の服を買いに来ただけなんだけど……まぁ、親友の夢のために服を自慢するのは確かにいいかもしれない。それに、可愛いか可愛くないかはさておき、あのリリアーナ様を見返せるかもしれないわ。でも、私が着飾って自慢するなんて恥ずかしい……なんて気持ちは、リーアさんには言わないでおこう。


(けど、自慢か……。ナセド様は、リーアさんが作ったドレスを着た私を見て、どう思うのかな。やっぱり可愛いと思ってくれるのかしら。いや、そんなことないかな。何度もそう思うけど、もし言われたら、それはそれで嬉しい)


 再びナセド様のことを思い出して頬を赤く染めていると、リーアさんが私の表情を見て察したのか、ニヤニヤしながら核心を突くような言葉を告げた。


「あんた、また殿下のことを考えていたわね。どうせ、自慢して可愛いと思われたいんでしょ?」

「ち、違いますよ! そんなことは思ってませんから!」

「そんなこと思ってないって? 嘘。顔に出てるわよ」


 赤く染まった頬を見られまいと、慌てた私は左手で顔を半分隠して知らん顔を突き通そうとするが、リーアさんにはお見通しだった。


「まぁ、あんたが自分のことを可愛くないと言っても、殿下に見せつけようとする気持ちは分からなくもないわ」


 と、リーアさんはふんと鼻で笑った。私が「だから違いますからね」とまた否定すると、リーアさんはからかうような笑顔を引っ込め、仕事の顔へと切り替わった。


「まぁ、あんたをからかうのは終わりにして。本題に入ろうかしら、さっきの話、忘れないでよね」

「はっ、はい。わかりました、リーアさん」


 私は無理やり表情を戻した。まだ少し顔が熱かったけれど、気にしないことにした。自慢はお茶会に行ってから考えればいい。そう思うことにして、私はポシェットから金貨四枚を取り出して差し出した。


 すると、リーアさんは私が差し出した金貨四枚を見て、「あれ?」という不思議そうな表情を浮かべた。


「レレナ、てっきり金貨三枚だと思ってたけど……四枚なのね」

「はい、本当は三枚でしたけど、さっきの話にはまだ続きがありまして……」

「続き……?」

「実は、従者さんから頂いた金貨をファナおばさんに『お店の足しにしてください』って渡そうとしたんですけど、おばさんが『あんたの服の足しにしな』って受け取ってくれなくて……それでありがたく頂くことにしたので、合わせて四枚になったんです」

「へぇ、そうなんだ。ファナおばさん優しいところあるのね……。まぁ、それでも足りないけどね」


 改めて、リーアさんに四枚でも足りないという現実を突きつけられ、私は少し不満顔で声を上げた。


「それは言わないでください」


「ごめんごめん」と、リーアさんはあははと笑いながら、下ろしていた左手で私の右肩を軽く叩いた。


「あと、レレナ、貴族のルール、ある程度は知っているわけ?」

「へっ?」


 思わず、変な声が出てしまった。そういえば、そうだ。今更ながら、私、貴族のルールなんて知らない。でも、リリアーナ様みたいにお嬢様っぽく振る舞えば……。


 私がそう考えていると、リーアさんが狐色の瞳を細めて、じぃーと睨んできたので、私は戸惑った。それは長い付き合いだから分かる親友の鋭い勘だった。


「え?何?」

「あんた、もしかして、今、『リリアーナ様みたいに振る舞えば』って思ったでしょ」


 バレていた。でも、言い訳してもさっきみたいにどうせ通じない。私は諦めて、開き直って正直に答えた。 


「まぁ、そうですけど……リリアーナ様の真似をすればいいかなと思ったんです。ダメですか?」

『何も考えず、とりあえず真似すればいい』ーーそんな安直な私の考えに、リーアさんがこめかみを押さえて「はぁー」と大きくため息をついた。


 それは、世間知らずの私に『それはダメだわ』と言いたげな表情だった。


「あんたね。王女の真似は、絶対に合わないからやめなさい」

「えー?なんで」


 まるで子供の火遊びを止める親心を感じさせるようなリーアさんの否定に対し、私はよくわかっていない表情を浮かべ、間延びした声を上げた。


「理由は簡単よ。あんたがその口で『おほほほ』とか『ですわ』と言ったって、正直、さすがに気持ち悪すぎるわ」

「あっ、確かに……」


 リーアさんは口元に手を当てて、『おほほ』とお嬢様口調を真似てみせ、酷く嫌そうな顔をしながら腕を組んだ。


 その姿を見て、自分が同じようにお嬢様言葉を使っているところを想像してみると、確かに気持ち悪い。私は改めて「そうだよね」と納得した。


(そんな私の姿なんてナセド様は見たくないよね……)


「ともかくあんたは、普通でいい、普通で!」


 リーアさんは腕を組むのをやめ、私に指をさして強く言い放った。


「はい、わかりました」と、彼女の気迫に押されながらも私は小さく頷いた。


 しかし、リーアさんは何かを思い出したかのように、私に真面目な顔を向けた。


「でも、貴族ルールとしての、淑女の礼ぐらいはしなさい」

「淑女の礼……?」


 私が目が点になって(何それ?)という顔をすると、リーアさんは眉間に皺を寄せ、『これだから田舎者は……』と言わんばかりに大きくため息をついた。


 そして、「まったく……」と仕方なさそうな顔をしつつも、リーアさんは私のためにと、恥ずかしそうにしながら自分のワンピースの裾を両手でつまみ、軽く頭を下げた。


「こうするのよ……あぁ、自分でやるの、恥ずかしい」

「へぇ、そうするのね。でも、どうして知っているの?リーアさん」


 不思議そうな顔で尋ねる私に、リーアさんはつまんでいた両手を離し、パタパタと汚れを払うような仕草をしながら言った。


「一応、職業柄、貴族の相手をしてるからね。何人かそれをやっているところを見たことあるのよ……まぁ、今やったやつが合ってるかは自分でも、よくわかっていないけどね」

「そうなんだ」と納得した私は見様見真似でやってみた。


(えぇっと、こうかな……?)


 少しぎこちない手つきで両手で裾をつまむと、それを見たリーアさんが再び私を右手で指さし、馬鹿にしたような笑みを浮かべてお腹に左手を当てた。


「やっぱり、合わないわ。レレナ」

「なっ……」


 リーアさんに笑われた途端、私の顔はみるみる赤くなった。私は恥ずかしさのあまり、抗議するように彼女の肩を叩いた。


「笑わないでください、リーアさん!」

「ごめんごめん、あまりにも頑張るからつい笑っちゃった」


 叩かれても嫌な顔一つせず、笑顔を向けてくるリーアさんに対し、私は叩くのをやめた。

 そして、強引に表情を戻した。少し恥ずかしさが残るけれど、まぁ仕方ない。私は本題に戻そうと声をかけた。


「とにかく、だいぶ話が逸れちゃったけど、この金貨四枚でお願いしますね、リーアさん」

「おっけーよ……。じゃあ、採寸用の紐を持ってくるから、待ってなさい」 

「はーい」


 私は大きく返事をすると、リーアさんは親指と人差し指で丸を作って、満面の笑みを浮かべた。そして、仕事の準備をするため、再びカウンターの内側へ回り込み、奥の扉を開けて中へと消えていった。


 そして、一人残された私は前を向き直ると、肩にかけていたポシェットを床に下ろし、カウンターに手をついて、リーアさんが私に似合う最高のドレスを作ってくれるのを待つことにしたのだった。

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