第9話 青と黄色のドレス
リーアさんが採寸用の紐を持ってくると言ってから、早数分。カウンターの奥の扉が開いた。
「お待たせ、レレナ」
そこから出てきたのは、手に目盛のない赤い紐を持ったリーアさんだった。きっと、あれが採寸用の紐なのだろう。
そして、カウンターに手をついて待っていた私は、パッと手を離し、真っ直ぐに立った。
これから、リーアさんは私に合った服を作るためにあの紐で私の身体を測ってくれるのだ。そして、リーアさんはカウンターを抜け、私の前に立つと、合わせるように向き直った。
「さて、測るよ」
「はい、お願いします、リーアさん」
私が真顔で返事をすると、リーアさんは真面目な顔をしながら、仕事に取り掛かった。その姿は、何年もこの仕立て屋で色々な人の身体に紐を通してきた職人そのものだった。
そして彼女は少し身をかがめ、私の胸から腰のあたりまで紐を回した。
「ちょっと、くすぐったい……」
身体に触れる紐のくすぐったさに、私は思わず苦笑いを浮かべ、少し体を揺らしてしまった。すると、リーアさんは顔を上げて、真剣な表情で言った。
「こら、ドレスが似合う女の子は動かない」
「はい……」
私はリーアさんに怒られ、しゅんとなりながらも、くすぐったさを我慢して、測り終えるのを待った。
すると、紐を回していたリーアさんが、真剣な表情を崩さないまま突然、失礼なことを言い始めた。
「あんた、胸のあたり少し大きくなっていない。もしかして太った?」
「なっ……!」
いくら親友とはいえ、年頃の私に対してあまりにデリカシーに欠ける発言だった。私は思わずカッと頬を赤く染め、リーアさんに向かって強く抗議した。
「わっ、私は太ってません。ただ胸が大きいだけです!」
ーーって、自分で何を言ってるの!?
確かに自分でも少し大きいかなとは思っていたけれど……。こう、面と向かって言われると、つい意識してしまう。
ついカッとなって恥ずかしいことを口走ってしまったことに気づき、私は一気に顔を熱くさせながらも、必死に平然を装った。
「と、とにかく太ってませんからね」
そう言って、私は採寸されながらもプイッとそっぽを向いた。すると、リーアさんの口元に少し笑みが浮かび、またこんなことを言い出した。
「でも、その大きさであんたのドレス姿を見たら、ナセド殿下ももっと好きになるんじゃない?」
「な、何を言ってるんですか、リーアさん! 私はそんな不純な動機でドレスを買いに来たわけじゃあありません! 何度も言うように、お茶会に着ていく服を買いに来ただけですよ!」
「はいはい、わかったわかった」
怒った顔で抗議する私に対し、リーアさんは悪びれることなく笑顔で軽く受け流した。
そうしてやり取りをしているうちに、リーアさんの採寸作業は終わっていく。その中で、私はリーアさんの言葉を聞いて少しだけ考え込んでしまった。
(さっき、不純な気持ちはないと言ったけど……ナセド様に見せつけたい気持ちや、リリアーナ様を見返したいという二つの気持ちは、完全には否定できない。だからこそ、私は今度のお茶会で頑張らないといけない。さっきは恥ずかしいことを言っちゃったり、淑女の礼という私の知らないこともやってみたけど、それでもお茶会本番ではうまくやらないと、ナセド様を困らせてはいけないしね)
そう心の中で呟き、私はお茶会に向けての決意をさらに高めたのだった。
「よし、これで終わりよ」
採寸が終わると同時に、身をかがめていたリーアさんは立ち上がって、私の身体に回していた紐を外し、カウンターの内側へ戻っていった。そして、下から紙と筆ペンを取り出すと、空いた手でくいっと手招きをした。
「レレナ、こっちに来なさい」
「はーい、リーアさん」
そう返事をして、私はカウンターの前へと立った。彼女は私の顔を見るなり、カウンターに乗せてある紙の上でサラサラと描き出した。
描き始めてから数十分。紙の上に大体の形が現れてきた。それは私によく似た女の子がドレスを着ているかのようなデザイン画だった。まだ色は塗られていないが、見た感じ、胸元やスカートにはフリルがあしらわれている。袖口には繊細なレースのようなものが描かれており、スカートの裾から覗く膝下には、薄くガーターベルトらしきものまで見えていた。
「これ……私?」
「そう。あんたが着る、最高のドレスよ」
リーアさんは紙から目を離さず、筆を走らせたまま自信ありげにそう答えた。その言葉を聞きながら、私は膝下のガーターベルトに目をやった。
(これは、素敵なドレスかもしれないわね。でも、これ少し恥ずかしすぎない?まぁ、ここはドレスで隠れるからいいけどね。でも、どうやってこのドレスを着るんだろう)
そのデザイン画を見て、私は少し戸惑ってしまった。何故なら、私は普段、仕事着や今着ているワンピース、あとは故郷から持ってきた服くらいしか持っていないからだ。こんな本格的なドレスや、ガーターベルトなんていうよくわからないものを着るのは、生まれて初めてのことなのだから。
「あのう、リーアさん」
「ちょっと、話しかけないでっ。あともう少しで描き終わるから待ってて」
ドレスをどうやって着るのかとか、それに恥ずかしくないのか。戸惑いながら聞こうとした私だったが、仕上げに入ったのか、紙に集中しているリーアさんが、筆ペンを持っていない方の手で、私にピシッと『待った』の合図を向けてきた。
そのため、私は「はぁ」と小さくため息をつきながらも、ドレスについて色々と聞きたい気持ちを抑えて、リーアさんが描き終わるまで大人しく待つことにした。
さらに時間が流れ、ついにリーアさんが筆を止めると、サラサラという音が消えた。そして彼女は、その筆ペンを紙の横へと置いた。そのデザイン画が完成したようだ。
「よし、ざっとこんな感じだわ」
「こんな感じ……?」
私は差し出された紙をゆっくり覗き込んだ。そこには、色こそついていないものの、見事なまでに綺麗なドレスの絵が描かれていた。彼女の顔を見上げ、服を作るだけでなく絵まで上手なんだなと、私は心の中で感心してしまった。
「このドレスなら、他の貴族やあのリリアーナ様にも負けないわ」
「負けない、か……。でも、さっき言おうとしたけど、このドレスの中の……これは、恥ずかしくない?」
恥ずかしい気持ちを抑えながら、問いかける私に、リーアさんは自信ありげな表情を浮かべ、まったく気にした様子もない平然とした顔を向けた。
「いや、恥ずかしくはないわ。あんたにはこれがお似合いよ」
「お似合い、ですか……」
本当にそうなのかと一瞬疑ってしまいそうになったが、リーアさんが自信満々に言うのだから、きっとそうなんだろうと考え直した。
「そうよ、私が考えたあんたの身体に合った最高のドレスなんだから」
「なるほど、これが最高のドレスか……」
(なら、いいか。リーアさんが考えた最高のドレスだと言うなら、これでいいわ。少し恥ずかしいけど、ナセド様やリリアーナ様に見せるなら、これくらいでいいはずだわ。さっき、決意を固めた以上はね)
私はそう自分を納得させて、恥ずかしさを気にしないことにした。しかし、まだ一つだけ疑問が残っていた。
ドレスなんて一度も着たことがない私は、この複雑な服をどうやって着ればいいのか、まったくわかっていなかったのだ。
「ねぇ、リーアさん。これが最高のドレスなのはわかるけど……そもそもこれ、どうやって着るんですか?」
私の質問に対して、リーアさんはふと思い出したような顔をして、少しからかうような薄い笑みを向けてきた。
「そっか。よく考えたら、レレナはドレスなんて着たことないんだから、着方なんてわかるわけないわよね」
そのド正論に、私は少しからかわれた気がして『むっ』としつつも、「うん、そうですね」と素直に頷いた。
「なら、ドレスが完成した日に、私が直接着方を教えてあげるわ」
「ほっ、本当ですか、リーアさん?」
「えぇ、本当よ」
「よかったぁ……」
直接教えてくれると聞いて、私は喜んでホッと胸を撫で下ろした。服の着方の面倒までみてくれるのだから、本当に頼りになる親友だわ。
そう安心していると、リーアさんは再びデザイン画に視線を向けた。
「さて、形はこれでよしとして……あと、一番重要な『色』については、最初から決めているわ」
「最初から?」
どうやら、私の親友は最初からドレスの色を決めていたらしい。一体いつから決めていたのだろうと、私が不思議そうな顔をすると、リーアさんはこう返した。
「えぇ、あんたから頼まれて、デザイン画を描き始めた時からよ」
そう言うと、リーアさんはカウンターに置かれたデザイン画をトントンと指先で叩いた。
「お茶会に行くなら、やっぱり相手の目を引くのが一番よ。だから考えたの。あんたに似合うのは、ナセド殿下の青い瞳と金髪に合わせた色だって。それに、レレナの瞳の色も黄色だしね。だから、その通りに青と黄色のドレスで仕上げるからね」
リーアさんは得意げな声をあげて、自信満々に私へ視線を向けた。
(ナセド様と同じ色のドレス……。まるで、彼と繋がっているような気がする。私の瞳の『黄色』……そっか、リーアさんはそこまでわかってくれていたんだわ。なんだか、すごく嬉しい)
その言葉を聞いた私は、嬉しさに頬を熱くしながら、喜びの笑みを浮かべ、彼女にお礼を言った。
「ありがとう、リーアさん」
「いいってことよ。……でも、あんた、さっき聞いてなかったけど、お茶会の日はいつなの?」
「えぇっと、お茶会は四日後です」
桃色の髪を指先でいじりながらそう答えると、リーアさんは目を細めて、「はぁ」と大きなため息をついた。まるで無理難題を押し付けられたかのように、少し困ったような顔をしていた。
「四日後……。なら、実質三日で作らないといけないじゃない」
「ごめんなさい、リーアさん」
お茶会までの期間が短いことに、私は思わずリーアさんに頭を下げた。すると彼女は仕方なさそうな顔を浮かべつつも、余裕の笑みは崩さなかった。
「はぁ、謝らなくていいわ。あんたは仕事もあったから、来る暇がなかったんでしょ」
「はい」
そうだ、ちゃんとした服が必要だと気づいたのは昨日の朝だし、リーアさんにそう正論を言われるのも無理はなかった。
「けど、私に任せなさい。この最高のドレスを三日以内で終わらせてあげるわ。職人の腕でね」
そう意気込む彼女の姿と、その狐色の瞳には、職人としての仕事魂が宿っているような気がした。
私は頼もしい彼女に向かって満面の笑みを浮かべ、もう一度お礼を言いつつ、親友として気遣う言葉をかけた。
「本当にありがとう、リーアさん。でも無理はしないでね」
「えぇ、わかっているわ。レレナ」
そして、私はカウンターの前で床に置いていたポシェットを手に取って肩にかけると、店の出口へと歩き出した。すると、リーアさんもカウンターを抜け、見送りに来てくれた。
「じゃあ、リーアさん。三日後に取りにくるわね」
「えぇ、任せて、レレナ」
私は仕立て屋を後にし、リーアさんは残り半日の自分の仕事へと戻っていった。
お茶会に着ていく服がどんなふうに仕上がり、三日後に着た時どんな自分になれるのかなという楽しみな気持ちと、親友が私のために作ってくれる嬉しさ。その二つの感情から自然と笑みを浮かべながら、私は宿へと帰るのだった。




