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「平民は愛されない」はずなのに、雲の上の第一王子様から溺愛されています!?  作者: 東明時裕夜


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第7話 リーアの仕立て屋

 王女がお店に乗り込んでくるという大騒動から一夜明け。今日も今日とて、ベッドから起き上がるところから、私の一日は始まる。


 しかし、今日はいつもの仕事に行く日ではない。今度のお茶会に着ていく服を買いに行くのだ。イフェドさんに両替してもらった金貨三枚と、昨日ナットさんからお詫びとして頂いた金貨一枚。合わせて四枚の金貨を握りしめて……。


 まずは、いつものようにもこもこのピンク色の寝巻きのすそに手をかけ、ゆっくりと頭から脱ぎ去った。


 今日もひんやりとした部屋の空気に触れるけれど、まぁそんなことは気にすることないわ。


 そして、脱いだ寝巻きをベッドの上に置いて、部屋のクローゼットへと向かった。


 その戸を開くと、仕事着とは違うお出かけ用の茶色のワンピースと、目新しくもない茶色のフレアスカートがある。だが、フレアスカートに合う上着は買っていない。仕事用に羽織る服ならあるけれど、それはあくまで念のために持っているだけだ。


 私は迷うことなくクローゼットから、ワンピースだけを取り出した。

 パッとしないお出かけ用の服だが、誰も見るわけでもないし、私にとっては問題ないわ。


 まぁ、ナセド様に見られたら恥ずかしいけど……。


 そんな自分の格好を見られたナセド様の反応を想像してしまい、私は少しだけ頬を赤く染めた。


(いやいや、何を想像しているの、私。ともかく、そんな事よりも!)


 ブンブンと首を振り、私は気を取り直して、いつもの調子へと戻ると、そのお出かけ用の服に着替えた。


 それから、部屋のベッドへと戻り、脇にあるランプが置かれたテーブルの下から、金貨四枚が入ったポシェットを手に取った。


 それを自身の右肩にかけると、部屋の扉の前へと向かい、カチャリと音を立てて開けた。

 そのまま廊下を真っ直ぐ歩き出し、一階の食堂へと続く階段を降りていった。


 食堂へ着くと、いつものように天井のランプが室内を明るく照らしていた。当然、顔馴染みの宿の客も食堂の端に座って朝食を取っていた。


(まず、リーアさんの所へ行く前に食事よね)


 朝はしっかり取らないといけないわ。でないと、倒れてしまう。そう思う私は、いつもの左端のテーブルへ足を運び、ゆっくりと椅子に座った。


 イフェドさんの奥さんが朝食を作って、その夫が運んできてくれるのを待つことにした。


 それから数分後、イフェドさんが「お待たせ」と言わんばかりに、いつもの朝食を運んできて、テーブルの上に置いた。


 そして、「じゃあね、レレナちゃん」とイフェドさんは微笑みかけたので、私も微笑み返した。その後、彼はそのまま奥の厨房へと戻っていった。


 それから数十分後、食事を終えた私は、「ごちそうさまでした」と静かに呟き、椅子から立ち上がった。


 テーブルの上の空になった食器はそのままにしておく。いつものように、後でイフェドさんが片付けてくれるからだ。


 私は、そのまま宿の出口へと向かい、ガチャリと扉を開けて、外へ足を踏み出した。


「うわぁ、今日もいい天気だわ」


 外はすっかり明るくなっており、風がとても気持ちいい。まさにお茶会の服を買いに向かう私にとっては、いいお出かけ日和だわ。


(早いとこ、リーアさんの仕立て屋へと行かなくちゃ……)


 そう決意を固めて、宿から三十分ほどかかる、リーアさんの仕立て屋のある南側へと向かった。

 私は、ひたすら城下町を歩く。


(きつい?そんな事ないわ。いつも宿からレストランへと歩いているもの。これぐらい、馬車を使うまでもないわ)


 キツさなんてまったく感じなかった私はただひたすら前へと進んだ。そして、三十分ほど歩いたところで、ようやくリーアさんの仕立て屋に辿り着いた。


 そこは、私の背丈ほどある大きなガラス窓を備えた、一階建てで横に長い煉瓦造りの建物だった。窓越しに、天井の油ランプに照らされた店内の様子がよく見える。


 しかし、店内にはリーアさんの姿はおろか、他の客も見当たらない。それもそうか、リーアさんの仕立て屋は午前中は客が少なく、来ても二、三人程度だけど、今は誰もいないのね。


(でも、リーアさんもいないな……)


 多分、奥の方にいるのだろう。店の入り口は、その窓の左側にあった。


「さて、行きましょう」


 私は息を整えると、入り口の茶色の扉のドアノブを握り、ガチャリと扉を開けた。

 外から窓越しに見た時は分からなかったけれど、店内はとても広く、左右には木製のトルソーに着せられたドレスやワンピースなどが並んでいる。


 店の中へと進むと、中央のカウンターには誰もいなかった。奥に扉は見えるが……。


「あれ?リーアさんがいない?」


 きっと、カウンターの奥の部屋で休憩をとっているのだろう。


 そう考えた私は、「少し、服でも見ながら待とうかしら」と呟き、トルソーに飾られたドレスやワンピースを眺めることにした。


 どれもこれも色とりどりの綺麗な衣装が並んでいて、私にはもったいないくらいだ。


「でも、綺麗……」


 衣装の下にある鉱石で出来たプレートをよく見ると、ありえない金額が書かれていた。


「金貨五枚……」


 私の手持ちは金貨四枚だ。あと一枚足りないわ。でも、待って。他のも見てみよう。金貨四枚で買える衣装が、きっとあるはずよ。


 そう考えた私は、次々と衣装の下にある鉱石のプレートを見ながら、手頃な一着を探した。

 しかし、結果は同じ。どれを見ても金貨五枚や七枚ばかりであり、金貨四枚と書かれた衣装などない。


「ない……」


 私は、言葉を失うほどの絶望に襲われた。それも無理はなかった。私自身、着る衣装なんて金貨三枚くらいで買えると思っていたからだ。


「どうしよう……」と私が顔を曇らせ、絶望している中、カウンターの奥の扉がゆっくりと開いた。


「……あれ、レレナじゃないの?」


 私はその声に気づき、振り返った。肩から胸元までかかる青い長髪に、狐色の瞳。白と青の花柄のワンピースを着た彼女の名は、リーア・キャンベル。私の親友で、色々なことを教えてくれた人であり、二十歳ながらこの仕立て屋を一人で切り盛りしている店主だ。彼女の両親は街から街へと渡り歩く商人で、この国に帰ってくるのは、一年に一回きり。だからリーアさんは若くして一人で店を守っている。


「どうしたの?レレナ、この世の終わりを見たような顔して……」

「リーアさん」


 私は、カウンターの奥にいる不思議そうな表情を浮かべるリーアさんの元へ駆け寄り、縋る思いで泣きついた。


「実は……」

「何々……?」


 私は、お茶会に誘われたことをかいつまんで話をした。


「なんですって!?レレナ、あの女性には全く興味ないっていう噂の王子様が、あんたを王城のお茶会に誘ったんですって?」


 リーアさんは絶句した。噂は少し外れたけれど、ナセド様は私にだけ優しい笑みを向けてくれたのだ。


 でも、リーアさんが言葉を失うのも無理はない。

 だって、平民の私がナセド様に誘われたのだもの、驚くのも仕方ないわよね。


「騙されているんじゃないの?あんた」


 リーアさんが疑わしげに目を細めて言うので、私は真面目な顔で首を横に振り、すぐに否定した。


「いいえ、騙されていません。ナセド様ははっきりこう言ってくれました、『君が可愛いから、一緒にお茶会をしたいだけだ』と」

「はぁ、殿下のことを様づけで呼んでいるの。レレナ、それに君が可愛いって……」


 私の話を聞いたリーアさんはさらに呆れたように目を丸くした。私は桃色の髪の毛を指先でいじりながら、頬を赤く染めて「はい」と静かに答えた。


 すると、リーアさんは私の顔をじっと見つめた。やがて、何かを悟ったのか、ニヤニヤと笑みを浮かべた。


「なんですか?リーアさん」


 私の顔を覗き込んでくるリーアさんに、私は困惑した表情で尋ねるが、彼女は微笑みを崩さない。


(そんなに面白いの?)と私が疑問に感じていると、リーアさんはニヤついた顔を向けて、大きく口を開いた。


「いや、別に……。しかし、王都に来た頃は路地裏で暮らしていて、今はやっと宿に落ち着いてレストランで働いている……そんなあんたが、王子様に気に入られるなんてね。どういう風の吹き回しかしら……」


 過去の痛いところを掘り返すような言い方をするリーアさんに、私は少しむっとした表情を浮かべた。


「いいじゃないですか、昔のことは……」

「それで、その王子様との出会いはどこなの?どうしてお茶会なんて話になったわけ?」


 昔のことを思い出して私が抗議すると、リーアさんはそれを軽く流して、ナセド様との出会いを聞き出そうと、カウンター越しに少し身を乗り出して詰め寄ってきた。


「そんなに焦らないでください。ちゃんと話しますから……」


 そして、お客さんがいない中、真面目な私はナセド様と出会ったあの日の事を語り出した。


 それから数分後。身を乗り出していた姿勢を戻し、リーアさんはふむふむと鼻を鳴らして腕を組み、うっとりした表情を浮かべた。


「つまり、その中年客に淫らな事をされそうになり、逆上した男にグラスで殴られそうになったところを、ナセド殿下に救われた。そういうことね」

「淫らなことって……そんなこと言ってないわ」


 事実を少し大袈裟にいじられた私は、また頬を赤く染めたが、いつもの調子に戻って首を横に振り、否定した。


「それから、ナセド殿下があなたに会いに毎日、やってきたと……」

「いや、まぁ」


 私はまんざらでもない表情を浮かべて、また照れ隠しのように桃色の髪をいじり出した。再びあの日、私のことを『レレナ』と名前で呼んでくれたことを思い出したのだ。


『ねぇ、君の名は?』

『レレナ』

『レレナか……いい名だ』


 あの時、私は嬉しかった。あんな風に『いい名だ』と言われて、少し照れてしまったけれど、今となってはいい思い出だ。そして、今もナセド様に呼ばれる日が続いている。


 そんな浮ついた表情をしている私を見て、リーアさんがしたり顔で目を細めた。


「あんた、モテてるわね。やっぱり、私が思った通り、可愛いじゃない。王子様にモテるんだからさ」 

「可愛いだなんて……そんな」 


 リーアさんが薄い笑みを浮かべて『可愛い』と言うので、私はまた頬を赤く染め、両手で顔を覆った。


(あれ?前にも、同じこと言ったような、何だっけ?)


 でも、何度考えても、私自身は可愛くないと思う。

 まぁ、昨日、リリアーナ様に会った時も『ちっとも可愛くない』と暴言を吐かれたし、あんな風に言われると、「やっぱりそうなのかな」と自分自身を疑いたくなってしまう。


(いやいや、考えるのはやめよう。でも……ナセド様に『可愛い』と言われたら、やっぱりすごく嬉しいけどね。さっきリーアさんが言ってくれた言葉も、素直には受け取れないし、きっとお世辞だろう。今はそういうことにしておこう……あっ、そうだ。忘れるところだった。あれも話さなきゃ)


 火照ったまま、私は昨日のことを思い出し、ハッと我に返って表情を戻し、リーアさんに昨日、王女であるリリアーナ様がお店に乗り込んできたことを語ることにした。


「あっ、そうそう。それとね、昨日、王女様まで私が働くレストランにやってきたの」

「なんですって!?王子様の次は、あのわがまま王女と噂されているリリアーナ様が、あんたのレストランに来たんですって?」


 私の話を聞いたリーアさんは、少し険しい表情を浮かべて言うので、私はうんうんと真面目な顔で頷いた。


「でも、わがまま王女……?」


 そんな噂、知らなかった。ナセド様の噂は耳にしていたけれど……。そう不思議な顔で聞き返す私に、リーアさんが眉をひそめて言った。


「そうよ、あんたは知らないと思うけど、この王都では有名なのよ。物の質が悪いと文句をつけたり、ひどい時には、ひと目見ただけで、何も買わずに帰っていったり……。それに、お付きの人がいつも疲れたような顔をしていると聞くわ」

(へぇ、そんな噂があったんだ。でも、お付きの人がいつも疲れているか……。そういえば、あの従者さん、少し疲れた顔をしていたっけ。でも、品が悪いと文句をつけて何も見ないで買わないなんて……昨日のリリアーナ様はそう言う風に見えなかったけどね)


 王女の噂をポカーンと聞いていた私に、リーアさんは眉をひそめたまま組んでいた腕を下ろし、カウンターの上に両肘をついて顎に両手を乗せた。


「まぁ、それはそれとして、どうして王女様があんたのレストランに殴り込んで来たわけ?」

「殴り込みなんて大袈裟な……」


 その『殴り込み』という大袈裟な言い方に、私は困惑した表情を浮かべた。


「そりゃ、あんたが働いている途中でやってきたんでしょ。もう殴り込みよ。殴り込み」

「いや違うよ。っていうか、なんで二回言ったの?」

「なんとなくよ、なんとなく」

「なんとなく、か……って、そうじゃなくて。リリアーナ様は殴り込みに来たわけじゃないの」

「じゃあ、何をしに?」


 鋭い視線を向けてくるリーアさんに、私は一度首を横に振ってから、ちゃんと説明をした。


「多分、私に会いに来たんだと思うの」

「あんたに会いにね、宣戦布告か何かな?」

「だから、違いますよ」


 私は困惑した表情を浮かべたまま「いいえ」と否定すると、リーアさんは表情を緩め、にこやかに笑った。


「なんだ、違うのか」

「はい、というか、なんでそんな面白そうな顔をしているんですか?」

「いや、別に……」


 リーアさんは片目を閉じてはぐらかすと、私をまっすぐ見据えた。


「それで、何か言われたの?」

「えぇっと……ですね」


 私はモジモジしながら、昨日リリアーナ様に、『可愛くない』と暴言を吐かれたことを、正直に打ち明けた。


「扇子を突きつけて、『可愛くない』と暴言を吐かれたんですって?」

「はい、そうですけど……」


 リーアさんは眉間に皺を寄せ、顎に当てていた片手を離すと、少し怒ったような顔で私に告げた。


「その王女様、失礼すぎるね! まぁ、あんたは可愛い。それは私がよく知ってる。それを『可愛くない』なんて……一度しめてやろうか」

「しめるって……相手は王女様ですよ!」


 リーアさんのとんでもない発言を、私が慌てて止めようと声を上げると、彼女は再び薄い笑みを浮かべて言った。


「嘘よ、冗談」

「なっ……何だ、嘘か」


 私はほっと胸を撫で下ろした。


(でも、心臓に悪すぎるわ。あんなふうに強気で言ってくれるのは、彼女なりの優しさだし、親友としては嬉しいけどね)


 私が思わず笑みを浮かべていると、リーアさんが不思議そうな顔で呟いた。


「それで、あんたに可愛くないと暴言を吐いた王女様はどうしたの?」

「ちゃんと謝ってくれたわ」

「えぇ!?あのリリアーナ様が……」


 リリアーナ様が謝罪したと聞いて、リーアさんは目を丸くし、顎からパッと手を離して驚きを隠せない様子だった。


(まぁ、そんな顔になるよね。あの時は従者のナットさんが間に入ってくれたおかげもあるけど……。でも、リリアーナ様にも素直なところもあって、ちゃんと謝ってくれた。最後は、私のことを名前で呼んでくれたし)


 再び顎に手を乗せたリーアさんは、驚くのをやめ、涼しい顔でふーんと相槌を打ちながら納得した様子だった。


「へぇ、そんな珍しいこともあるんだね」

「まぁね。あと、リリアーナ様の従者の方から謝罪として、金貨一枚をいただいたの。最初は断ろうとしたんだけど……」

「……なるほど、金貨一枚をね。つまりその従者は、噂通りの苦労人かしら」


 鋭い指摘をするリーアさんに、私は苦笑しながら「そうですけど、少し失礼じゃありませんか?」とたしなめると、リーアさんは真顔で取り繕いつつも、口元には、少し笑みが見えていた。


「まぁ、失礼かもね。でも、レレナ、そんなに素直に謝るリリアーナ様や、優しい従者にお金までもらったんでしょ。少しは得したんじゃない?」

「多分、そうかもしれない。……あれ?」

(今、リーアさん、さりげなく『素直に謝るリリアーナ様』って言わなかった? つまりリーアさんも、私の話を聞いて同じことを思ったのかな?)

「それで、金貨をもらってあんたは許したの?」


「はい、許しました。まぁ、あまりたいしたことはなかったですし」

(まぁ、本当は嘘だけど。これ以上何か話すと、リーアさんが心配するし……)


 そう心の中で呟きながら、私は涼しい顔を作ってリーアさんに少しだけ嘘をついた。

 すると、リーアさんが突然ムッとして、納得がいかないといった表情を浮かべた。それは、大切な親友がバカにされたままで黙っていられない、と怒ってくれている顔だった。


「はぁ、レレナ。金貨をもらって得をしたのも、王女様が謝ったのもいいけどさ。そうやって何でもあっさり水に流して……まぁ、あんたがお人好しなのはわかるけど。それでも、あんた自身は本当にそれでいいの?」

「うーん、自分のことを可愛いとはこれっぽっちも思ってないんだけど……。でも、やっぱりちょっとだけ、見返してやりたいなって気持ちはあるかな」


 自分は可愛くないと認めながらも、それでも見返したいという私の矛盾した言葉に、リーアさんは微妙な顔をして首を傾げた。


「これっぽっちも可愛くなくて、ちょっとだけ見返したい、か。少し矛盾してるけど、あんたらしさがあるね」

「まぁね」


 私は少し褒められたような気がして、ふふんと得意げに顎に手を当てた。すると、リーアさんは緩めかけた表情を崩し、すぐにむっとして言った。


「褒めてないわよ。まぁ、とりあえずあんたにそういう気持ちがあるってことは理解したわ」


 そう呟き、リーアさんは私の言うことに納得の表情を浮かべた。

 そうして、私がナセド様やリリアーナ様のことを話しているうちに、賑やかに時間は流れていった 。

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