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第1-2話『妄想依存症少女の青春』

「宮前夢路さん、どうか僕と付き合ってほしい」


 ……のはずだったのだが、どうやら奇妙奇天烈荒唐無稽摩訶不思議なイベントが、今まさに我が身に発生しているらしい。

 まずは、私がいかなる状況に置かれているのかを整理しよう。そうすれば、現在進行形で発生しているこのイベントが、いかなる類のものなのかも少しは見えてくるはずだ。

 場所は私立霞ケ浦高校二年B組の教室。時刻は放課後。教室の中にいるのは、私と、目の前に立つクラスメイトの男子生徒の二人きりである。窓から差し込む茜色の夕日が教室の半分を赤く染め、机や椅子の影を長く床へと引き伸ばしている。

 その茜色の光の中で、彼は顔を上気させ、気恥ずかしそうに視線をさまよわせながらも、それでも真剣なまなざしでこちらを見つめていた。

 二人きりの空間は静寂に包まれている。

 廊下の向こうからは放課後特有の喧噪が聞こえてくるというのに、この教室の中だけが現実から切り離され、どこか別世界にでも迷い込んでしまったかのようだった。

 そんな空気に呑まれ、落ち着かない視線を行き場を探すようにさまよわせていると、目の前の男子生徒の声が、否応なく私の意識を現実へと引き戻した。


「宮前さん。こんなこと急に言われても困るかもしれないけど……僕はずっと前から、君のことが好きだったんだ」


 オーケー。そろそろ現実逃避を打ち切って、真面目に状況を分析しようじゃないか。

 さて、この状況を一言で表すなら、いったい何と呼ぶべきなのだろうか。

 さすがに私も、これが青春漫画で見飽きるほど擦られてきた告白イベントそのものではない、とは言わない。

 だがしかし、目の前の男子生徒の精神状態が正常である保証は、残念ながらどこにもない。

 要するに、何らかのデバフでも食らって錯乱状態に陥り、告白対象を誤認している可能性は十分にある、ということだ。

 そして、今ようやく正常稼働を始めた私の頭脳が導き出した結論はひとつ。

 最もありそうなのは、この告白自体が男子どもの行う質の悪い罰ゲームだという線である。でなければ、これは私の妄想以外の何ものでもない。

 そうでもなければ、こんな私が、誰もが一度は夢想する告白イベントの当事者になるなど、どう考えてもありえない。

 というわけで、私はこの三つの可能性のうち、最も手っ取り早く正否を確かめられる方法を試してみることにした。


「み、宮前さん!?」


乾いた音が教室の静寂を打ち破る。次の瞬間、両頬に走った容赦ない痛みが、目の前に広がるこの光景が妄想でも夢でも、非現実的な空想の類でもないことを証明してくれた。


「……痛い……」 

「と、突然どうしたの? 大丈夫かい?」


 当然ながら、自分で自分の頬を思いきり叩いたものだから、目の前の男子生徒は何事かと目を見開き、心配そうにこちらを見ている。

 その視線がジンジンと痛む私の頬を心配してのものなのか、それとも私の頭のほうを心配してのものなのかは実に気になるところだが、今はそれどころではない。

 この痛みが、今起きている出来事が現実だと証明するものだとするならば、残る可能性はあと二つということになる。

 頭がおかしくなったか。罰ゲームか。

 ……本気の可能性? そんなもの紙くず同然にくしゃくしゃに握りつぶして、ゴミ箱に直球ストライクをかましてやる。

 そんなもん私に起きるわけがないだろうが。

 そんな奇跡が起こるくらいなら、明日の朝に太陽が西から昇って、霞ヶ浦にネッシーがいると本気で信じた方がまだマシというものだ。

 私は改めて、目の前に立ち尽くし、不安そうにこちらを見つめてくる男子生徒を見定めるべく、まっすぐ視線を向けた。


「……えっと、あの……その……」


 私のまなざしに彼は困惑しているようだったが、この際、彼の心情はいったん脇に置いて話を進めることにする。

 この目の前にいる男子生徒の名前は、佐久間清一朗。

 彼をひと言で表すなら、少女漫画に登場するテンプレ的な学園のアイドル系イケメン優等生である。彼は入学当初から、学内でも学年を問わず注目を集める生徒だった。いわばスターである。

 顔立ちは、テレビに出ているアイドルですら霞んで見えるほど整っていて、長身は百八十四センチ。すらりと伸びた手足に、無駄なく引き締まった体つきまで備えているのだから隙がない。入学した当初から、学年を問わず女子たちの視線と歓声を一身に集めていたのも当然といえば当然だった。

 成績は常に学年でもトップクラス。全国模試でも上位百位以内に入ることがあるらしい。しかも、ただ成績がいいだけではない。爽やかで人当たりのいい好青年であり、あの柔らかな笑みを向けられて平静でいられる女子など、老若を問わずまず存在しないだろう。

 真面目で何事にも一生懸命だから教師からの信頼も厚く、まさに絵に描いたような優等生である。

 運動神経も抜群だ。高校では部活動に所属していないらしいが、中学時代はそれなりに名の知れたサッカー選手だったという。なるほどその噂に違わずスポーツ万能で、体育の授業ともなれば、どこからともなく彼のファンである女子たちの黄色い声援が飛んでくる。

 そんなふうに何もかも恵まれていながら、それでいて鼻にかけるところがまるでない。気さくで社交的な人柄もあって、女子だけでなく男子からの人気も高い。別に変な意味ではなく、純粋に「女子にもてていて羨ましいし、正直ちょっと腹も立つが、それでもいい奴」として好かれているのだ。

 イケメンで、頭もよく、運動神経も抜群で、そのうえ人望まである。まるで少女漫画に登場する王子様そのものではないか。

 つまるところ、佐久間晴一朗という男子生徒は、欠点らしい欠点の見当たらない完璧な美少年なのである。

 そんな人間が実際に存在するはずがない、と言いたくなる気持ちは私にもよくわかる。だが、否定したところで目の前から消えてくれるわけでもない。こうして実在してしまっている以上、受け入れるほかないのである。認めたくはないが、現実とはそういうものだ。否定したところで虚しいだけである。

 さて、本題に立ち返るとしよう。

 そんな学園のアイドルである佐久間清一朗が、どうやら私のことを好きだというらしい。しかもこうして、目の前で告白までしている。

 ここで必要な情報を付け足しておくが、私と彼は去年からのクラスメイトではあるものの、それ以上でもそれ以下でもない関係である。これといって、お互いの親交が深まるようなイベントを経てきた覚えもない。

 去年一年間を同じ教室で過ごしてはきたが、私と彼との間にあった出来事といえば、社交性の高い彼から挨拶がてら短く話しかけられたことが、片手で数えられる程度にあったくらいだ。一年を通して彼と交わした会話の総時間など、せいぜいカップラーメンが出来上がるまでの三分にも満たないはずである。これがギャルゲーなら、私と彼との親愛度は初期値どころか、まだ共通ルートの序盤にも入っていない。とてもではないが、放課後の教室で二人きりになった末に告白されるほどの接点など、思い当たるものはひとつもない。

 となれば、やはり考えられることは二つに絞られる。そして、ここで私が取るべき行動と言動もまた、二択しかない。

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