20.念願のデート
それから私は比較的落ち着いてカイトを待つことができた。相変わらずランニングと乗馬は続けているが、宣言した通りほどほどだ。ご飯も食べているし、あれからずっと寝室に戻って眠っている。カイトの良い匂いを嗅ぎながら横になると、自然と落ち着いてきてぐっすり寝られるのだ。
(私ってばちょっと変態?)
夫婦なんだから許されるはず。それに誰にも言わなければバレないだろう。
そしてシャーロットさんと会ってから少しして、とうとう転機が訪れた。その朗報を携えてきたのはエリスさんだった。
「カイトから手紙を預かって来ましたよ」
「本当ですか!?」
私が半ばひったくるようにエリスさんから手紙を奪ったので苦笑されてしまった。
「落ち着いてください。手紙は逃げませんから」
「そうですけど、落ち着いてなんかいられませんよ」
私はそう言いながらすぐさま封を切って便箋に目を通した。そこには慇懃な謝罪と合わせて、どこか一緒に行かないかとデートのお誘いが記されていた。
「エ、エリスさん!」
「なんて書いてあったんですか?」
「デート!次のお休みの日にカイトとデート!」
「それは良かったですね」
興奮しすぎて変な言葉になってしまったが、エリスさんは優しく微笑むばかりでさして気にしていない。
「返事を書いて出します」
「すぐに書けるなら今から僕が持っていきましょうか?」
実はカイトの実家は王城敷地内にあるので、意外と目と鼻の先だったりする。というのも各兵団の団長が緊急時にすぐに集まれるようにするためである。エリスさん的にはちょっとそこまでお使いの気分なのだろう。ちなみに近衛兵の社員寮も同じ理由で王城敷地内に併設されており、王城はかなり広い敷地を有している。
「いえ、ゆっくり書いて明日侍女に持って行かせます。ありがとう、エリスさん」
「いえいえ、アリサさんの元気ないと伺っていたので安心しました」
「ご心配をおかけしてすみません。もう大丈夫ですから」
「ええ、この大丈夫は本当の大丈夫ですね」
「え?」
「ギルの時は空元気だったでしょう?」
取り繕ったつもりなのだが、付き合いの長い皆は私の空元気などお見通しらしい。
「ギルバートさんも心配してました?」
「皆心配していますよ」
「ごめんなさい。本当にもう大丈夫だと伝えてください。それからカイトの記憶が戻ったらまた皆でご飯食べましょう。奮発します」
「快気祝いですか、それは良いですね、楽しみだ」
「はい、いつになるか分かりませんけど」
「きっともうすぐですよ」
エリスさんの励ましの言葉に私は力強く頷いた。色んな人に支えられているのだと思うと、落ち込んでもいられない。
エリスさんが帰ってから私はカイトへの手紙を考え始めた。
(カイトへ手紙を書くなんてあの時以来?)
最後の戦いに望んだ際、私はカイトに手紙を書いて遺しておいた。まぁあれは手紙というよりも遺書に近かったし、結局読まれずに破棄したから本当の手紙のやり取りはこれが初めてだ。
(夫婦になってもまだまだ初めてのことがあるのねぇ)
何だか恋人未満の甘酸っぱい気持ちが蘇る。あの頃は辛く苦しいと思っていたけれど、何だかんだきちんと恋をしていて、カイトの言行に一喜一憂していたなと思う。
私はくすぐったい気持ちになりながら何を書こうか真剣に悩み、ゆっくりじっくり時間を使いながら手紙を仕上げた。カイトのことしか考えていないその時間は、とても幸せな時間だった。
翌日手紙を出して、私はすぐにデートコースを考えることにした。ちなみにこういうことは大抵いつもカイトがやってくれる。今回の手紙にも「医者からなるべく思い出の場所に行った方が良いと言われたから候補地を教えてほしい」と書かれていたが、それなら私がコースを決めて予約までした方が手っ取り早いと思ったのだ。それに春は近衛兵の仕事が忙しいので猶更だった。
(あと10日か…)
デート日は春の月終わりの1日前だった。私はお正月を待ち遠しく数える子供のようにデート日を今か今かと待ちわびていた。
私が手紙を出した次の日、何とまたカイトから手紙が届いた。何かと思って急いで開けてみるとお礼が書かれてあった。
『本来は俺がすべきことなのに代わりにやってもらってすまない、ありがとう。予約は全て俺の名前で予約しておいて構わないから。あと行く場所が決まったら教えてほしい』
そしてもう1つ。
『それから、俺は君のことを「アリサ」と呼んでも良いだろうか?』
(あーもう、くすぐったいなぁ)
距離感が掴めず困っているのだろうが、恋人未満のような会話が焦れったくもあり、こそばゆくもある。
私はすぐに返事を書いた。
『どういたしまして。諸々決まったらまた共有します。それから、あなたは1度も私のことを「アリサさん」なんて呼んだことはないし、私も「カイトさん」と呼びかけたことはないわ。だから「アリサ」と呼んで。私も「カイト」と呼ぶから』
(高校生じゃないんだから)
気恥ずかしいと思った。だけど愛おしくもある。
その後もデートの日までダラダラと他愛のない手紙のやり取りをした。短い文章でも忙しい彼にしては大変だろうに、手紙は毎日来た。彼との文通はとても新鮮だった。どうしたって彼からの手紙が待ち遠しくてソワソワしてしまうし、カイトのことを考えながら書く返事は楽しい。手紙を書いている時もそうでない時も、頭はもうカイトのことばかりだ。前まではそれが辛かったのに、今はとても楽しい。
(私はまたカイトに恋をしているんだわ)
忘れられていることに対してもっと悲しい気持ちになるかと思ったがそんなことはなかった。彼が一生懸命思い出そうとしてくれているのが伝わってくるからだろうか。それよりも何だかカイトと出会い直しているような不思議な気分を味わっていた。
そしてデート当日。
「ねぇ、リリアンさん。気合入れすぎました?」
「大丈夫ですよ、とてもよくお似合いです」
私が選んだのは少し前にカイトに見せた薄オレンジ色のワンピースドレスだった。春らしい軽さのミモレ丈と花柄の刺繍で、袖がパフスリーブ。前から見たら可愛らしいが、後ろは広く開いた背中にリボンがかかっていて大人っぽい色っぽさがあるのが気に入っている。髪もいつものごとくリリアンさんによって丁寧にまとめてもらった。リボンまで編み込んでもらっていてとても華やかだ。ただ黒髪は身バレするので、帽子を被る必要があった。髪を編み込むのもそのためである。
「本当これで帽子被るの勿体ないです」
「帽子を脱ぐタイミングで綺麗に見えればそれで良いんですよ。それよりも今日もそのペンダントでよろしいので?」
「はい」
胸元には1番最初にカイトからもらった白い魔法石のペンダント。白い魔法石は闇属性の攻撃を軽減する効果がある。戦いが無くなった今、その効果は不要になったものの、私は事あるごとにこのペンダントをつけている。お気に入りなのだ。ついでに言うと今日はシャーロットさんから頂いた真珠の耳飾りもつけ、手にはいつもつけている結婚指輪もあって装飾フル装備である。
(何だかいつもよりおめかししている気がする)
久しぶりに会うのでリリアンさんも私も張り切ってしまった。これからパーティーに行ってもおかしくない格好だ。
「やっぱりやりすぎじゃないですか?」
「劇場に行くならこれくらい平気ですよ」
今回のメインは劇場での観劇だった。あそこは格式高い。ドレスコードが設けられているわけではないが、皆が最大限のお洒落をして入る場所である。
やがて時間になると呼び鈴が鳴った。俄に緊張する。
(カイトに会うのにドキドキしているわ)
会いたいような、会いたくないような、変な気分だ。
「アリサ様、行きましょう」
「ええ」
待たせるわけにもいかないので私は深呼吸をすると玄関へ向かった。
「…お待たせ」
「いや、待ってない」
カイトは呆けた様に私をじっと見ている。やっぱり気合を入れすぎただろうか。
「変だったかな?」
「ああいや、違うんだ。すまない。…君が綺麗で見惚れていた。軽やかで明るくて可憐で、まるで春を纏っているようだ」
「ありがとう…」
(くっ、記憶が無くなっても女性への賛辞は健在なのね)
私は奥歯を噛み締めた。なお、隣のリリアンさんは得意気である。
「カイトも…その服見たことない」
白いシャツにやや明るい茶と黒の千鳥格子のベストとスラックス、それに真紅のクラバットを合わせている。茶色の柄物をお洒落に着こなせるのは整った顔立ちのなせる技だ。
「せっかくだから新調したんだ」
「とても良いわ、よく似合っている」
「ありがとう、行こうか」
カイトがこちらに手を差し出した。
(ああ、そっか。エスコートのために手は繋ぐんだっけ)
彼にとってはほぼ初対面なので流石に手は繋げないと思っていたのだが、そう言えば付き合う前からエスコートのために手は握っていたことを今更思い出す。
私が手を出すとカイトは恭しく握り返してくれた。そういうちょっとした仕草も様になっているから格好良い。
(やだ、本当に緊張している)
手なんていつも握っているから当たり前になっていた。久しぶりに繋ぐ手は何と温かくて心地良いのだろう。しかし安心感の中に少しのぎこちなさが垣間見える。
(もしかしてカイトも緊張しているの?)
表情を盗み見ても分からなかった。
2人で連れ立ってお家を出る。今日も外出にはぴったりのぽかぽかとした良い天気だ。
「アリサ」
少し歩いたところでカイトが立ち止まった。
「どうしたの?」
「…今回のこと、本当に申し訳ない。随分と君に迷惑をかけてしまっている」
「手紙でもう十分謝ってもらったし、そもそも謝ってもらうことでもないと返事をしたわ」
「いいや、例え事故だったとしても君を悲しませている。きちんと対面で謝りたかったんだ」
「律儀な人」
「アリサは少し会っただけでも分かるほどに優しい人だ。俺はそんな君の優しさに甘えてしまっている」
申し訳ないと深々と頭を下げられる。
「頭を上げて」
カイトが頭を上げる。視線がぶつかった。綺麗なエメラルドグリーンの瞳は今は少し翳っている。私は彼の頬にそっと手を触れた。
「この私、アリサ・クロダはカイト・カーライルを我が夫とし、その健やかなるときも、病めるときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、彼を愛し敬い、慰め、助け、この命ある限り真心を尽くすと誓います」
「それは?」
「結婚式の時に神々へ誓った言葉よ。私はあなたに真心を尽くすと誓った。神々へ誓うほどあなたに真心を尽くしたいと思っている。だから何も気にすることなんてない。それに私はもっといっぱいあなたに助けられているからお互い様なのよ」
「…ありがとう。君はやっぱり優しいんだな」
「誰にだって優しいわけじゃない。私が優しく見えるなら、あなたがそうさせているんだわ」
カイトを愛している。だからいつまでも待つ。ただそれだけだ。
「アリサ…」
「さっ、暗い話は終わり。早くしないと開演しちゃう」
私はカイトを引っ張って劇場へと急いだ。
ヨーロッパの歌劇場を彷彿とさせる劇場は相変わらず煌びやかだった。ステージを取り囲むように馬蹄形にボックス席とバルコニー席が設置されており、以前もそうだったが1階の平土間席は劇のために特別にステージが延長して設置されていた。
席も前と同様に1階桟敷席という特等席を取った。ステージがよく見渡せる場所だ。
「今日の演目は喜劇だっけ?」
「そう。昔一緒に見た劇の再々演なの。偶々やっていたから予約しちゃった。面白かったのよ」
「へぇ、それは楽しみだ」
シェークスピアの『真夏の夜の夢』のようなあらすじのラブロマンス喜劇だ。上演された劇は変わらず面白かった。
「すごく良かった。さすが再々演されるだけのことはある」
「ふふっ、それ前も同じこと言っていたわ」
私が笑うとカイトは肩を竦めた。
「思考回路は同じなんだから仕方がないだろ。アリサは2回目だけど楽しめた?」
「うん。傑作は何回見ても面白いよ」
そんな話をしながら劇場を出ると、乗合馬車に乗って王都の中心地へ向かった。中心地には大きな噴水があり、その周りには一等地の建物とお店が並んでいる。ちなみに劇場は中心地から少し遠い場所に建てられているため、馬車でもそれなりに時間がかかる。
馬車に揺られて町中を行く。時折他愛もない話をし、何もない時はゆっくりと流れる風景を眺めた。乗っている時も手は繋いだままだ。穏やかな雰囲気が漂う。こういう何てことない時間でさえ彼の傍にいると満たされる。私はしばらくぶりの幸せを噛み締めていた。
カイトが町の景色に目を向けながら話しかけてきた。
「城下町には2人でよく来ていた?」
「そうね、色んな場所に連れて行ってもらっている。今日は行かないけど植物園なんかは思い出深い場所よ」
「植物園か」
「私が人混みあんまり好きじゃないから。静かで良い場所なの」
「なるほど、それなら確かに落ち着いた良い場所だ」
とはいえ最近は家にも庭があるせいで足が遠退いている。今度のデートの候補地にしようと私は心に決めた。
「あっ、あそこのパン屋さんで私がレシピを卸したパンを食べたこともあるわ。すごく美味しいの」
「へぇ。あそこ、俺の知る限りでは帽子屋だったんだ。美味しいなら今度食べてみるよ」
「そっか、もしかして街並みが結構変わっていたりする?」
「ああ、区画とか道路はほとんど変わっていないけど、建物や店は結構変わっているな」
「そうなんだ」
100年以上の歳月が流れればそうなるわけか。
それからしばらくは私がどこの店に行ったかを挙げ、カイトも知っている老舗の店なのかを話した。考えてみたら言った店が老舗かどうかなんて気にしたこともなければ話したこともないので新鮮で楽しかった。
「ちなみに1番最初に連れて行ってもらったのはヴィンセントさんのお店だよ。今日も行こうかと思ったけどカイトが気まずいかなって思って止めておいたの」
「お気遣いありがとう。アリサの言う通り、この間記憶をなくした話をしたらしこたま叱られたからしばらくは会いたくない」
カイトの顔が歪んだ。私はその風景をありありと想像できたので思わず笑ってしまった。
「ごめんね。私ヴィンセントさんと結構仲良くさせてもらっているから熱が入っちゃったのかも」
「だろうな。アリサが怒らないから代わりに怒ったんだろう」
「別に怒ることじゃないんだけどなぁ」
「それだけ君が大事に思われているってことだ」
「そうかな」
「そうだよ。ヴィンセントだけじゃない。俺の周りの人たちは皆、君のことを案じている」
「じゃあ記憶が戻ったら2人で菓子折り持って回りましょう」
「だな」
彼はぎこちなく微笑んだ。記憶が取り戻せるのかやはり不安なのだろう。私は励ますように繋いでいる手を両手で包む。
「あんまり思い詰めないでね?」
「アリサ…すまない、ありがとう」
微笑みは幾分か朗らかになっていた。
やがて馬車は噴水のある広場に到着した。
「あの噴水は昔のままだ」
「あ、ごめん。噴水は前に私が破壊しているから厳密に言えば昔のやつと一緒じゃない」
「え!?噴水を壊した?何故?」
カイトが珍しく素っ頓狂な声を挙げた。城下町のシンボルを壊したのだから当たり前の反応か。
「えーっと、ドラゴンさんとの和平の時に色々あって」
この世界の住人は人間、獣人、鳥人、魚人、そして妖精人の5種類に分かれている。遥か昔、妖精人は罪を犯して神々にドラゴンの姿へと変えられてしまった。以来4種族とドラゴンとの関係は断絶していたが、色々あって数年前に和平を結び、しかも今はドラゴンではなく妖精人の姿にも戻って、良好な関係を築いている。その和平の儀を執り行う時にゴタゴタがあったのだ。カイトには掻い摘んでその話をした。
「そうか。その辺りはアリサがドラゴンとの和平を成功させたとしか聞いていなかったから知らなかった。色々大変だったんだな」
「うん、フェアリーアイだった頃は本当に色々あった」
「…良かったらその色々な話を聞かせてくれないか?勿論アリサが辛くなければだが」
「大丈夫だよ」
それ以降、私はカイトに馴れ初めから順を追って話し始めた。魔物の王都襲撃から謁見、数々の魔物討伐、神殿攻略、そして不毛の地の探索から最終決戦まで、シノーラスさんが掻い摘んで説明したところを補完するように話していく。彼は時に質問を挟みながら真剣に話を聞いていた。何か記憶を思い出す糸口が欲しいのだろう。
「エリスが言っていた。サリアもアリサも過酷なフェアリーアイの運命に翻弄された人たちだと」
「まぁ大変だったことは否めないわ。でもどんな時もあなたが傍にいてくれたから頑張って乗り切れたと思っている」
「…嬉しいことを言ってくれる」
カフェとディナーのお店、そしてバーでも少し話し込み、帰りの馬車に乗り込んで気付けばもうデートも終わりの時間だった。
「今日はありがとう。でもごめん、ずっと昔話ばかりさせてしまっていた」
「ううん、私も過去を振り返って話をするのは楽しかった。今更こうやって誰かに話をすることもないしね」
「早く全てを思い出したいよ」
「ずっとモヤモヤしている?」
「ああ、間違いなく俺の中にそれらの記憶はあるはずで、ここにあると確信しているのに、肝心なことは霧がかかったように思い出せない。もどかしいんだ」
「気持ちは分かるけど焦らなくて良いわ。大丈夫、時間がかかってもきっと思い出せる」
「アリサには励まされてばかりだな」
「お互い様よ」
カイトは私の家の前まで送ってくれた。彼は今日も実家に帰るという。今後こっちに戻るかどうか検討したいとのことだった。
「帰りたい時に帰って来れば良いわ」
「ありがとう。また手紙を書くよ」
「待っている」
そうして名残惜しくもデートは終わった。
翌日の夕方、早速カイトから手紙が来た。私は意気揚々と手紙を読み始める。
『今日の昼に突然サリアの最期と、彼女を探し続けた長い長い日々を思い出した。だけどごめん。まだアリサを見つけた記憶が思い出せない。…』
その後の内容は頭に入って来なかった。
次回は来週水曜日の12時台に投稿予定です。
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※「ら抜き」「ら入れ」「い抜き」などの言葉遣いに関しましては、私の意図したものもそうでないものもキャラ付けとして表現しております。予めご了承くださいませ。




