19.意外な人物からの助け
そんな日が続いて春の最終月も半ばになった頃、急遽意外な人物が私に会いたいと連絡をしてきた。私は無下にも出来ず日程を組んだ。
「アリサさん、随分とお久しぶりね」
「ご無沙汰しております、お義母様」
迎えた人物はカイトの母親のシャーロットさんだ。私から見たら お義母様、要はお姑に当たる人である。そうは言ってもシャーロットさんはとても良い人なので今のところ嫁姑問題はない。
(相変わらず可愛いわ)
他人様の母親を可愛いと表現するのは憚られるが、シャーロットさんはそれくらい可愛い。生粋のご令嬢といった感じで上品だし、物腰も柔らかい。しかし何と言っても身目が良い。ブロンズのフワフワウェーブのロングヘアーにクリッとした目、華奢な体躯で見た目はお人形さんのようだ。小動物のような印象もあり、とにかく私が守らねばと庇護欲を掻き立てられる。
(あれ?もしかしてカイトってマザコン…?)
告白された時、庇護欲がどうのと話していた気がする。しかしカイトの口からシャーロットさんの話が頻出することはないし、まぁよしとしよう。
シャーロットさんとは私の家にある庭の東屋でアフタヌーンティーを楽しむことになっている。余談だが自分の家に庭があって東屋があるなんて私は未だに信じられない。
「私から会いたいと言っておきながら招かれてしまってごめんなさいね」
「とんでもないです。いつもそちらに伺ってばかりなので、お招きできて嬉しいです。…カイトのことも色々とありがとうございます」
「いえ、却って息子がこんなことになってしまってごめんなさい」
「お義母様まで謝らないでください。誰も悪くないですから」
そんな挨拶を交わしているうちにリリアンさんと他の侍女があれこれ用意してくれてお茶会がスタートした。
(気まずいわね…)
嫁姑問題がなくとも他人様の母親と2人でお茶を嗜んでいるのだ。お茶とお菓子で多少紛れているものの、気を遣うし気まずいものは気まずい。当たり障りのない話をしながら時間が過ぎていった。
やがてシャーロットさんの雰囲気が変わった。今日わざわざ来た本題を切り出すようだ。
「アリサさん、手を握っても良いかしら?」
「? はい」
そう言うとシャーロットさんは隣に来て、私の手を両手で包み込んだ。
「やっぱりあなた、窶れたわ」
「え?」
本題が来ると思って身構えていた私は思わず変な声が出てしまった。
「そうでしょうか?」
「ええ、顔色も悪いし元気もない。それがあの子が原因だってことも分かっている。…今日急に会いに来たのはね、リリアンに助けを求められたからなの」
「……」
どうやらこれが本題だったらしい。私は余計なことを…という目線でリリアンさんを見たが、彼女は私を見ることもなくただ無表情で控えている。
「リリアンさんが何を話したのかは存じませんが杞憂ですよ。睡眠も食事も取って、身体だって別にどこも悪くありません。むしろ運動しているので引き締まり始めたくらいです」
「過度な運動を毎日していると聞いたわ。どれだけ治癒魔法が便利でも万能ではないし、疲労は魔法では回復しないこともご存じよね?それだけ動いているなら疲労が取れていないのではなくて?」
図星だった。睡眠時間が足りないのか休まないといけないのか、身体は日に日に倦怠感を増し、運動が億劫になってきていた。まるで元の世界で社会人として働いていた時のような、常に身体に蓄積している疲労が解消されず、どんどん溜まっていく感覚に陥っている。ただそれなら別に良いと思った。前の世界の人たちはこの疲労状態で何十年も働き続けるわけだし、私だってずっと働いていた。こんなの我慢すれば良いだけだ。
「多少疲れは感じていますけど平気です」
「やっぱりあの子の言った通りだわ」
シャーロットさんが憂いを帯びた表情をした。
「前にカイトが言っていたわ。あなたは自分が本当に辛い時、誰かに助けを求めようとしないから困るって。そして時折物凄く頑固だとも」
「……」
「アリサさんは、人一倍頑張り屋さんなのね」
頑張り屋さん。その一言がやけに深く心に染みてきて鼻の奥がツンとしてしまった。
「でも、辛い時、苦しい時、そして悲しい時、どうにもならなくなってしまったら誰かを頼らなくては。私もリリアンもあなたの味方なのだけれど、頼りないかしら?」
「ち、違うんです!……自分の機嫌は自分で取らなくちゃいけなくて、それに誰かを巻き込むのは違うと思うから…」
「それでどうにもならなくなってしまったのね」
シャーロットさんは片手で私の手を握りながら、もう片方の手で私の頭を撫でる。
(あ、慰め方がカイトと同じだ)
いや、違う。彼がシャーロットさんに似ているのか。何だかそんなことを思っていたら涙が堪えきれなくなって、気が付いたらここ最近の心のうちを吐き出していた。
「か、考えたくないんです。何かにずっと没頭していたくて。身体を動かしている時だけはあんまり考えずに済むんですけど、読書とか料理とかじゃいつの間にかカイトのことばかり考えていて、全然手につかないんです。…ちゃんと食べているだろうかとか、きちんと寝れているだろうかとかそういう彼自身のことから、いつ思い出してくれるんだろう、もしかしたら私のこと思い出してくれないんじゃないかって想像まで、とにかく不安で不安で怖くて押し潰されそうになるんです」
「だから無理して運動して、なるべく思い出さないようにしていたの?」
「はい」
そうだ、だけどどれほど忙殺しようとしても、カイトのことを思わない日はなかった。彼のことを思わないなんて、私には出来ないのだ。
ここで1つシャーロットさんが溜息を吐いた。
「連絡は取っていないのよね?」
「はい、カイトとは1度も取っていません。先日復職はしたとギルバートさんから報告を受けました」
「ほとんど情報がないのにただ待つなんて情緒不安になって当然だわ。もっと早く気付いて上げられなくてごめんなさい」
「いえ、そんな」
私の機嫌の問題なのでシャーロットさんが謝る必要などない。けれどシャーロットさんは申し訳なさそうな顔をして私の手を握ったままこう言った。
「カイトはね、はじめのうちはサリア様の死を受け入れるのに精一杯だったけれど、復職をしてからはあなたのことを気にしている」
「ほ、本当ですか?」
私は思わず前のめりになってシャーロットさんの話を聞いた。
「ええ。ただあの子、私に似て慎重だから、どうやって接触したら良いかすごく悩んでいるのだと思う。自分から距離を開けたいと言ったから自分から連絡を取らないといけないことは認識しているみたいなんだけど…」
「普通に来てくれれば良いのに」
「意外と奥手なのよ。でも最近、朝は少し早く家を出るようになったの。一体どこに寄り道しているのかしら?」
「…あっ」
(もしかしてあれって見間違いじゃない?)
出勤前に私のことを一目見に来ているのかもしれない。
私が思い当たった声を出したら、シャーロットさんは朗らかに笑った。
「ね、あの子もただ無為に時間を過ごしているわけではないの。一生懸命あなたのことを思い出す努力をしている。きっとそのうち連絡が入ると思うわ。だからあと少しだけ、信じて待っていてあげて」
シャーロットさんの言う通りだ。情報があるのとないのとでは心持ちが全く違う。さっきまであったモヤモヤとした不安が払拭されている。
(あと少し…)
別に私のことを放置していたわけじゃない。あと少しだけ信じて待っていれば、きっとカイトは声をかけてくれる。その情報は私にとってどれほどの希望だろう。心の底から気力が湧いて来た。
「お義母様、ありがとうございます。私、ようやく前向きな気持ちでカイトのことを信じて待てると思います」
「やっと笑顔になったわね。もう自分の体を苛めては駄目よ?」
「苛めていたわけではないのですが…ほどほどにします」
「それからちゃんとリリアンの言うことを聞いて」
「はい。…リリアンさんも、ご迷惑をおかけしてすみませんでした」
「いえ、私はアリサ様が元気になって下さればそれで良いのです」
リリアンさんの笑顔も久しぶりに見た気がした。
それから少ししてシャーロットさんは帰って行った。今度何かきちんとお礼をしなければならない。勿論リリアンさんにも。
(明日は久しぶりに王都に買い物にでも行こうかな?)
狭まっていた視界が広がったようだった。
「アリサ様、朝ですよ」
「ん、もうちょっと」
「もうそれ3度目です」
「んん…?」
前2回起こされた記憶がないのだがと思いながらぼんやり目を開けるとリリアンさんが少しほっとした顔でこちらを見て来ていた。
「寝惚けるほど熟睡なさるのは久しぶりですわね」
私室ではなく寝室の風景で一瞬戸惑うが、半覚醒した脳が昨夜はこちらで寝たことを思い出す。そして見た夢のことも。
「…カイトの夢を見ました」
「こちらで寝たからではありませんか?」
「そうかも」
2人で王都をデートしていた。幸せな夢だった。夢だったけれど幸せだった。久しぶりに彼に会ったような気分で、不思議と少し満たされていた。
「そんなに良い夢だったのですか?」
「え?」
「顔がにやけております」
リリアンさんの声にはからかいの響きがあったが、私はそれを弾き返すくらいの満面の笑みを浮かべて答えた。
「はい、とても良い夢でした」
窓のカーテンから零れる朝日がキラキラと輝いて見えた。景色がこんなふうに綺麗に見えるのも久しぶりだった。私は立って自分でその窓を開ける。心地良い春風が入り込んできてカーテンがたなびく。清々しかった。昨日と今日と現状はさして変わらない。カイトは未だに私のことを思い出してくれていない。けれど、心持ちが違う。自分の中で彼を信じて待つ覚悟が決まったからかもしれない。
「おはよう、カイト」
「何か仰いました?」
「いいえ、何も」
私は茂みでそっと見守ってくれているかもしれない旦那様にそう呟いた。
次回は来週水曜日の12時台に投稿予定です。
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※「ら抜き」「ら入れ」「い抜き」などの言葉遣いに関しましては、私の意図したものもそうでないものもキャラ付けとして表現しております。予めご了承くださいませ。




