16.狼狽するカイト
「心のご準備はよろしいですか?」
「はい」
ついにこの日が来た。
「まぁ、カイト様もあれから年を召されて少しは丸くなっているでしょうし、元々異世界から来たアリサ様の趣向に関してはそれなりに寛大のはずですから大丈夫ですよ」
「確かにそうですね」
浴衣が良い例だ。あれもサリア様のドレスと同様にぴっちりとした装いだが何も言われなかった。露出が少なかったからか外出するつもりがなかったからとも考えられるが、ここはポジティブに異文化の服を受け入れてくれたと思っておこう。
リリアンさん曰く、この手のサプライズは帰宅後が効果的とのことで、夕刻カイトが仕事から帰る前に勝負服を着込んで現在待機中である。
間もなく、カイトが帰って来た。
「出迎えましょう」
「は、はい」
何だかよく分からない謎の緊張感に包まれながら、私は玄関に向かった。
「お帰り、カイト」
「ただいま、アリ…」
ちょうど使用人に佩いていた剣を渡そうとしたところで、カイトは私を見て完全に硬直した。
カランカランカラン…
そればかりか持っていた剣を床に落としてしまった。
「な、なんだその格好は!?!?」
「…異世界の服。生足じゃないから良いかなって」
見せた勝負服はくすみピンクのフィッシュテールドレスだった。前はひざ丈にし、後ろの丈は足首は少し見えるくらい。幾重にもチュール生地を重ねたスカート部分はまるで金魚やグッピーのように後ろがヒラヒラして何とも可愛らしい。デコルテから袖部分は花柄のレース生地を纏い、いかにも春といった感じだ。そして肝心の足は見事な模様の白いレースタイツに覆われている。基本的に細かく余れているので白く見えるが、デザインの関係でところどころ肌も垣間見える。
カイトはあまりの衝撃に唖然としていたので、私は少し上目遣いに訊ねてみた。
「どう?」
「駄目に決まって…!!」
彼は間髪入れずに断りかけたが、すんでのところで言葉を呑み込んだ。そして代わりにこう言ってきた。
「アリサ、俺たちは話し合えば分かるはずだ。な?そうだよな?」
「え?ええ」
それは切実な懇願の響きを帯びていた。
カイトはすぐさま私の手を取ると足早に2階の寝室へと向かう。
「男は全員目を閉じろ!」
使用人に対してこんなにぞんざいなのは初めてだ。いつもは冷静な彼が思った以上に取り乱しているのが分かる。
寝室につくとカイトは私を先に通した。
「俺が良いと言うまで誰も部屋に入って来るな!」
そう言うと彼は乱暴にドアを閉めた。よほど余裕がないらしい。
(これは想像以上に駄目そうだわ…)
私が戸惑っていると、深呼吸をしていたカイトがこちらを振り向いた。随分と眉間に皺が寄っている。その表情は困惑にも焦燥にも見えた。彼の物凄い剣幕に気圧されている中、カイトは私の両肩をガシッと掴み、必死の形相で訊ねてきた。
「確認だけど、俺のこと嫌いになった?」
「いや、全然」
「じゃあ俺に飽きて他の男と遊ぼうとしているの?」
「そんなこと思っていない」
「だったら何でそんな服作った?」
「スカートの丈が長すぎて邪魔だったから」
「本当の本当に別の誰かを誘惑するような意図はないんだな?」
「ないわ」
案の定カイトはサリア様の時と同様に、私が誰かほかの男を引っかけるつもりなのではないかと思って狼狽しているらしい。
私はゆっくり落ち着いた口調で彼の誤解を解くことにした。
「ねぇ、もし仮に誰を誘惑するつもりなら、わざわざあなたにこの姿をお披露目したりはしないと思うんだけど」
「…確かにそれもそうだな」
カイトは安堵したようにハァと深い溜息を吐きながら下を向く。しかし視線の先にある私の足を見るや否やすぐに横を向き、目元を手で覆った。
「アリサ、ひとまず座って」
「分かった」
言われた通りに座ると、彼は無言で制服の上着を脱いで私の足にかけた。目のやり場に困るといった感じだ。
「生足じゃなければ良いかなって思ったんだけど、そんなに駄目だった?」
「そうだな、生足じゃなくても足のラインがはっきり分かるのは、その、大分刺激が強すぎる」
この格好がよほど煽情的に見えているらしい。よく見たらカイトの顔がほんのり紅潮していた。
(やっぱりこの丈はまだ無理そうね)
私はリリアンさんとの計画通り次に進むことにした。
「吃驚させちゃってごめんなさい。これは諦めるわ。でも実はもう1つ別のものも作ったの。せっかくだからそれも見てくれない?」
「え?もう1つ?」
「着替えてくるから少し待っていて」
「あ、ああ」
私は下に制服の上着を巻きつけた状態でパタパタと寝室を後にした。
「アリサ様」
「うわっ、吃驚した!」
寝室のドアの前にリリアンさんが張り付いていた。私たちの会話を傍受していたらしい。
「ささっ、早く第二段階に進みましょう」
「は、はい」
急いで2人で私の部屋に向かって着替えを行う。
「やはり同じことを仰っていましたね」
「ええ」
たった今やったやり取りとそのまま過去にもやったのだろう。ただ私の場合、サリア様と違って事前にカイトへ見せているのでまだ良心的なはず。何というかサリア様はカイトと幼馴染みなので許してもらえるラインを熟知しているのだ。私にはそんな度胸はない。
「カイト様は愛情深い方でいらっしゃいますから」
「はい、正直この姿1つであそこまで妬いてくれるなんて、不謹慎ですけどくすぐったいです」
「羨ましい惚気です」
話しながらもすぐに2着目の勝負服に着替え、脱ぎ着した際に乱れた髪も直すとカイトが待つ寝室の前に急いだ。
「いってらっしゃいませ」
「はい」
扉をノックするとすぐにカイトから返事があった。私は扉を少し開け、ひょっこりと顔を出す。
「待たせてごめんね」
「いや、いいよ。それが着替えてきた新しい服?」
「うん」
勿体ぶって上半身だけ見せていたが、意を決してカイトの前にその姿を曝した。
「どうかな?」
2着目の勝負服は薄オレンジ色のAラインワンピースドレスだ。こちらも同じく春らしいエアリー感のあるシースルー生地、そこに薄い金色で花柄の刺繍があしらわれている。パフスリーブの袖は可愛らしく、大きく開いている背中はリボンがかかっていてセクシーである。さらに丈はふくらはぎの中間くらいまでのミモレ丈と呼ばれる長さ、それに大人しい柄のレースタイツを合わせている。先ほどのドレスがふわふわガーリー系ならこっちは上品な清楚系といったところか。
「…なるほど」
カイトが目頭を摘まんで俯いた。
「あれを見た後じゃその姿が至極まともに見える」
(リリアンさんの思惑通りだわ)
はじめに刺激の強い大胆な服を着て見せたのはあの服の承諾をもらうためではない。あくまでもあれは布石であり、本命はこのミモレ丈のスカートである。つまり1度カイトの常識を崩すことによって了承を得やすくしたというわけだ。
「諮ったな、リリアン」
「うふふ、これは本当にカイト様の承諾をいただきたかったもので」
カイトが呼びかけると扉の前にいたリリアンさんが答えて入って来た。
「よくもアリサにとんでもない入れ知恵を吹き込んでくれたな」
「あら、最初の格好はお疲れのカイト様を労うためのサービスですよ。可愛らしくて今日1日の仕事の疲れが吹き飛んだでしょう?」
「よく言う。疲れと一緒に理性と常識も吹き飛んでいるんだが?」
「とてもそうは見えませんわ」
「大体、サリアの時だって何か吹き込んでいただろう」
「いいえ?サリア様が少し迷われていたようなので背中は押しましたが、あれは概ねサリア様の意思です」
(おっと策士リリアンさん、サリア様の時も何か暗躍していたのね…)
私は今更ながら手を組んだ相手を空恐ろしく感じた。何というか、リリアンさんは本当にお洒落好きで、その熱意が半端じゃない。しかもお洒落させるのが好きなタイプで、たまに私のことは着せ替え人形くらいにしか思っていないのではないかと疑うほど、私ではなくお洒落に仕えている時がある。サリア様の時もそうだったのかもしれない。
「それで?今回はこの姿というわけか」
「はい、あの時のように世の女性がこぞってこの格好を真似しますわ」
「あれでどれだけ多くの世の男どもが目のやり場に困ったと思っている?」
「はじめだけです。すぐに誰もが平然と受け入れました」
「そうなるまで俺がどれほどサリアに近づく男どもを牽制したか知らないわけじゃないだろう?」
「ああ見えてサリア様はカイト様一筋でしたから、杞憂でございましたよ」
「それでも、あの時は本当に胃に穴が空きそうだった」
「もし空いたらサリア様が治してくださると仰っていました」
深い溜息を吐くカイトとは対象に余裕の笑みを浮かべるリリアンさん。彼女に口で勝てる者など早々いないのだ。
(なんかカイトが可哀想になってきた…)
はじめはほんの少しの我儘のつもりだったのだが、思った以上に取り乱したり、リリアンさんとのやり取りをしているカイトを見ていると何だか段々不憫に思えてきた。
「一応確認なんだが、アリサがその丈のスカートを履きたいとはじめにリリアンに提案したのか?」
私が考え事をしていると、カイトは私に話を振って来た。リリアンさんとまともにやっても埒が明かないと思ったらしい。
(ちょうど良い。白旗を揚げよう)
これ以上やっても彼を困らせるだけだ。
「うん、そう。前々からもう少しスカートの丈が短い方が動きやすいし汚れなくて良いなぁと思っていたの。でもカイトがそこまで言うならもういいかなって思い始めている」
「え?」 「えっ!?」
カイトよりも驚きの声を上げたのはリリアンさんだった。
「ア、アリサ様、ここまでやって諦めるおつもりですか!?」
私は慌てて訂正する。
「すみません、言葉が足りなかったですね。先にレシピだけ卸して、流行って皆が慣れた頃に私も履けばカイトも安心かと」
リリアンさんがこれほど太鼓判を押すなら私が広告塔にならなくても自然と流行るだろうし、その頃に自分が履き始めても遅くはない気がした。それであればリリアンさんの願いもカイトの憂いも晴らせてwin-winだろう。
「アリサ様がそれで良いなら」
「でも、君が履きたくて作ったんだろう?」
「うん。けど、あなたをここまで困らせるつもりじゃなかったの。ごめんなさい」
正直彼にここまで難色を示されるとは思っておらず面食らっていた。喧嘩にこそなっていないものの、お互い嫌な気分になっていることは確かである。
(やっぱり作らなきゃ良かったな)
悲しいが自分で蒔いた種だから文句は言えない。
私がしゅんとしていると、カイトが神妙な面持ちで近づいてきて私の両手をそっと握った。
「ごめん、アリサ。君に我慢をさせたい訳じゃないんだ。リリアンの過激な演出に吃驚して大騒ぎしてしまったけれど、反対している訳じゃない」
ここでカイトは改めて私の足元をまじまじと見た。
「うん、はじめは皆吃驚するだろうけど、このくらいの丈ならそれほどはしたなさや煽情的な印象は受けない。生足じゃないし、その長い靴下も見せる用なのか下着って感じもしないからかな。少なくともサリアのあの体の線がはっきりしているドレスよりは目のやり場に困らないはずだ」
「私も別にあなたに我慢してほしい訳じゃないわ」
「我慢じゃない。認識のすり合わせだ。リリアンや君がこれを持ってきたということはこの格好が今までよりも快適で過ごしやすいということなんだろう。多くの女性に支持されるなら必要なことなのだと俺は思う。…さっきはその、当時の嫌なことを思い出してつい色々と否定的なことを言ってしまっただけなんだ、すまない」
「カイト…」
歩み寄りの言葉をもらえたのは嬉しかった。
しかしここまで言った後、カイトは少し拗ねた顔をした。
「ただ、君もリリアンもこんな回りくどいことをしないと俺が了承しないと思ったのか?」
「だって、サリア様の時は喧嘩をしたって聞いたんだもの」
「喧嘩の内容は聞いたか?」
「身体の線がはっきりしたドレスは他の男を誘っているみたいだと大反対したって。あとは当日いきなりあのドレスを見せられたことも、事前に言ってほしかったと怒っていたと聞いたわ。だからこうやって前もってお披露目したんだけど」
「サリアには仲直りする際に伝えたんだが、サリアからリリアンにはきちんと伝わっていなかったようだな」
「どういうことでしょう?」
リリアンさんが怪訝な表情をした。
「そもそもサリアは俺があの格好を反対すると思ったから当日まで言わなかったらしい。事実あまりに突然のことだったから俺も興奮してあれこれ言ってしまったが、コルセットやボリュームのある服はどうしても動きにくいからああいう服を作ったと事前に説明してくれれば反対なんてしなかった」
「それは前もって言ってほしいというお話ではないのですか?」
「世に出す前に教えてほしいというよりも、俺に対して何か策を講じる前に素直に相談してほしいという意味だった。サリアにはそうやって伝えていたが、あいつのことだ、リリアンには適当に伝えていたんだろう」
「左様でございますか」
「だからアリサもリリアンもこんな回りくどいことをしなくても、今のスカート丈は利便性に欠けると先に説明してくれればそれで良かったんだ。製作の段階で言ってくれたら俺も色々協力したよ」
何ということだ。リリアンさんも私も難色を示すカイトからどうやって了承をもらうかということばかり考えていたが、素直に相談していれば良かったらしい。やっぱり懐の深い人だ。同時に彼を信じきれなかった自分を恥ずかしく思うし、酷い罪悪感に苛まれた。
「ごめんなさい。こういうのはあまり良い顔をしないと勝手に思っちゃったの。ちゃんと言えば良かったわ」
「アリサ様のせいではありません。アリサ様ははじめのうちカイト様にもご相談しようと考えておられました。それを止めてこのようにしたのは全て私の過ちです。本当に申し訳ございません」
リリアンさんがカイトに深々と頭を下げる。
「いえ、私も賛同しましたら同罪です。ごめんなさい」
「2人とももういいよ。あ、ただアリサに1つだけお願いがある」
「何?」
「できれば皆が慣れるまでの間、俺が一緒にいる時だけそれを履いてほしい。やっぱり君が邪な視線に曝されるのが嫌な気持ちはあるから」
「分かったわ」
この格好における2人の落としどころなので二つ返事で了承した。そして今度は私の方からカイトの手を握る。心から大事なことを言う時、こうやって相手の身体に触れ、目を見て言葉を紡ぐのが良いということを私はカイトから教わっていた。
「カイト、本当にごめんなさい。不快な思いをさせたわ。でもこの格好のこと、受け入れてくれてありがとう」
「別に礼を言われるようなことじゃないよ」
とここでカイトの腹の虫が鳴った。彼は罰が悪そうに苦笑する。
「一段落したら急に腹が減って来た」
「すぐに用意いたします」
リリアンさんは仕事の顔つきに戻ってあっという間に寝室から出て行った。
「ごめんね、今日はカツ丼にしたから」
「さては好物で誤魔化す気だったな」
「仕事から帰ってきて疲れているのにこんなことに付き合わせてしまったお詫び」
「それなら食後にさっきの服に着替えてもう一度見せて」
「え?なんで?」
さっきはあんなに慌てふためいていたというのに。
「なんでって疲れが飛ぶから。リリアンの言う通り、あれが奥様からのサービスなら俺ももっと享受しないと」
「いや、改めて見られると恥ずかしいから」
正直あの格好は私の趣味ではない。
「そんなこと言わずに。せっかく作ったんだから着ないと勿体ないだろう?俺もあの時は余裕がなかったけど今なら落ち着いて鑑賞できるし、俺のためだけに着てくれていると思うと嬉しいしな」
「そう言われると猶更恥ずかしいから駄目」
「なんで、あ、恥ずかしいなら今回の罰だと思って」
「うう…」
そんなふうに言われると罪悪感だらけの私は着ざるを得ない。彼は私の性格を熟知しているし弱い言葉をよく知っているのだ。
私が返答しないでいると、カイトは私の腰に手を回して、もう片方の手で慰めるように私の頬を撫でた。
「そんな切ない声を出さないで。俺が苛めているみたいだろ?」
「苛められているわ」
「そんなことないよ。可愛いものは見て愛でないといけない義務があるだけだ」
「そんな義務聞いたことない!」
ついでに言えば別に可愛くもない。
「分かった分かった。じゃあ後は君の自主性に任せることにする」
「あ、その言い方ずるい」
「ずるくない。俺はアリサに強制はしないよ」
「でもそう言われたら私が着るって分かっているじゃない」
「君は真面目だからな、期待している」
カイトは悪戯っぽく笑うと、さっと踵を返して寝室を出て行ってしまった。恐らく私服に着替えに自室へ向かったのだと思う。
「酷い旦那様だわ」
寝室に1人取り残された私は彼に撫でられた頬に触れながらそう呟いた。
後日、このレシピは想像通り鮮烈なデビュー果たし、サリア様のドレス以来の賛否両論が巻き起こった。しかし結局スカートを常習的に履く女性有利に事が運び、やがては人口に膾炙していった。
そしてスカートの丈という概念さえ広まってしまえば後は自然と短くなっていくもので、数年後には私が広めずともお洒落好きの若者を中心にどんどんとスカートの丈が短くなっていくのだが、それはまた別のお話である。
次回は来週水曜日の12時台に投稿予定です。
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※「ら抜き」「ら入れ」「い抜き」などの言葉遣いに関しましては、私の意図したものもそうでないものもキャラ付けとして表現しております。予めご了承くださいませ。




