14.鍋パーティーとパジャマ
投稿するする詐欺をしてしまい申し訳ありませんでした。
旅行から帰った少し後、近衛兵の皆を家に招いて鍋パーティーを開くことになった。城下町へ行って外食するのも良いのだけれど、皆は王城敷地内の近衛兵団の寮に住んでいるので私たちの家に集合した方が馬車の時間や帰宅時間を気にせずゆっくり過ごすことができる。それにカイトは深酒をした状態で馬車に乗ると気持ち悪くなってしまうらしいから、酒を飲むなら猶更うちに呼んだ方が都合が良かった。
「ただいま」
「お邪魔しまーす」
「「「お邪魔します」」」
ちょうど鍋の支度が終わった頃、日勤を終えたカイトが皆を連れて帰って来た。明日は皆お休みなので、金曜の夜のような陽気な雰囲気が漂っていた。
「お帰りなさい。皆さんもお久しぶりです。今日はゆっくりしていってくださいね」
「お久しぶりです、お元気そうで安心しました」
そう声をかけてきたのはエリスさんだ。
「あの時はご心配をおかけしました。それにせっかくお見舞いに来てくださったのに大した時間も取れずにすみませんでした」
実は秋の誘拐事件の際、皆お見舞いに来てくれたのだが、その時はまだ体調が優れず、早々に帰してしまっていた。全快したらお詫びをしようと思っていたのに、その後も仕事が忙しいやら旅行やらでなかなか会うことが出来ず、今回ようやく皆の時間の都合がついたのでお詫びを兼ねて鍋パーティーを提案したのだ。
「とんでもないですよ。居ても立っていられずに押しかけた僕たちが悪いんですから」
「エリスの言う通りです。アリサさんが気に病むことじゃありません。それからこれ、遅ればせながら自分たちからの全快祝いです」
「ありがとうございます。ここのお店の茶葉大好きなので嬉しいです」
オークリーさんから可愛らしい手提げの紙袋をもらう。袋のロゴが行きつけのお店のものだった。
「今日の手土産までもらったんだ」
「そうなの?じゃあ頑張っておもてなししなきゃ」
寒い玄関先での挨拶を手早く済ませて皆をダイニングに通す。テーブルには土鍋と鉄鍋を設置していた。なおこの土鍋と鉄鍋は発注して作ってもらったものだ。今のところ日本食はまだ諸般の理由により市井には出回っていないため、これらのレシピは下ろす予定は現状ない。
「見たことない鍋が並んでる!」
いつものごとく反応の良いレオンさんが興味津々で声を上げたが、明らかに鼻声だった。
「そう、今から目の前で調理していくんだけど…、レオンさん大丈夫?」
「風邪引いちゃって。熱は出てないから平気」
「そっか。鍋は野菜も取れるし身体も温まるから、たくさん食べて早く治してね」
「ありがと」
皆が着席したところで私と料理人のポールさんが打合せ通りに調理を開始する。ポールさんは日本食を作る時などにお世話になっていた王城の料理人で、私が豪邸に移り住むときについてきてもらっていた。本当はジョゼフ料理長が来たがったらしいのだけれど、流石にそれはまずいので代わりにポールさんに来てもらったのだ。日本食に興味があるから私の家の台所はかなり楽しいと喜んでいた。ちなみにデクスター家でお世話になった料理人も私のレシピに興味があって雇われており、ポールさんと楽しそうに熱く料理談義をしているのを見かけたりすることがある。
「今日はあごだしの寄せ鍋とすき焼きを作っていきます。こっちが寄せ鍋でこっちがすき焼きね」
「あごだしとは何ですか?」
オークリーさんが聞き馴染みのない単語に首を傾げていた。
「あごとは飛び魚のことです。良いお出汁が取れるんですよ。この鍋つゆはあごだしに醤油と日本酒と砂糖で味を整えています」
「へぇ、飛び魚のブイヨンですか」
あごだしは近年スーパーでよく見かけるようになったが、元々九州地方や南の方でメジャーな出汁だと記憶している。この世界でも飛び魚は取れるので、上品でスッキリとした味わいは鍋にちょうど良いと思ったのだ。ちなみに本当はみりんを入れたいところだが、この世界にはないため少しの砂糖で甘みを出している。
「この鍋つゆに具材を入れてグツグツ煮込んで火が通ったらこっちは完成です」
野菜や肉など具材からも良い出汁が出てくるから鍋は自然と美味しくなる。冬の鍋は私の大好物である。
寄せ鍋の方はポールさんに任せるとして、私はすき焼きに取りかかった。関東、関西で作り方は異なるが、私は関東風の作り方しか知らないのでそれでやらせてもらう。まずは鉄なべに牛脂を引き、こちらの世界のネギを焼く。西洋ネギのような野菜で生食よりも熱を通した方が美味しい。ネギがきつね色になったら牛肉を焼いて、ある程度火が通ったら割り下を投入。後は鍋と同様に具材を入れて火が通ったら完成だ。
「アリサさん、この生卵は何に使うのでしょうか?」
煮込んでいる間、ギルバートさんが不思議そうに訊ねてくる。卓上には予め取り皿に溶き卵を用意していた。この世界では生卵は食べないので当然の疑問である。
「その溶き卵はすき焼きに使います。こっちは味が濃いので、この生卵につけてから食べてください。ただどうしても生卵に抵抗があるようならつけずに食べても大丈夫です」
「つけた方が味がまろやかになって美味しいんだ。案外臭みもないから騙されたと思って食べてみてほしい」
カイトが補足した。彼には試食がてら1度すき焼きを食べてもらっている。いたく気に入ってもらえたので今回皆に振る舞うことにしたのだ。皆はじめは生卵につけると聞いて不安そうにしていたが、カイトが肯定したことにより興味や好奇心へと変わっていったようだった。
鍋が出来上がるとポールさんはトングで寄せ鍋を、私は菜箸ですき焼きを皆に取り分ける。その最中、レオンさんが何故か物珍しそうに見つめてきた。
「アリサさん使ってるの何?随分器用だね」
「ああ、これは箸。実は元の国ではこれで食事をするの。だから私的にはトングよりも使いやすくて」
箸についてはカイトには以前から見せていたけれど、皆に見せるのは初めてだった。私はどちらかと言えば郷に入っては郷に従うタイプなので食事の時もフォークやスプーンで済ませるのだが、料理をする時には菜箸の方がやりやすい時もあって発注していた。
皆に取り分けたところで鍋パーティーが始まった。白米は希望性で、酒は日本酒か焼酎、夕飯でも晩酌でもどちらでも楽しめるようにしている。
「すき焼き美味い!カイトの言う通り食べやすいよ、これ」
「確かに生卵がよく合いますね」
「良かった。溶き卵は薄れてきたら新しいものに交換するので遠慮なく言ってください」
早速レオンさんとギルバートさんが騙されて生卵につけて食べてくれていた。しかも好評だったので一安心である。
オークリーさんは先に寄せ鍋から食べたみたいだ。
「寄せ鍋の方も美味しいです。優しいのに奥深い味わいだ」
「ありがとうございます。まだまだありますからたくさん食べてくださいね」
「ちなみにこれとこれは何ですか?」
オークリーさんが豆腐と餅巾着を指差したので簡単に説明すると納得したように頷いた。
「ああ、これが噂の」
「そう、夏の収穫物」
カイトがそう付け加える。どうやらみんなに報告済みらしい。
「豆腐は味が染みているし、餅巾着は食感が面白いですね。美味しいです」
「お口に合って良かったです」
「カイトはいつもこんな美味いもの食ってんの?」
「大いに羨ましがってくれ」
エリスさんとカイトは相変わらずだ。
「誤解のないように言いますけど、いつも日本食を出しているわけじゃないですよ」
「けど夕飯は大抵作ってくれるじゃないか」
「作ると言っても料理人と一緒にね。私が手伝っていると言った方が良いかも」
「日本食じゃなくても料理を?」
「そうです」
「お熱いですねぇ」
エリスさんがニヤニヤと野次を飛ばしてきたので私は赤面する。確かに本来料理人がいるならわざわざ私が料理をする必要はないのだ。それでも作りたいと思ってしまうのは料理に私の真心を込めたいからである。
「からかうならエリスさんにはこの嫌いな人参をよそいますが?」
「あ、それはあんまりですよ。いくら花形に可愛らしく切っていたところで人参は人参なんですから」
エリスさんと私の会話に皆が笑う。久しぶりに皆でわいわいと食事を摂るのは楽しかった。
「あー、温まる~」
「レオンさん、本当に大丈夫?」
珍しく彼がお酒を控えていたので心配していると、代わりにギルバートさんが返答があった。
「そんなに心配する必要はありませんよ、自業自得なんですから」
「あ、その言い方傷つくなぁ」
「え?どういうことですか?」
「レオンはすこぶる寝相が悪いんです。それでこの間、寝間着がめくれ上がっていたらしくて風邪を引いたんですよ」
「そ、そうなんですか」
この真冬に腹を出して寝ていたら、いくらフィジカルの強いレオンさんだって風邪を引いてしまうだろう。
「めくれる寝間着が悪いんだ」
(んー、確かにネグリジェはめくれ上がるよね)
この世界の人たちは男女関係なくワンピース型のいわゆるネグリジェと呼ばれる寝間着を着用して寝ている。セパレートで下がズボンタイプのパジャマという概念がまだ存在しないのだ。
(あ、ないなら作ってあげたら良いのか)
「分かったわ、レオンさん。パジャマ作りましょう」
「「「「「パジャマ?」」」」」
「せっかくだから全員分作らせてください。着心地が良かったらレシピを公開しようと思います」
そうして私は全員分の寸法をメモに控えた。
5人分のパジャマを仕立て屋に発注した。冬の間にできないと意味がないので特急料金も上乗せしている。
そうして出来上がったものが今日届いたので、早速夜にカイトに着てもらった。
「へぇ、これがパジャマ?」
「そう」
上は前側にボタンがついた襟付きで、下はズボン。私の中ではパジャマと言ったらこれである。せっかくなのでグレーのシルク生地で豪華に仕立ててもらった。その光沢感のせいかパジャマ姿なのにカイトが艶めかしく見える。眩しい。
「これも結局上がめくれないか?」
「中に下着を着てズボンに入れればめくれてもお腹は出ないわ。気にしないなら上のパジャマをそのまま入れても良いだろうし」
「なるほど。なら良いんじゃないか?」
「着心地はどう?」
「快適だよ。前のは下がスースーしていたから俺はこっちの方が落ち着く。というか考えてみたら日中は毎日パンツ姿なのにどうして寝間着に取り入れなかったんだろうって今更ながら思った」
「私もレオンさんに言われなかったら多分作らなかったわ」
慣れとは恐ろしいものだ。これで良いと思ったらそれ以降新しいものは生まれないのだから。
「君は着ないの?」
「私はこのままで良いや」
「ズボンだから?前の世界ではよく履いていたんだろう?」
「うん。まぁでもサリア様ほどこだわって履いていたわけじゃないから」
この世界ではスカートは女性、パンツ姿は男性のものという固定観念が根強いが、お転婆だったサリア様はスカートよりもパンツ姿を好み、男装の麗人としても有名だった。ちなみにサリア様に続いて我が道を行くという人はその後現れず、女性のパンツ姿はサリア様以降も定着していない。
「そうか。いや、そう言えばそういう話をしていなかったなと思って。俺はアリサがスカートが嫌だって言うならパンツ姿でも良いと思うんだ」
「カイト…」
多様性を許容した随分と懐の深い旦那様だ。やっぱり彼は底なしに優しい。
「ありがとう。でも無理してないから大丈夫だよ」
「分かった。なら良いんだ」
「気遣ってくれてありがとうね」
カイトの気遣いを無下にするようで申し訳ないが、私はこの世界でパンツ姿になることに抵抗がある。
(やっぱりサリア様に見られるのはちょっと嫌なのよ)
私はサリア様の生まれ変わりだ。紆余曲折あって容姿も全てサリア様と同じだし、魂にサリア様が息づいているらしいけれど、記憶は一切引き継いではいない、全くの別人である。カイトはそれをきちんと分かった上で、私を好きになってくれた。私もサリア様に対して嫌な気持ちはない。ただ、比べられることに対してはやはり抵抗感がある。特にフェアリーアイだった頃は常にサリア様と比べられていたからそういう視線に敏感だったりする。それもあって格好だけでも差別化を図るために私はスカートを履くようにしている。カイトはこう言ってくれているけれど、私としては何か心変わりがない限り、きっとこれからもスカートを履き続けるのだと思う。
「寝ようか」
「うん」
2人でベッドに潜り込む。相変わらず冬場の私の足先は冷たかったが、カイトが足をくっつけて温めてくれた。
「寒くないか?」
「大丈夫、温かいよ」
「レオンみたいに風邪引かないようにな」
「うん、ありがとう。あなたもね」
やっぱり冬は好きだ。外が寒い分、こうやって抱き締め合うと温かな気持ちになれる。
翌日、快眠だったらしいカイトは早速皆にパジャマを持って行ってくれた。そしてパジャマを必要としていた当の本人のレオンさんから「めっちゃ良いよ、これ!俺もう寝冷えしない!」とお墨付きをもらったので、陛下にパジャマを献上すると共にレシピに追加してもらった。
レシピには男女兼用と注釈をつけたけれど、少し経ってから仕立て屋に話を聞いても、女性の注文はほとんどないとのことだった。
次回はお詫びの気持ちでこのあとすぐに投稿します。
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※「ら抜き」「ら入れ」「い抜き」などの言葉遣いに関しましては、私の意図したものもそうでないものもキャラ付けとして表現しております。予めご了承くださいませ。




