11.間一髪
それから何日経ったか分からない。私は毎日お仕置きという名の拷問を受けた。何日かはレシピを開示してお仕置きが1回だけで済んでいたが、提供できる限りのレシピを話し終えた後はデクスターの気の済むまでお仕置きを受けざるを得なかった。侍女や料理人は何とか私の風邪を治そうと頑張ってくれていたが、劣悪な地下環境と毎日続く拷問で風邪は良くならず、そればかりか日に日に悪化の一途を辿っていった。
(禍福は糾える縄の如しか…)
今まで随分とカイトと一緒にいて幸せだったから、その皺寄せが来ているなら仕方がないなぁなんて考えながら今日も今日とて鞭を食らう。打たれる度に頭がガンガンと割れるように痛むし、節々はずっと痛い。身体の中では絶えず熱さと寒さが混在していて嫌な汗をかいているし、咳も酷くて息苦しい。しかしここまで来ると人は痛みに鈍感になってくるようで、拷問中だろうが何だろうがとりとめもなく思考することができるようになっていた。順応力って凄いなと我ながら感心してしまう。
(カイト…会いたいよ)
もう助けてほしいとか見つけてほしいとかそういう欲は希薄だ。ただ、彼に会いたい。彼が恋しい。その思いだけが募っていく。
(あれ、私、ここで死ぬのかな)
半分意識を失いかけていた時だった。
「デクスター様、来客です」
「後にしてください」
「それが…でして」
「何?」
執事みたいな男性が呼びに来て、そのままデクスターは私の拷問中にどこかへ行ってしまった。
(誰が来たんだろう?アポなしなんて失礼ねぇ)
会話の重要な部分が聞き取れなかった。
それから随分と放置されていた気がする。私は目を閉じてうつらうつらとしていた。
(何、考えていたんだっけ?)
さっきまで何か大切なことを考えていたような気がするけど思い出せない。何かを考えていたような気もするし、何も考えていなかったような気もする。
(そう言えば私、こんなところで何をしているんだろう?)
なんでこんなところにいるんだろう?
今まで何していたっけ?
あれ?ここはどこ?
分からない。何もかも。もう思考がまとまらなくなっていた。
(私…、私は誰?)
「アリサ!!」
名前を呼ばれた気がした。そうだ。私はアリサだ。良かった、自分の名前を思い出せた。
「ギル、頼む」
「フェラペヴォ―治癒せよ― 随分と残酷なことをしますね」
背中の痛みが引いていく。同時に吊り上げていた鎖の力が弱まった。私は床に倒れかけたが、誰かが優しく抱き留めてくれた。
(これは、夢?)
目を開けるとそこには会いたいと願っていたカイトがいた。
「…カイト?」
「アリサ、ごめん。君を守ると言っておきながら、こんな、こんな目に合わせてしまった」
カイトはポロポロと泣いている。この人の涙を見るのは3回目か。
私は彼の頬を伝う涙を拭った。
「素揚げのパスタは食べた?」
「メッセージは伝わったけど食べてない。俺は君のが食べたいんだ」
「ふふっ、今度作るわ」
急に襲ってきた睡魔に勝てず、私は意識を手放した。
それからしばらくの間、私の記憶は少し曖昧だ。いつの間にか自宅のフカフカのベッドで寝かされていて、カイトとリリアンさんが交代で看病をしてくれていた気がする。何回か知らない人も来ていたかもしれない。私はとろとろと眠り、起きたら何かよく分からないものをたくさん口に流し込まれてまた眠った。それを数日繰り返していたと思うけど、何だかボーっとしていてあんまり覚えていない。
ある朝、ぱちりと目が覚めた。それまで意識に薄く張っていた膜が破れたみたいだ。部屋には誰もいなかったが、程なくしてカイトが何かを持って部屋に入って来た。散々飲まされている何かだろう。
「カイト、おはよう」
彼はハッとして、すぐに手に持っていたお盆をサイドテーブルに置くと私に近づいてきた。
「良かった、ようやく戻って来た」
カイトはそっと私を掻き抱く。久しぶりの肌のぬくもりに心が温かくなる。何だか泣けてきてしまった。
「心配かけてごめんね」
「いや、生きていてくれてありがとう。本当に申し訳なかった」
「カイトが謝ることじゃないよ。まさかお城の中で攫われるとは思わなかったもの」
「いいや、俺がもっとしっかりしていればこんなことにはならなかった。本当に辛い思いをさせてしまった。あんな……あんなこと…」
カイトが震えている。そういえば拷問中に助けに来てくれたから、かなりのショッキング映像だったかもしれない。
私は子供をあやすように優しく背中を撫でた。
「でも助けに来てくれるって信じていたから」
「もう少しで手遅れになるところだったんだ。紙一重で……ああ、生きていてくれて良かった」
それからはしばらくお互いの存在を確かめ合うように抱き合った。カイトは時折小声で男神メタクシーと女神イヒネイカに感謝の言葉を捧げていた。
「助けてくれてありがとね」
私もカイトに何度もお礼を言った。
やがて落ち着いた頃、気になっていることを訊ねることにした。
「ねぇ、あの家の使用人たちはどうなるの?」
「デクスターの悪事にどれほど加担していたのかが明らかになるまでは全員拘束される。釈放されたら自分たちで職を見つけるだろう」
「うちで雇えないかな?」
「この家で?」
「うん。勿論本人たちの希望もあると思うけど」
「何故そこまで気にする?」
カイトはあんまり雇いたくないようだ。多分あの家にまつわるものは全て排して、私にあの時のことを思い出させないようにしたいのだろう。あるいは私をああなるまで放っておいた人たちだと思っていて、あまり良い印象を持っていないのかもしれない。
「侍女の皆、声が出ないの。拷問で喉を切られたみたいで、再就職するのも難しいんじゃないかなって。それに料理人まであいつに怯えていた。多分あそこの使用人は皆1度は必ず躾という名の拷問を受けていると思う。…私も身に染みたけど一方的な暴力って恐怖なのよ。だから皆なるべく逆らわないように気を付けていた。それでも私に出来る限りのことをしてくれたの」
あの時の痛みが鮮明に蘇って来て、気が付いたら身体が小刻みに震えていた。そんな私を労わるように今度はカイトが慰めるように背中をさすってくれる。
「身体修復魔法はかけられないけど、雇用くらいは手伝えるかなって」
女神の御業とも呼ばれる身体修復魔法は欠損部さえ再生させる効果がある魔法だが、傷口が塞がっていると効果を発揮しない。古傷には使えないのだ。
「分かった。声をかけてみるよ」
「ありがとう」
カイトは了承してくれた。
それからしばらくはまた療養の日々だった。ダラダラと微熱が続いたけれど、やがて快方に向かって行った。その時期になってようやく使用人たちが釈放され、数人が雇われてくれた。その中にはあどけない侍女や気さくな料理人もいる。ただの自己満足かもしれないが、同じ痛みを知る者としても何かしてあげられることがあるのではないかと思っている。
また、騎士兵団団長のスタンリーさんから正式に謝罪と賠償金が支払われた。私は断ったのだが周りの人たちがそれを許さず、受け取らざるを得なかったのだ。
ちなみに私がデクスターに話したレシピは最初のもの含めて全て押収された。それらは改めて時期を見て私がしっかりとレシピを卸す予定である。
そしてこの事件を境にカイトはますます甘えてくるようになった。
「アリサ」
今も長ソファに腰掛けて読書をしていると、彼が隣に座ってきて私を抱き寄せたところだ。一応読書の邪魔をしないように気遣ってなのか後ろから抱き締められる。
「どうかした?」
「いや、ただ抱き締めたかっただけ」
カイトは私の首筋に顔を埋めた。私は本を閉じ、彼の頭に手を伸ばして撫でる。
「どこにも行かないよ」
「うん」
それからはしばらく無言だった。静かで温かな時間が流れていく。こうやって彼が甘えてくる時は同時に私も甘やかされているなと感じる。雰囲気、距離感、肌のぬくもり、その全てが愛おしい。
やがて彼は私の首筋に口づけをし始める。私がそちらに顔を向けると、次いで頬に、そして最後は唇が重なった。蕩けるようなキスだった。心が満たされていく。
(ああ、幸せだ…)
もしも幸せが形を為しているのだとしたら、私にとってそれはカイトの形をしているに違いない。
私はあの地下で失った心を、こうして少しずつ彼に埋めてもらうのだった。
次回は来週水曜日の12時台に投稿予定です。
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※「ら抜き」「ら入れ」「い抜き」などの言葉遣いに関しましては、私の意図したものもそうでないものもキャラ付けとして表現しております。予めご了承くださいませ。




