10.一縷の望み
※暴力シーンが含まれます。苦手な方はご注意ください。
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本日は投稿が遅れてしまい、申し訳ございませんでした。
鎖が緩められると私は床に頽れた。傷は治っても受けたダメージは身体に蓄積している。こういう疲労は寝ないと治らない。
しばらく肩で息を吐いていると料理人と名乗る男が上から降りてきた。
「レシピを教えて下さると伺いました」
「ちょ、ちょっと待ってください」
まさかこんなにすぐ来るとは思わず戸惑いを隠せなかった。しかし彼も仕事である。私は息を整えるとパスタの素揚げおやつを伝えた。
「そんな簡単にできて、本当に美味しいのですか?」
「はい。簡単ですけどカリカリッとした食感が病みつきになります。お酒のおつまみや小腹が空いた時なんかに最適ですよ。味は塩胡椒とかハーブソルトとかシュガーとか色々出来ますから試してみてください。元の世界では屋台とか居酒屋とかで見かけました」
「そうですか。分かりました、やってみます」
「何でしたら手伝いますよ。これを外してくださればの話ですけど」
私がそう言ったらそれまで気さくだった料理人が怯えた顔つきになり、小声で警告をして来た。
「…あまりそういうことを言わない方が良い。誰かがデクスター様に報告をしたらまた「躾」されてしまいます」
「これは日常的に行われているんですか?」
「はい。デクスター様に仕える者で、反抗的な者、役立たずな者、あるいは「躾」を外部に漏らそうとする者。とにかくデクスター様の意に添わない者は誰でも「躾」を受けます。あなたも逆らわない方が身のためですよ」
「…忠告をありがとう」
料理人の怯え方からして、もしかしたらこの家に仕えている者は必ず1度は「躾」の洗礼を受けているのかもしれないと思った。
料理人との話が終わると侍女の1人がタオルと毛布を持ってきてくれていた。年端のいかない少女で、あどけない顔をしている。
「着替えはありますか?」
侍女はフルフルと首を横に振った。何で声を出さないのだろうと私が訝し気にしていると、彼女は察したのかブラウスのボタンを開けて自分の首元を見せてくれた。
「それって、もしかして「躾」?」
可愛らしい少女は怯えた表情で頷く。私は絶句した。
(正気の沙汰じゃない)
横一文字に傷跡が残っていた。
「それはあなただけ?」
侍女はキョロキョロと回りを見回して誰もいないことを確かめてから私の掌に指で文字を書き始める。
『侍女は皆。女はお喋りだから』
「そんな…信じられない」
私は自分にされた拷問が序の口であったことを悟った。
「ねぇ、これ外してくれない?こう見えても私、魔法には覚えがあるの。だから拘束を解いてくれたらきっと何とかするわ。あなたたちのことも助けてみせる」
期待を込めて言ったけれど、少女は恐怖に顔を引き攣らせながら首を横に振った。
「…困らせてしまってごめんなさい。今の話は聞かなかったことにして」
先ほどまで拷問を受けていたから分かる。一方的な暴力は人に恐怖心を植え付ける。私もいつまで続くのかも分からない絶望感で心が折れかけていた。相手の言いなりになって追従しなければならないという気持ちになってくるのだ。もしかしたら使用人たちに拷問を見せていたのは恐怖を再確認させるためというのもあるのかもしれない。
侍女はペコリとお辞儀をしてから部屋を後にした。
そして地下の部屋には私以外誰もいなくなった。
「…待って。もしかして今日の私の寝床はここ?」
拷問で服も床もびちゃびちゃだった。まぁ床は最悪乾いているところに寝転がれば良いにしても、着替えがもらえなかったのはまずい。ここは地下でそこそこ冷えているので体温を奪われる。風邪を引きそうだ。
(手錠をつけたままだと着替えができないからかな)
私は悲しい気持ちを抱えながらタオルで身体を拭き始めた。拘束されたままなので上手く拭けない部分もあったができるだけ拭いた。まぁそれでも当然服は湿っている。
(…天井の滑車壊せないかしら?)
鎖を引っ張ったり何だり、脱出を試みたが全然駄目だった。体力ももう限界を迎えていたので乾いている床で毛布に包まりながら横になった。先ほどデクスターの私室の窓から見えた外は既に暗かったから、今日はもうお休みの時間のはずだ。
(灯りがあるだけ親切ね)
真っ暗な地下牢を思い出して、私は身震いをしながら目を閉じた。
翌朝、私は案の定風邪を引いていた。寒いのに熱い。こんなことでは先が思いやられてしまう。
私が起きてすぐあの侍女が朝食を持ってやって来た。見た感じ腐ってはいなさそうだし、毒を盛られる可能性も低いと思ったけれど、英雄になってから外で食べるものは必ず毒見か浄化魔法をかけるようにとカイトに言われていたので、私はそれとなく侍女に毒見をしてもらうことにした。
「ごめんね。食欲がなくて、あなた半分食べてくれない?私はその後で半分食べるから。ほら、残したらまたデクスター様がうるさいかもしれないでしょ?」
風邪で食欲がないのは本当だった。少女は私の思惑など知らずにお腹が空いていたのか嬉しそうに食べている。
(ごめんね)
私は内心平謝りした。
侍女が全て半分ずつ食べ終わると、今度は私に食べさせてくれた。全くと言って良いほど食欲が湧かないが、食べないとこの局面を乗り切れないことも確かである。私は痛む喉に無理やり食べ物を流し込んだ。
食事が終わると私は侍女にそっとお願いをしてみた。
「もしできたら毛布をもう1枚くれないかしら?風邪を引いちゃって」
しばらくすると少女は厚手の毛布を1枚持ってきてくれた。有難いことだ。
朝食を食べ終えて私が震えながら横になっていると、再びデクスターが昨日と同じ装備で使用人を引き連れてやって来た。
「さぁ、今日も躾の時間を始めましょうか」
「えっ?」
私にとっては寝耳に水だったので酷く狼狽してしまった。
「昨日レシピを教えたじゃないですか」
「それは昨日の躾を終わらせるためのものですから」
デクスターがニヤリと笑う。
「そもそもあなたがはじめから魔法石を作って下されば私だってこんなことはしていません」
「ですから何度もお話している通り、今は時期が違うのでできません」
「どうでしょう?私はその話を信じていません。あなたは出し惜しみをしているだけではありませんか?」
「…ではどうしたら信じてもらえますか?」
「あなたが今から魔法石を作って下されば良いのです。それができないならお仕置きをしなければなりません。その後また伺いますからその時に別のレシピを教えて下さるならお仕置きは1回だけにしてあげましょう。別のレシピもないならまたお仕置きです。私を満足させられないあなたが悪いのですから仕方がないですね?」
「…最初にレシピを教えますからお仕置きをなしにして頂けませんか?」
「できません。あなたはどのみち今日魔法石を作れない咎を1回は受けなければならないからです」
(なるほど。私が本当はすぐにでも魔法石を作れるのに出し惜しみをしていると考えているからこそ、ここまで執拗に拷問をしたがるわけね)
そして公表していないレシピも搾取したいからこういうルールにしたのだろう。
「仰っていることは分かりましたが、風邪を引いているので2、3日時間を空けてはもらえませんか?」
「風邪?風邪を召している…?」
デクスターが鬼の形相になって、使用人たちの方を振り返った。
「昨日彼女の世話をしたのは?」
私の世話をしていたあの侍女が震えながら挙手をする。途端デクスターは彼女の胸ぐらを掴んで締め上げ始めた。
「私は昨日「後のことは頼みましたよ」と伝えました。それなのに彼女は風邪を召しているという。大切なお客様が!風邪を召している!どう責任を取るつもりですか!?」
「止めて!止めてください!!」
(狂っている!)
彼の言っていることは支離滅裂だった。手錠を外さないために着替えもさせず、こんな劣悪な環境で人体を放っておけば風邪を引くことなど明らかである。けれどここでは彼がルールなのだ。誰も彼を止めることなどできない。
「嘘です!私は風邪を引いていません!お仕置きをされたくなくて嘘を吐きました!」
「嘘?あなたは私に嘘を吐いたのですか?」
締め上げていた侍女を突き飛ばし、代わりに怒りの矛先が私に回って来た。
「やはりあなたは平気で嘘を吐く。躾をしなくては!」
鎖が巻き上げられて吊るされる。それからは昨日の繰り返しだ。嘘を吐いたお仕置きと魔法石を作れなかったお仕置きで計2セットたっぷりと鞭打ちを受けた。今日は風邪の倦怠感や頭痛などと相まって昨日よりも尚辛かった。
(早く、早く終わって…)
意識が朦朧とする中、ようやくデクスターの気が収まって今日の「躾」は終わりを迎えた。
今日の拷問もまた、レシピと引き換えだった。
「昨日のあのレシピはすぐに売る見込みはありますか?」
「ああ、あれですね。はい、開発時間も要らないレシピなので数日後には試しに売ってみるそうですよ。レシピの売れ行きを確かめたいのだとか」
「王都で売りますか?」
「? はい、こんな片田舎じゃ新しい物は流行りませんから。流行はまず王都からってね」
「そうですか」
今日のレシピも料理にして、昨日の料理人から色々と情報を得る。ひとまず数日後にはあれを売ると聞いて希望が芽生えた。
「随分と顔色が悪いようですけど、今日もまた逆らったんですか?」
「ええ、まぁ。もし良かったら何か温かいものいただけませんか?」
「もうすぐで昼食ですから、栄養のあるスープでも持って来させましょう」
「ありがとうございます」
「あなたに死なれたら管理していた我々が責められます」
「…ええ、そのようで」
料理人との話が終わると、またあどけない少女がタオルを持って待っていた。私の手を取ると何か書き始める。
『さっきはごめんなさい』
「ううん、私が余計なことを言ったから」
私は治癒魔法をかけてもらえるから傷自体はすぐに癒える。でもこの子たちは多分拷問をされてもそのままだ。傷の跡が残っているということはそういうことである。ただ風邪に拷問の疲労が重なってかなり具合が悪い。この世界は治癒魔法で風邪が治らないのが厄介だ。
「良かったらそのタオルで身体を拭いてくれない?」
少女は1つ頷くと丁寧に身体を拭いてくれた。
「ちなみに風魔法は使える?」
『ごめんなさい。使えない。でも昼食の給仕の時に風魔法が使える人を寄越します』
「ごめんね、ありがとう」
約束通り、昼の給仕には風魔法を使える侍女がやって来た。その侍女も私の拷問に立ち会っていて事情は何となく察しているようで、髪と服を温風で乾かしてくれた。私はお礼だと言ってまたご飯を半分食べてもらう。毒見だと言えないのが心苦しいが許してほしい。あの料理人も私のことを気遣ってくれて、随分と食べやすいメニューだった。後は私の免疫次第である。
(お願いカイト、気付いて)
カイトたちが私の居場所を把握しているのかどうかさえ分からなかった。ただ彼なら私のSOSに気が付くはずだ。それを辿って来てもらえるだろう。
(私はここにいるよ。見つけ出して。命が尽きる前に)
私はぐったりと横になって目を瞑った。
次回は来週水曜日の12時台に投稿予定です。
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※「ら抜き」「ら入れ」「い抜き」などの言葉遣いに関しましては、私の意図したものもそうでないものもキャラ付けとして表現しております。予めご了承くださいませ。




