26.大人たちの心配
夕暮れの光が、別荘の応接室へ静かに差し込んでいた。
避暑地の夜は早い。
窓の外では、湖から吹く風が木々を揺らしている。
エドガーはソファへ腰掛けたまま、向かいへ座る神父の話を聞いていた。
テーブルの上では、湯気の立つ紅茶が静かに揺れている。
「最近、町で少し妙な噂が増えておりまして」
神父が穏やかな声で言った。
エドガーは静かに続きを待つ。
「橋の件以降でしょうか」
「“夜道が怖くなくなった”とか、“最近光をよく見る”とか…ほとんどが子供たちの話ですから、他愛のないものですよ」
神父は小さく苦笑した。
「悪い意味ではありません」
「ですが……人の口というものは、思っているより遠くまで流れるものです」
窓の外で、夕暮れの風が静かに木々を揺らす。
しばらく沈黙が落ちた。
やがてエドガーが、小さく息を吐く。
「……思っていたより早かったと言うことか」
低い声だった。
神父は何も言わない。
ただ、静かにその言葉を受け止めていた。
エドガーは窓の外へ視線を向ける。
避暑地へ来てから、リシュアの周囲には確実に変化が起きていた。
精霊は増え、橋の怨霊は消え、グランまでもが動いた。
静かな土地だからこそ、小さな変化は噂になりやすい。
「王都へ戻る頃には、今以上に守りを固める必要があるな」
その時。
控えめなノックのあと、ミレイユが部屋へ入ってきた。
「失礼いたします」
柔らかな声だった。
エドガーはちらりと妻を見る。
「丁度いい」
「今後の話だ」
ミレイユは静かに頷き、エドガーの隣へ腰を下ろした。神父はそんな二人を穏やかに見つめている。
エドガーは腕を組み、ゆっくりと言葉を続けた。
「ルークもよくやっている」
「だが、護衛一人では限界がある」
ミレイユが少し表情を引き締める。
エドガーは低く続けた。
「身を守る術を、あの子たち自身にも身につけさせねばならん」
「剣や体術だけではなくな」
静かな空気が落ちる。
ミレイユはその意味を理解したように目を伏せた。
「……社交界、ですか」
「ああ」
エドガーは短く頷く。
「王都で恐ろしいのは、魔物だけではない」
その声は静かだった。
けれど、戦場を知る男の重みがある。
「人の思惑は、時に剣より厄介だ」
神父は黙って二人を見ていた。
その目には、わずかな憂いが浮かんでいる。
やがて神父は静かに立ち上がった。
「…あの子たちが、穏やかに過ごせれば良いのですが」
ぽつりと零れたその言葉は、祈りのようでもあった。
エドガーは静かに目を閉じる。
窓の外では、小さな光が夕暮れの空をふわりと漂っていた。




