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死者たちがあまりにも悲しそうだったので手を伸ばしていたら、いつの間にか精霊に愛されていました  作者: ちょこだいふく


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25.怖い時に怖いと思うこと

森を出た頃には、空は薄く夕暮れ色へ染まり始めていた。帰りの道中、しばらくの間、四人に会話はなかった。


風は戻っている。

止まっていた空気も、精霊たちも。

けれど、胸の奥へ残った重さだけは消えなかった。

ノアは少し眉を寄せながら前を歩くグランを見る。


「……ああいうの、他にもいるの?」


グランは前を向いたまま答えた。


「おる」


短い返事だった。

ノアは唇を引き結ぶ。


「なんで、あんなになるまで放っておかれたんだろう…」


その声には怒りが滲んでいた。

グランは少しだけ目を細める。


「昔は戦も多かったからな」


「誰にも見つからんまま死んだ奴なんざ、珍しくもねぇ」


ノアは何か言い返しかけ、けれど結局黙り込んだ。

リシュアは静かに俯いて歩いていた。

まだ胸の奥に、あの恐怖が残っている。


——来るな。

——殺される。

——助けて。


あの感情は、今も少し耳の奥へ残響みたいに残っていた。


…怖かった。

…本当に怖かった。


「怖ぇか」


不意にグランが言った。

リシュアは少しだけ目を見開く。

グランは振り返らず、ただ前を向いたまま、続ける。


「怖い時に、ちゃんと怖がるのは大事だ」


風が、静かに森を抜けていく。

リシュアは小さく息を呑んだ。


その言葉は不思議だった。

怖い時に怖がる…当たり前のような気もするが、今までは怖がることそのものを否定していたかもしれない。

怖くても、平気な顔をしなきゃいけないと思っていた。

前世でも…人に迷惑をかけないように、誰かを心配させないように…。

だから、怖いと言っていいなんて、考えたこともなかったことに気がついた。


リシュアは少し迷ってから、小さく呟く。


「……怖かった」


その声は、思っていたよりずっと弱かった。

けれどグランは笑わなかった。


「なら大丈夫だ」


短く、それだけ言った。

リシュアは少しだけ目を伏せる。


胸の奥で、なにかが静かに揺れたような気がした。



その夜。


部屋の窓は少しだけ開けられていた。


湖から吹く風が、薄いカーテンを揺らしている。

リシュアはソファへ座ったまま、ぼんやり窓の外を見ていた。

頭の中では、グランの言葉が何度も繰り返されている。


——怖い時に、ちゃんと怖がるのは大事だ。


不思議な言葉だった。


まるで、今まで許されなかったことを、初めて許されたみたいな気がする。


その時、控えめに扉が叩かれた。


「お嬢様、お茶をお持ちしました」


エルマだった。

リシュアが頷くと、エルマは静かに部屋へ入ってくる。

湯気の立つカップをテーブルへ置きながら、ふとリシュアを見る。


「……今日は、たくさん頑張られましたね」


その声は柔らかかった。

リシュアは少し困ったように笑う。


「私は何もしてないよ」


するとエルマは小さく首を傾げた。


「怖かったのでしょう?」


その言葉に、リシュアの呼吸がわずかに止まる。

エルマは続けた。


「泣きたい時は、泣いていいんですよ」


優しい声だった。

だからこそ、リシュアは条件反射みたいに答えてしまう。


「……大丈夫」


その瞬間、エルマが少しだけ眉を下げた。

責めるわけではなく、困ったみたいに。


「お嬢様は、すぐそう仰いますね」


静かな声だった。

リシュアは言葉に詰まる。

エルマは無理に続きを促さなかった。

ただ、そっと温かいお茶をリシュアの前へ寄せる。


「大丈夫じゃない時くらい、甘えてください」


その言葉は、ひどく静かだった。


なのに、どうしてか、胸の奥へじわりと広がっていく。リシュアは俯いたまま、小さくカップへ手を伸ばした。


温かかった。

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