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死者たちがあまりにも悲しそうだったので手を伸ばしていたら、いつの間にか精霊に愛されていました  作者: ちょこだいふく


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24.救えないもの

グランは振り返らないまま、低く言った。


「……ここから先は、よく見ていろ」


その声は、いつもの軽さが少しだけ消えていた。

森の奥へ、さらに歩みを進める。

踏みしめる落ち葉の音だけがやけに響いた。

風は止み、鳥の声も聞こえない。


——静かすぎる。


リシュアは無意識に胸元を押さえる。

胸の奥がざわつく。


冷たい。

苦しい。


まるで、恐怖そのものが空気へ溶けているみたいだった。


やがて木々が開け、古びた小屋が見えてきた。

それは崩れかけた木造の建物だった。

壁は朽ち、窓ガラスも割れている。


もう何十年も、誰も住んでいないのだろう。


けれど


「……っ」


リシュアの肩が震えた。


小屋の奥…暗がりの中に、何の形もとどめておらず、ただおどろおどろしい気配だけがあった。


ノアも表情を強張らせる。


「これ……」


ルークは反射的に二人の前へ出た。

だがそれは、剣で物理的に斬れるものではない。

濃い感情が、その場の空気をただただ重くしていた。


その時だった。


——来るな。


声が聞こえた。

リシュアの呼吸が止まる。


——来るな来るな来るな……!!


頭の奥へ直接流れ込んでくる。

震えた男の声。


——いやだ……

——殺される……

——見つかる……

——助け……


そこで言葉が途切れた。

代わりに、潰れたみたいな恐怖だけが残る。

リシュアは思わず耳を塞いだ。


「っ……!」


息が苦しい。

心臓が速い。

怖い。

嫌だ。

死にたくない。


感情が、そのまま胸へ流れ込んでくる。


小屋の奥では、どす黒くヘドロのような見た目の影が渦を巻くように漂っている。


もはや人の顔らしいものもない。

ただ、ずっと怯えているのだけがわかる。

何十年も、何百回も、同じ恐怖の中で。


「シア!」


ノアが咄嗟にリシュアの腕を掴む。

リシュアは小さく息を吸った。


引っ張られる。


あまりにも苦しくて、放っておけなくて、

近づかなければいけない気がしてしまう。


その瞬間


「入るな」


グランの低い声が落ちた。

いつの間にか、リシュアの前へ立っている。

鋭い目で、小屋の奥を見つめていた。


「……グラン殿」


ルークが低く呼ぶ。

だがグランは答えない。

しばらく小屋を見つめたあと、ぽつりと言った。


「長ぇ時間、独りだったんだろうな」


その声には、怒りも嫌悪もなかった。

ただ、静かな痛みだけがあった。

リシュアは震える声で呟く。


「……助け…られないの?」


グランはすぐには答えなかった。

小屋の奥では、影がまだ怯え続けている。


——来るな……

——嫌だ……

——殺される……


同じ言葉を、壊れたように繰り返していた。

やがてグランが静かに口を開く。


「……こうなる前ならな」


リシュアの胸が痛む。

グランは続けた。


「感情っつうのは、本来流れるもんだ」


「怖ぇなら怖ぇ、悲しいなら悲しいってな」


「誰かへ零れて、受け止められて、少しずつ流れていく」


風が、かすかに森を揺らした。


「だが、とどまり続けると淀んでいく」


「淀み続けると、そのうち自分が何者だったかも擦り切れて忘れて行っちまう」


小屋の奥の影を見る。


「最後には、“恐怖”だけが残り、繰り返す…永遠にな」


リシュアは唇を噛んだ。

この人は本当に怖かったんだろうな。

きっと、もっと生きたかった…。

なのに、その感情は、誰にも届かなかった。


グランは杖を軽く地面へ突く。


すると、静かだった森の中に小さな光がふわりと現れた。


風の精霊。

水の精霊。

淡い光たちが、ゆっくりと小屋へ集まっていく。


それは橋の時みたいな激しい浄化ではなかった。


ただ、清水が流れるみたいに。

静かに、静かに、淀みを流していく。

影が微かに揺れる。


——ぁ……


かすれた声が聞こえた気がした。


けれどそれが、誰の声だったのかは、わからなかった。やがて、恐怖だけを残していた気配が、少しずつ薄れていく。


森へ風が戻った。


止まっていた空気が、ようやく流れ始める。

グランは小さく息を吐く。


「……だから、気づいてやらにゃならん」


低い声だった。


「完全に壊れる前にな」

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