23.グランの考えてること
森の奥へ続く細い道を、四人はゆっくりと歩いていた。
先頭を歩くのはグランだ。
杖を突きながらのんびり進んでいるように見えるのに、不思議と足取りは速い。
その後ろをリシュアとノアが歩き、ルークは二人を守るように後ろを歩いた。
木々の隙間から差し込む光が、足元へまだら模様を落としている。
静かな森だった。
けれど今日は、いつもと少し違う。
ルークは周囲を見回す。
——精霊が少ない。
まったく居ないわけではない。
だが、避暑地や教会周辺のような柔らかな気配が薄い。
代わりに、森そのものが息を潜めているような静けさがあった。
ルークは小さく眉を寄せる。
グラン殿は、一体どこへ向かっているのだろう。
自然と、数日前のやり取りを思い出した。
⸻
護符を一枚だけ成功させた日の夕方だった。
ルークは机の上の護符を見つめていた。
まだ拙い、だが、自分で見ても以前より柔らかな線になっている。
その周囲では、小さな風の精霊たちが楽しそうに漂っていた。
グランはのんびりと湯気の立つ茶を飲んでいる。
「……まあ、初めてにしちゃ上出来だ」
ぼそりと呟かれたその言葉へ、ルークは思わず顔を上げた。グランはそんなルークを見もせず、ふん、と鼻を鳴らす。
「調子乗るなよ」
「は、はい」
反射的に背筋が伸びた。
するとグランは湯呑みを揺らしながら、ふと思い出したみたいに言う。
「今度、お嬢ちゃんたちも連れて来い」
ルークが瞬きをする。
「……お嬢様方、ですか?」
「他に誰がおる」
真顔だった。
ルークは戸惑う。
「ですが……」
グランは偏屈で人嫌いだ。
しかも橋の件以来、ルーク自身リシュアへ関わることには慎重になっている。大丈夫だろうか…。
そんな空気を察したのか、グランは面倒そうに続けた。
「別に食いやせん」
「そういう心配では……」
「なら連れて来い」
そこで会話は終わった。
結局、理由は最後まで教えてもらえなかった。
⸻
その日の夜、ルークは執務室でエドガーへ事情を説明していた。
机の上には書類が積まれている。
避暑地へ滞在していても、領地の仕事は止まらない。
実際エドガーは滞在中も何度も王都へ戻っていた。
話を聞き終えたエドガーは、しばらく考えるように沈黙していたが、やがて静かに口を開く。
「……グランが、か」
「はい」
ルークはわずかに迷いながら続ける。
「理由は話してくださいませんでした」
「ですが……森の奥へ連れて行くつもりのようです」
危険かもしれない…。
そう言外に滲ませれば、エドガーは小さく息を吐いた。
「まあ、グランがそう言ったのなら、なにか意味があるのだろう」
即答に近かった。
ルークが少し目を見開く。
その隣で、ミレイユがふふっと笑う。
「随分信用しておられるのですね」
エドガーはペンを置いた。
「面倒な男だがな」
低い声だった。
「…人を壊す教え方はせん」
ルークは静かにその言葉を聞く。
エドガーがここまで他人を信頼するのは珍しい。
するとミレイユが、どこか楽しそうに微笑んだ。
「では、お願いいたしましょうか」
リシュアは話を聞くと少し不安そうだったが、最終的には頷いた。
「……うん、行ってみたい」
その言葉を聞いた時、ルークは少しだけ安心したのを覚えている。
⸻
「ルーク」
不意に、ノアの声で意識が戻る。
「どうかした?ぼーっとしてる…」
「…少し考え事を…失礼しました」
ノアはくすっと笑った。
「珍しいね」
その時だった。
前を歩いていたグランが、足を止める。
森の空気が変わった。
風が止んだ。
——あまりにも静かすぎる。
リシュアの表情が、わずかに強張った。
胸の奥へ、冷たい悲しみが滲んでくる。
まるで長い…長い間、誰からも気づいてもらえず沈殿しているような。
グランは振り返らないまま、低く言った。
「……ここから先は、よく見ていろ」
その声は、いつもの軽さが少しだけ消えていた。




