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死者たちがあまりにも悲しそうだったので手を伸ばしていたら、いつの間にか精霊に愛されていました  作者: ちょこだいふく


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2.心配させないように生きてきた

目を覚ましてから数日間、リシュアは熱を出した。


寝込むほどの高熱ではない。

けれど頭の奥がずっと重く、目を閉じるたびに記憶が混ざった。


白いオフィス。

紙の匂い。

パソコンの起動音。


それから。


柔らかなシーツ。

窓辺の花。

ノアの声。


眠って、目を覚ますたびに、自分が誰なのかわからなくなる。


山本栞。


リシュア・フォルレイン。


二つの人生が、まだ上手く馴染まなかった。


「シア、少しだけでも食べられる?」


優しい声に顔を上げる。


ミレイユ…リシュアの母がベッドの傍に座っていた。


淡い湯気の立つスープから、優しい香りがする。


「……少しなら」


掠れた声で答えると、ミレイユはほっとしたように微笑んだ。


「よかった」


その顔を見ているだけで、胸の奥が変なふうに苦しくなる。


こんなふうに心配されることに、多分慣れていない。

前世でも体調を崩したことはあった。


けれどその時最初に考えたのは、休んで周りに迷惑をかけることだった。


引き継ぎ。

謝罪。

返信。


頭に浮かぶのはいつも仕事の事ばかりで、「大丈夫?」と誰かに額へ触れられた記憶は、ほとんどない。


ミレイユはリシュアの髪をそっと撫でる。


「怖かったわね」


その言葉に、リシュアは小さく目を伏せた。


怖かった。

けれど、何が怖かったのか、自分でもよくわからない。


死んだこと?

思い出したこと?

それとも——


前世の自分が、空っぽだったことだろうか。


その日の夜。


部屋の扉を控えめに叩く音がした。


「…シア?」


ノアだった。


少しだけ扉を開けて、遠慮がちに顔を覗かせている。


「入って」


そう言うと、ノアは静かに部屋へ入ってきた。


ベッドの横まで来るけれど、すぐには話さない。


ただ心配そうにこちらを見ている。


その視線に、リシュアはなんとなく誤魔化せなくなる。


「……ごめんね」


「なんで謝るの」


ノアがすぐに返す。


「だって、心配かけたから……」


「それは心配するよ」


当たり前みたいに言われて、リシュアは少し黙った。


前世では、“心配をかけないこと”ばかり考えていた気がする。


迷惑をかけないように。

困らせないように。


でも今、ノアはまるで

心配すること自体が当然みたいに言う。

それが少し眩しかった。


ノアはベッド脇の椅子に座る。


そしてしばらく迷ったあと、小さく口を開いた。


「…シア、起きてから変だ」


リシュアの肩がぴくりと揺れる。

やっぱり気づかれていた。


ノアは続ける。


「なんか、ずっと苦しそう」


責める声ではなかった。

ただ、不安そうだった。

その顔を見ていると、胸の奥がじわりと痛む。


言うべきじゃないと思った。

こんな話、信じてもらえるわけがない。


でも。


ノアはきっと、話さなかったらもっと心配する。

そのことが、なぜかわかってしまった。

リシュアはシーツを握りしめる。


「……変なことを言うって思うかもしれないけど」


ノアは何も言わない。

ただ待っている。


「そんなの夢だって思うかもしれないけど…」


少し息を吸う。

そして。


「でも、思い出したの」


声が震えた。


「わたし……ここで生まれる前に、違うわたしを生きてた」


ノアは驚いたように目を見開いたが、否定はしない。


「……シア」


ノアが静かに呼ぶ。


「うまく言えなくてもいいよ」


リシュアは顔を上げた。


ノアは真っ直ぐこちらを見ていた。


「思い出したまま、ただ、話して」


「俺、ちゃんと聞くから」


その言葉を聞いた瞬間、どうしてだろう。


胸の奥に張り詰めていたものが、ふっと緩んだ。


気づけばリシュアは、小さく息を詰まらせていた。

泣くつもりなんてなかったのに、視界が滲む。


リシュアは少しずつ、ぽつりぽつりと話し始める。


毎日働いていたこと。


朝から夜まで仕事をしていたこと。


誰かが困らないように、必死に毎日を回していたこと。


階段から落ちたこと。


死ぬ瞬間まで、仕事のことばかり考えていたこと。


話しながら、自分でも変な感覚だった。


まるで、ずっと胸の奥に詰まっていたものが、

少しずつ零れていくみたいだった。


全部を話し終えたあと、部屋は静まり返る。


やっぱり困らせたかもしれない。


そう思った瞬間。


「話してくれて、ありがとう。」


ノアは手を握りながら言った。

前世で、こんなふうに誰かに「話していい」と言われ、受け入れられたことがあっただろうか。


その前に、誰かに話そうとしたことはあっただろうか。


思い出せなかった。

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