表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
死者たちがあまりにも悲しそうだったので手を伸ばしていたら、いつの間にか精霊に愛されていました  作者: ちょこだいふく


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

11/20

11.避暑地へ

夏が近づく頃、フォルレイン家は北の別荘へ滞在することになった。


王都より少し涼しい山間の土地で、古くから避暑地として使われている場所だという。

リシュアとノアが訪れるのは初めてのことだった。

馬車に揺られながら、リシュアは窓の外を見ていた。


深い森へと続く道。

やわらかい木漏れ日。

風に揺れる緑の葉。


その隙間に、時折小さな光が踊る。

最近では、意識しなくても自然と精霊たちが見えるようになっていた。


「シア、酔ってない?」


向かい側からノアが顔を覗き込む。


「大丈夫」


そう答えると、ノアは少し安心したように背もたれへ寄りかかった。


エドガーは静かに本を読んでいる。

ミレイユは穏やかな笑みでみんなを眺めていた。


前世では、こういう時間を落ち着かないと思っていた気がする。

何かしていないといけない。

役に立たないといけない。

自分の存在価値をちゃんと示さないといけない。


…そんな焦りが、前世ではいつも感じていた。

でも今、リシュアはただ揺られるこの時間が嫌ではなかった。



別荘へ到着したのは、夕方頃だった。

湖の近くに建てられた古い屋敷で、白い壁には蔦が絡まっている。

屋敷はどこをみても綺麗に手入れされていた。

この場所は空気が澄んでいて、風が涼しい。


「わあ……」


思わず声が漏れた。

湖面が夕陽を映して、きらきらと揺れている。

その上を、小さな光たちが跳ねるように飛んでいた。


「気に入った?」


ミレイユが微笑む。

リシュアは小さく頷いた。


「…はい、とっても綺麗!」


と、その時だった。


サワッ


胸の奥が微かに引っかかった。

リシュアの笑顔が止まった。


「シア?」


ノアがすぐに異変に気づいた。

リシュアはゆっくり湖の方を見る。

風は優しく穏やかで、景色も綺麗で

…それなのに


——寂しい。


そんな感情が、一瞬だけ流れ込んできた。


「……どうしたの?」


リシュアはすぐには答えられなかった。

でも確かに感じた。

誰かが、ずっと待っているような…そんな気配を。



その夜。

別荘の廊下は静かだった。

遠くで虫の声が聞こえる。

リシュアは眠れず、窓辺に座っていた。

湖には月明かりが落ちている。


綺麗だった、けれど

昼間感じた“寂しさ”だけが、まだ胸に残っている。

すると不意に、窓の外を淡い光が横切った。

おそらく、風の精霊だろう。


ふわふわと漂いながら、まるで誘うみたいに湖の方へ飛んでいく。


「……こっちになにか、あるの?」


小さく呟く。

すると光は、少し先でくるりと回ってリシュアを待っていた。


リシュアはそっと立ち上がったその時。


「シア?」


背後から声がした。

振り返ると、ノアが眠そうな顔で立っていた。


「…また1人で行こうとしてる」


少し呆れたみたいに言う。

リシュアは困ったように笑った。


「起こしちゃった?」


「なんとなく気配したから」


ノアは窓の外を見る。

そして小さく息を吐いた。


「…精霊、呼んでるね」


淡い光は、静かに湖の方を漂っている。

ノアはしばらく黙っていたが、やがて観念したように言った。


「一人じゃ行かせないよ」


その言葉に、リシュアは少しだけ笑った。



夜の湖は静かだった。

月明かりが水面で白く道を作るように伸びている。

風は穏やかで、冷たくはない。

二人は湖畔をゆっくり歩いていた。


その時。


——ちゃぷん。


小さな水音がした。

リシュアが足を止める。


湖のほとり。

古い桟橋の先に、“誰か”が座っていた。


白い後ろ姿。

長い髪。

月を見上げるように、静かに座っている。


ノアが小さく息を呑む。

以前より、はっきり見える。

加護のせいなのか、

それともシアの側にいる時間が増えたからなのか。


亡霊は、ゆっくりこちらを振り返った。


若い女性だった。

けれどその瞳は、とても寂しそうだった。

リシュアの胸へ女性の感情が流れ込んでくる。


——帰ってくるのを待っているのに。

——会いたかっただけなのに。

——ずっと待っていたのに。


胸が締め付けられる。

でも同時に、それはとても優しい想いだった。

憎しみではなく愛情だった。

ただ、終われなかっただけ。


リシュアは静かに桟橋へ近づく。

ノアも隣にいる。

亡霊は何も言わずただ、悲しげな顔でこちらを見ていた。


「……待ってたんだよね」


その瞬間。

女性の瞳が揺れた。

月明かりの下で、雫が零れる。

リシュアは続けた。


「ずっと、帰ってくるって信じてたんだね」


「寂しかったよね」


亡霊は声もなく泣いていた。

その涙だけで、全部伝わってくる。

リシュアはそっと笑う。


「でもね」


「きっと、その人も帰りたかったと思うよ」


風が吹いた。

湖面が静かに揺れる。

するとそこには光が現れた。

その光は人の形を作り、亡霊の女性に手を伸ばす。


女性の肩が、小さく震えた。


「この人も…会いたかったんだね」


光は静かに女性を包む。


その瞬間、女性の表情が崩れる。

泣きたかったのを、ずっと堪えていたみたいに。

そして二つの光は一つになり輝いた。


リシュアはゆっくり手を伸ばして言った。


「ちゃんと、愛されてたんだね」


その言葉と同時に光は溶けていった。

風が優しく吹き抜ける。

月の光だけが湖面で揺れていた。


最後に彼女は、少しだけ笑った気がした。


——ありがとう。


そんな声が、確かに聞こえた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ