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#06 恋と錯覚



翌日、同じシフトの桜と出勤前にランチをした。


桜のリクエストで、職場から近いところに最近オープンしたという、ピザの専門店へ足を運んだ。


待ち合わせから店までの道で、桜は自分のピザ好きを熱心に語っていた。

「表面はカリッと中はモチッとしてなきゃ本当のピザとは言えない!」とか、「窯から出した時からピザの劣化が始まるのよ!」とか、隣でうるさく熱弁していた。


そういえば、アユムもピザが好きだったな……とぼんやり思い出した。


“ナポリ PIZZA”と書かれた大きな看板が掲げられたそのお店は、イタリアらしく緑と白と赤の色合いがセンス良く彩られたオシャレな外観だった。


店に入ると、ピザを焼くいい香りがして、レジカウターの向こうに黒光りした大きな窯が見えた。

丸いテーブル席に通され、メニューを見ると、ピザの専門店というだけあってたくさんの種類が載っていた。

ふたりして目移りしてしまったので、シェフのオススメを注文した。


ふう、と桜は息をつき、水をひと口飲んでから、楽しそうに口を開いた。


「それで?昨夜は元彼と、どうだったの?」


唐突な質問に、グラスを持ちあげた私の両手が止まり、静かにそれをテーブルに置いた。


「私がね、“アユムが離れていくの寂しい”って言ったら、“依存するなら他探せ”って突き放された」


思い出すだけでも胸が張り裂けそうだった。


「煮え切らない女よね。結婚を決めれば離れていかないのに。元彼がちょっと気の毒かな」


「自分でもわかってるよ」


私はうんざりした様子で言って、言葉を続けた。


「あとね、“私のこと本当に好きなら手放さないよね”って言ったら、“本当に好きだから結婚したかった。でもその気がないヒナを縛り付けるのは可哀想だから、別れたんだろ”って」


「元彼、大人だわ。未熟さと成熟さの対比がすごい」


「好きなら手放さないで欲しかったよ。アユムにも言ったけど、別れなんて私は望んでない」


「だったらその気持ち押し切って結婚しちゃえばいいじゃん。後悔したら離婚すりゃいいんだから」


桜の軽い考え方に少し救われたけど、私は唇を尖らせてそっぽを向いた。


「そういうのは嫌なの」


「ワガママ~」


桜は純度100%の呆れた目で私を見つめた。


「もうさ、とりあえず元彼のことは置いといて、新しい出会いに目を向けてみたら?いい人紹介するよ」


「いい人って?」


その気はないけど、食いついてみた。


「私の旦那の友達」


私は目を大きく開いてぱちぱちさせた。


「桜、結婚してるの!?」


「あれ?言ってなかったっけ?結婚2年目の新婚よ」


桜は片手で頬杖をつきながら、得意げな顔で笑った。


「でも指輪してないよね」


私が指輪のない左手薬指に目をやると、桜は肩をすくめた。


「うん、そういうのはいいかなって」


「ずいぶん若くして結婚したんだね」


「今のヒナの歳かな。ちなみに旦那はひとつ上」


「そういうことは早く教えてよ。結婚についていろいろ聞きたい」


「べつに教えるもんじゃないわよ。好きなら迷わず結婚するべし」


桜は人差し指を立てて、胡散臭い占い師みたいに言った。


「迷ったり悩んだりしなかったの?」


「しないかな。この人と離れたら寂しい、この人のためなら自分を犠牲にできるって思えて、大好きだったから」


「私もそうだよ」


自分で言っておきながら、その言葉は軽い口どけのマシュマロみたいにふわりとしていた。


「ヒナ、相手を優先に考えて自分を犠牲にできてた?」


「あんまりなかったかも……」


「あとね、彼と一緒に、何も起きない日を過ごしても心地良かったの。ヒナはどうだった?」


私は一瞬考えてから、首を横に振って答えた。


「会う度に何か楽しいことしたい」


桜は大きなため息をついた。


「ヒナは、きっと、恋に恋してるのよ。元彼のことが本当に好きなわけじゃない。付き合いを切られて、ただ寂しいだけ」


そうかなぁ、と私はぼやいた。


「気分転換にデートしてみたら?何か気がつくかもよ」


少し考えてから「うん」と返事をしようとしたところに、焼きたてのピザが来た。


「お待たせいたしました。シェフのおすすめでございます」


「わ、おいしそー!」


桜はガールズトークなんてそっちのけで目の前に置かれたピザに釘付けになっていた。


ルッコラとトマトとベーコンがトッピングされ、ふんだんにかかったチーズがとろけていた。


「早く食べよう!おいしさ損なわれちゃう!」


急かされるようにして手に取り、口へ運んだ。


長時間かけて熟成されているらしい熱々のピザ生地は、もっちりしていて、中心部は薄く、耳は丸く膨れていた。


「ん~、幸せ」


片手を頬に当て、そう言う桜の幸せそうな顔は、チーズのようにとろけていた。

その“幸せ”は、結婚生活を謳歌する既婚者の惚気にも聞こえた。



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