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#50 365段の先



玉こんにゃく、ソフトクリーム、湯の花まんじゅう。

石段街を登りながら、あれこれ食べ歩き、途中で射的も楽しんだ。


クレープのあとの玉こんにゃくまではあまり距離は感じなかったけど、玉こんにゃくからのソフトクリームまでは距離があって、私の笑顔が消えそうになったところに、射的の店に立ち寄ろうということになった。


正直、昭和の古びた遊びくらいにしか思っていなかった。でもそれは大きな誤算だった。

コルク銃を肩まで持ち上げ、真剣な表情で狙いを定めるアユムの姿はひどくかっこよくて、景品よりも先に私の心を撃ち抜いた。

射的という遊びを考えた昔の人に、心から感謝していると、アユムはキーホルダーになったキティちゃんの小さなぬいぐるみをあっさり撃ち落とした。


そのあとは、ほくほくした気持ちと食べ歩きがスタミナになって、スムーズに石段を登り詰めた。

とうとう頂上の伊香保神社に辿り着く寸前で、前を歩くアユムが振り向いて私に手を伸ばした。

その手を取って、私はてっぺんの地に足をつけた。


最上段に構えた鳥居の下に立って石段を見下ろすと、その景色は圧巻だった。

広い空の下に今歩いてきた道のりがミニチュアのように小さく見えて、自分が大きく感じた。

この街の支配者にでもなったような気分で、どんなことでもできそうな気になった。

365段なんて無理だと思っていたのに、本当に登り切れた。ふつふつと達成感が込み上げてくる。


「すごい!登れちゃった!」


疲れた足を忘れて、思わず飛び跳ねたくなりながらアユムに笑いかけた。


「頑張ったな」


アユムは穏やかに微笑んで、私の頭に優しく手をのせた。これだけで頑張ってよかったと思える。


「アユムのおかげだよ。ありがとう」


根性なしの私は、アユムがいなかったら途中で放棄していたかもしれない。

アユムがいたから頑張ろうと思えた。

それはきっとこれからの人生、何か困難に直面した時もアユムと一緒なら頑張れるのかな……ふとそんな想いが胸に生まれた。


アユムの優しい眼差しに包まれていると、靴底で砂を擦る足音が間近に聞こえた。


「そこのカップルー。ここイチャつき禁止なんですけどー」


白けた顔をした潤くんが、口元に片手を当ててそう言いながら近づいてきた。

ジーパンを履いたラフな服装だけど上から下まで真っ黒で、日に当たるほのかな茶髪とシルバーのネックレスも相まってホストみたいだ。

隣には同伴の美人客、いや、疲れ知らずの涼しい顔を見せる紗知の姿。


「ヒナお疲れ。ねぇ、お参りしよ!ここね、縁結びとか子宝のご利益があるらしいよ」


そういうスピリチュアルがかった話は大好きだ。


「え、ほんと!?するする!」


「っしゃ!気合い入れてお参りしようぜ、アユム!」


潤くんの張り切る言葉とアユムの呆れたため息を背中で聞きながら、私と紗知は拝殿へ向かった。



大きな鈴がついた綱が四本も垂れ下がっていた。

心ばかりの賽銭をそっと投げ入れて、綱を揺らした。鈴はガラガラと音を立て、境内に響き渡った。

手を合わせて目を閉じると、心の中で神様にお願いした。賽銭は少ないのに、アユムとのことをたくさん祈った私は神様に『ケチだな』と思われたかもしれない。

目を開けると、隣にいた紗知はもういなくて、代わりにアユムと潤くんが目を閉じて手を合わせていた。

紗知は神様相手でもあっさりだ。


「長かったね。何祈ってたの?」


境内の端っこにいた紗知のところへ行くと、紗知は無邪気な笑顔で聞いてきた。


「アユムと仲良くいられますように、アユムと喧嘩しませんように、アユムといつまでも笑っていられますように、アユムに可愛いって思われますように、アユムと美味しいものが食べられますように、アユムと──」


「神様を困らせるな」


振り向くとアユムが苦笑していた。

途端に私は恥ずかしくなって唇をきゅっと結んで俯いた。


「なぁ、どっか飯屋入ろうぜ。微妙に腹減った」


潤くんがお腹をさする。

色々食べ歩き、空腹感はたしかに微妙だったけど何か食べたい欲はあった。


「じゃあ、下ってうどん屋さん行こっか。このへんは水沢うどんが有名で、日本三大うどんの一つとされてるの。伝統的な手打ちうどんよ」


またひとつ、紗知の知識の豊富さに感心しながら、私たちは石段を降りていった。



紗知が案内してくれたのは、石段街近くにある大澤屋という店だった。

「水沢うどんと言ったら大澤屋が有名なんだって!」という紗知の情報通り、行列ができていた。

大きな看板はない。ドアの前に飾られた垂れ幕に『水沢うどん 大澤屋』と控えめに書かれているだけだった。

周囲の古風な建物とは違って、真っ白い外壁の作りはそこだけ、現代の風を吹かせていた。

四人で最後尾に並ぶと、紗知がうんざりそうに口を開いた。


「潤くん。名前、書いてきて」


潤くんは文句ひとつ言わず少し慌てた様子で、店先に置いてある名簿に名前を書きに行った。

紗知にこき使われるのが板についている。

クスクスと笑うと、紗知が私を振り向いた。


「なに?」


「紗知、女王様みたい」


紗知は認めるように苦笑を浮かべた。


「だって潤くん、気が利かないんだもん。さっきの射的だって、自分の景品ばっかり狙ってるんだよ?ヒナはいいよね。アユムくんにお姫様扱いしてもらえて」


紗知は、バッグについたキティちゃんのぬいぐるみを指先でピン!と弾いた。

この小さなぬいぐるみひとつで、アユムに大切にされている気がした。


「あ、戻ってきた。何番目だった?」


潤くんが戻ってきて、紗知が尋ねた。


「九番目。聞いたら三十分から四十分待ちだって」


「ま、土曜日のお昼時だからしょうがないか。じゃあ並びながら午後の予定立てよう」


紗知が声を弾ませる。

時計を見たら12時半を過ぎたところだった。


「ここから少し歩いたところにロープウェイ乗り場があるから、それに乗って展望デッキに行こうよ。天気がいいと伊香保の絶景が見えるみたいなんだ。そのあとはまたこっち戻って来て、お土産見て、ホテル戻ってゆっくりするっていうのはどう?どこか行きたい場所ある?」


「いや、完璧!それで行こう!」


潤くんが親指を立てたその隣で、私とアユムは紗知に向かって頷いた。

すると紗知は満足そうに笑った。


石段街を行き交う観光客を眺めながら、気がつけば紗知とばかり話していた。

「バイトでこんなことがあってね」、「最悪な男とデートしたことあったよ」、「アユムの元カノに会ったんだ」。

紗知は同情の眼差しをくれたり、身を乗り出すように食いついてきたり、「私もハネムーンでこんなことがあって~」「超幸せだったよー!」なんて楽しそうに話してくれた。

久しぶりなんて感じはしない。それでも会えなかった時間を埋めるみたいに、女同士の会話は尽きなかった。

隣のアユムをチラリ見ると、潤くんと楽しそうに話していた。

行列は思ったより早く進み、話に夢中になっているうちに先頭になって名前を呼ばれた。



「あ~おいしかった~!」


私は満たされた声を上げながら、満腹とばかりに両手をお腹に添えて店から出た。

つるつるとした喉ごしの水沢うどんの余韻がまだ残っている。


「ね!おいしかったね!また食べたい!」


振り返った紗知もいい気分そうに笑っていた。


「讃岐もいいけど、水沢うどんのファンになりそう!」


私が目を輝かせると三人は笑った。


「ヒナちゃん食べたあとはめっちゃ元気だね」


潤くんに図星をつかれて恥ずかしくなった。


「い、いつも元気だもん!ね!アユム!」


「さぁな。必死な顔になってるぞ」


アユムの大きな手のひらが、私の顎を包んでムニッと頬を掴んだ。

頬の肉が中央に寄る。その顔を見た紗知と潤くんがさらに笑った。


笑い声が残ったまま、私たちはロープウェイ乗り場へ向かった。

紗知の知識によると、石段の200段目あたりの横道を道なりに進むと乗り場に着くということで、166段目にあるうどん屋から、もう少しだけ石段を登ることになった。

石段街から道を逸れて五分くらい歩くと、年季を感じる五階ほどある建物が見えてきた。


一階で往復チケットを買って、乗り場のある四階へ。天気がいい休日の昼の時間帯ということで少し混みあっていて列ができていた。

「待ちそうだね」という紗知の言葉は現実のものとなり、三十分ほど待ってようやく乗ることができた。

ゴンドラは思っていたより小さくて二十人ほどが乗ってぎゅっと埋まった。紗知たちとは狭い空間で離れてしまったが、私はどうにか後方の窓際をキープできて、広がる雄大な山々と小さくなっていく地上の景観を眺めることができた。


「すごい景色だな」


すぐ後ろに立つアユムが、折り曲げた片腕を窓に預けるようにして、少しだけ身を寄せてきた。

混んでいるゴンドラ内でそれはすごく自然な動きだったけど、私の心臓は不自然に乱れ始めた。


「高いところ平気?」


アユムの声が近い。

高いところは平気だけど、この状況は平気じゃなかった。


「うん、平気。でも……」


「ん?」


「この距離感は平気じゃない……」


いつの間にか見晴らしのいい景観よりも、背後に感じるアユムの温もりに心を奪われていた。


「俺も」


アユムが余裕なさそうに笑った。

幸いにも私たちの会話は、ゴンドラ内に流れているアニメ声の観光ガイドアナウンスに紛れた。


乗るまでに三十分もかかったわりに、乗車時間は驚くほど短かった。

ゴンドラから降りると疲れた様子の紗知と潤くんがいた。


「ねぇ聞いてよ!潤くんてばあの満員をいいことにおしり触ってきたの!」


「どこ触ろうがいいだろ、夫婦なんだから!」


「公共の場で触らないで!」


「だいたい触ってねーよ!揺れてぶつかっただけだから!」


夫婦ともなればちょっといやらしい行為も、ここまで開けっぴろげにできるものなのか。

その距離の近さが、少し羨ましく思えた。


「もう、隙あらばすぐ変なことしようとするんだから!もう!ヒナ行こ!」


「え?」


紗知にグイッと腕を組まれて、次の瞬間、アユムと距離が離れていく。


「あんなんで騒いでガキかよ!アユム行こーぜ」


潤くんが私たちとは違う方向に歩いていく。

私は振り返って、立ち尽くすアユムを見ることしかできなかった。



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