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#24 嫉妬



私のぎこちない気持ちなんてお構いなしに、披露宴が始まった。

照明が少し落とされた薄暗い中、“CAN YOU CELEBRATE?”のイントロが流れると、私の目頭はもう熱くなった。

重なる拍手の中、照れくさそうに入場する新郎新婦の姿を、思わずスマホで撮る。


高校生の頃、メイクを一緒に研究して、慣れないヘアアイロンに格闘しながら髪を巻いて、これじゃないあれも違うって鏡の前で取っかえ引っ変え洋服を選んで。そんな時間を一緒に過ごした紗知が、今は完璧なヘアメイクと、綺麗なドレスに身を包んでスポットライトを浴びている。

まるで、蛹から羽化した蝶みたいだった。

見惚れるくらい綺麗で眩しくて。それなのに、私はまだあの頃のままで、少し置いていかれた気もした。


主賓の挨拶と乾杯が終わり、一気にカジュアルな雰囲気に変わった。ガヤガヤと賑わいを見せ、料理が運ばれてくる。

あまり馴染みのないフレンチにソワソワしながら、ぎこちなくフォークを動かす私の隣で、アユムは手馴れた様子で食べていた。

私は完全にこのおハイソな料理に弄ばれているというのに、アユムは弄んでいるように見えた。そんな姿にも見惚れてしまう。


カチャン、と何かが落ちる音がした。


「あー、もう、ダメだよ。危ないでしょ」


香織さんが子供を優しく窘めてから、屈んで拾おうとすると、スタッフがさっとやって来て拾い上げた。


「あ、すみません……」


「新しいものお持ち致しますね」


香織さんは申し訳なさそうに、ぺこりと頭を下げた。


「もうこの子ってば、色んなものに触りたがるの。昨日なんて、パパの食べてた納豆を手掴みして、その手で飼い猫の尻尾掴んで。色々大変だった」


「それは猫も大変そうですね」


アユムがさらっと返すと、テーブルにクスッと笑いが起きた。


「でも子供がいる生活っていいけどね。笑えて楽しくて」


「てんてこ舞いだけどな」


「またそれがいいんじゃない。子供と一緒に成長できて」


「それもそうだな」


夫婦の何気ない軽いやり取りで、“幸せ”を見せられた気がした。

それはどんな高価なものより魅力的で、あたたかくて、思わず手を伸ばしたくなるようなものだった。


「ヒナちゃんも早く子供、欲しいんじゃない?」


「可愛いママになりそうだな」


香織さんと怜司さんの不意打ちみたいな言葉に、私は固まった。

結婚のこともちゃんと向き合えていないのに、子供のことなんて考える余裕はない。

子供は好きだし、いつかは欲しいと思う。

でもそれは、ぼんやりとした未来で、今すぐなんて考えたことはなかった。

アユムはどう思っているんだろう。


「私は、いつかは欲しいけど……アユムとも相談しなくちゃ」


なんとなく恥ずかしくなって、私は俯き気味で答えた。


「そういうことは、結婚する前にちゃんと話し合ったほうがいいよ」


香織さんが子供の口を拭いながら私に視線を向けた。


「どうなんだよアユム~」


怜司さんが面白がって口を挟む。


「もちろん欲しいですよ。サッカーチームができるくらい」


「え!?」


私と香織さんと怜司さんの声が重なった。

アユムはふっと笑った。


「冗談です。二人かな」


私はホッと胸を撫で下ろした。


そんな他愛ない会話を楽しみながら、時々、高砂席を見ると、新郎新婦はひっきりなしに友達に囲まれていた。

でもその合間に紗知と目が合っては、手を振り合ったりして、時間はゆっくり過ぎていった。


メイン料理になると、カチャカチャ音を立ててナイフとフォークを動かす私とは違って、アユムはそれらを優雅に扱い、食事を堪能しているようだった。

メニューに目を落とすと、牛ほほ肉の赤ワイン煮込みと書かれていた。


「アユム、ナイフの使い方が上手だね」


「ヒナは料理に遊ばれてるな」


意地悪く笑うアユムの横顔すら愛おしい。


「慣れてないもん。難しいよ」


「押し切るんじゃなくて、刃を引くようにするんだよ」


言われた通りにやってみる。嘘みたいにスッと切れた。

まるでお豆腐を切るような、柔らかい、そんな感覚だった。


「ほんとだ。アユム、すごい!」


「俺を信じればうまくいくよ」


優しい口調で言われて、静かに胸に落ちた。

まるで、結婚のことも言われているみたいな気がした。

本当にそうなのかもしれない。そう思うと、胸の奥で凝り固まった臆病な気持ちが、ほろりと崩れていく。口の中でほろほろほどけていくこのメイン料理みたいに。


「そうだね……」


そう言ってナイフを進めようと手を動かした時、非常ベルみたいにけたたましく、香織さんの子供が泣き始めた。


「どうしたの~、わかったわかった、抱っこしよっか」


香織さんは自分の食事を中断して、慌てて子供に手を伸ばす。


「ごめんね、うるさくて」


子供をあやしながら、香織さんは私とアユムに向かって気まずそうに笑いかけた。

私は口元に笑みを浮かべて首を横に振った。


正直、このくらい賑やかな方がよかった。

アユムとの結婚に向き合えていない私が、幸せが充満したこの部屋でアユムの隣に座って、幸せそうな紗知を眺めるなんて、外野の声がなかったらこの空気に押し潰されていたかもしれない。


「ちょっと外出るね。オムツかもしれない」


香織さんはそう言うと、立ち上がって席を離れた。泣き声が少しずつ遠ざかっていく。


「悪いな。雰囲気壊しちゃって」


怜司さんがグラスに残っていたビールを飲み干した。


「気にしないでください。子供は泣くのが仕事ですから」


アユムが、落ち着いた声で優しく言う。

泣きわめく子供にも寛容で、アユムの新たな一面を見た気がした。

良い夫にも、良い父親にもなりそう。そんなことを思いながら密かに顔を緩ませていると、カチャッと音を立てて、怜司さんが握っていたナイフとフォークを置いた。


「そうだ。俺、潤の親御さんに挨拶してこないと」


思い立ったようにそう言い残して、颯爽と別のテーブルへ行ってしまった。


急に、二人になってしまった。

周りはガヤガヤと賑やかなのに、このテーブルだけがやけに静かで、ナイフとフォークが食器に触れる音だけが鳴っていた。

なんだか、妙に意識してしまう。


「二人きりだな」


アユムのその一言で、心臓が大きく音を立てた。


「う、うん……そうだね」


返事がぎこちなくなってしまう。

チラッとアユムを見ると視線が重なり、ふっと微笑みかけられた。

私は照れる顔を必死に抑えながら、視線を泳がせてそのまま少し俯いた。胸の鼓動が止まらない。

付き合っている時はここまでではなかったのに。別れていた三ヶ月で免疫がすっかりなくなってしまったみたいだ。


「あれー?かわい子ちゃん、はっけーん!」


突然、背後から声がして、ガバッと肩に腕が回された。


「えっ?」


驚いて顔をあげると、知らない若い男の人の顔が肩越しにあって驚いた。笑顔で、近い。

無造作風にセットされた茶色の髪。前髪の隙間から覗く目は、愛嬌たっぷりに細められていた。


「おぉー!後ろ姿も可愛いけど、前から見てもかわい子ちゃんだな!」


男は私の肩に腕を回したまま、まくし立てた。


「俺、潤くんの職場の後輩でーす!ここで出会い探してて、かわい子ちゃんがいいなーって!お姉さんよかったら俺と一緒に酒でも……」


そこまで言うと、男の視線がアユムの方に向き、急に言葉が止まった。


「あ、やっぱいいっす。すみませんでした!」


走り去っていく。というより、逃げていくみたいだった。


私が首を傾げてアユムの方を見ると、アユムは静かにシャンパンのグラスを傾けていた。

喉元がわずかに動いて、シャンパンがゆっくり落ちていく。その仕草がやけに色っぽく見えた。


「かわい子ちゃんだって。ナンパされちゃった」


アユムに心配してほしくて、私は嬉しそうにそう言ってみた。

アユムは静かにグラスを置いた。


「……見てた。俺が隣にいてよかった」


「アユム、圧かけたでしょ。ちょっとくらい喋りたかったのに」


少しむくれてみせた。

別に、本心じゃない。アユムも女の人に声をかけられて楽しそうに喋っていたから、ちょっとした対抗意識だ。そのわりに炎はメラメラ燃えてるけど。その炎を吹き消すみたいに、アユムが鼻で笑った。


「どうせ、俺の反応を見たいだけだろ。逆ナンの仕返しで」


アユムはもう一度、シャンパングラスを傾ける。

レンズ越しの視線は見透かすように細められている。わずかに開いた唇に残りのシャンパンが流れ込んでいくのが見えた。


図星で何も言えないでいると、アユムは軽く肘をついて指先を頬に当て、身を乗り出してきた。


「それとも、ああいうのがいい?」


無表情だけど鋭い視線でジッと見つめられて、動けない。まるで拘束されているみたいだった。


「茶髪で軽くて、可愛い子に手当たり次第に声掛けて。将来のことなんて考えてなさそうで」


ひどい言われようだった。私も茶髪なのに。


「その場のノリで口説いて、適当に抱いて、次の日には女の名前も忘れてそうな奴」


アユムの表情は変わらないのに、低い声は少し尖っていた。


「……で?どっちがいい?俺?あいつ?」


一歩も引かないアユムの視線。じりじり詰め寄られているみたいで、言葉が出てこない。

私は精一杯、小さく口を開いた。


「そんなの……」


「そんなの?」


すぐに低い声で聞き返される。

逃がしてくれないみたいに。


「……まぁ、ああいうのに取られる気はないけどな」


アユムは静かに言い捨てた。


「アユム、酔ってる?」


「酔ってない。ヒナがよそ見するからだろ」


そう言ってアユムは、私の額を軽く小突くと、椅子の背にもたれて髪をかきあげた。


もしかするとこれは、“嫉妬”なのかもしれない。

アユムはいつも余裕で、大人で、冷静で。

感情に振り回されたりしない、嫉妬なんて似合わないと思っていたのに。今まではそういう場面がなかっただけだったのかもしれない。

アユムの心にも、みんなと同じように嫉妬の導火線があって、何かのきっかけで火がつくんだ。


嬉しくて、ふふっと笑いがこぼれた。


「なんだよ、嬉しそうだな」


「えっと……べつに」


語尾を弾ませて言い、シャンパングラスに手を伸ばした。ひと口、口をつけると、甘味と酸味が乾いた喉を通りすぎていく。さっきまでのアユムを思い出すと、心まで潤った気がした。


「それではここで、新郎新婦はお色直しのためご中座となります」


司会のアナウンスで一瞬、空気が切り替わった。

拍手の中、紗知はお母さんと手を繋いで、潤くんは小さな甥っ子に手を引かれて会場を出て行った。



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