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#23 ヒナしか見えてない



挙式中も、私はずっとモヤモヤしていた。

アユムに言い寄る女の人たちの顔と、余裕そうにそれを受け流すアユムの顔が、頭から離れずにいた。

でも、チャペルの大きな扉が開いて、純白のドレス姿でベールを被った紗知と、緊張した面持ちの紗知のお父さんが並んで立つ姿を見た瞬間、思わず少し感極まった。


紗知には悪いと思いながら、バージンロードを歩く二人を見守るふりをして、何度もアユムの方を見た。

見る度に目が合って、逸らして、また目が合って。そんなことを繰り返しているうちに、ステンドガラスが圧巻の祭壇に、新郎新婦が背を向けて並んで立っていた。

誓いの言葉を交わし合い、指輪を交換する。

流れ作業みたいにも見えたけど、そのひとつひとつが写真に収めておきたいくらい美しい時間だった。


およそ六十人の招待客に見守られながら、二人はそっとキスを交わした。

ベールを上げて見えた紗知の横顔は、今まで見たことがないくらい幸せそうな顔で、少し羨ましくなった。



感動的な挙式と写真撮影を終えると、ゲストはロビーへ移動した。遠目にアユムの姿を見つけたけど、また、違う女の人に声をかけられているようだった。


今日のアユムはどうしたんだろう。モテモテだ。それとも、私が知らないだけで日常茶飯事なのだろうか。


そういえば、アユムと表参道のカフェでデートをしている時に、トイレから戻ると女の人と話をしていた。アユムは「駅までの道を聞かれただけだよ」と言っていたけど、あれもまさか逆ナンだったのだろうか……と今になって思う。

それは青山でも……恵比寿でも……。あれ、何回あったっけ。

その度に呑気な私は、アユムの言葉を信じてしまったけど。おまけに「アユム親切だね」と朗らかに笑っていた私はなんて素直だったんだろう。

湿気たお煎餅を食べた時みたいなやるせない気持ちが通り過ぎていく。

やがてスタッフの声がして、披露宴会場へ移動した。


そこは広く、華やかな空間で、私の足は入口から少し歩いたところで思わず止まった。

新郎新婦が座る高砂は、可愛いものが好きな紗知らしいピンクのガーベラで囲まれていた。

ゲストのテーブルは五人がけの円卓で、中央に置かれた生け花もやはりピンクのガーベラだった。それは白のテーブルクロスにとても映えている。


クラッチバッグから座席表の紙を取り出した。

受付けした時にもらったものの、すぐに友達との話に夢中になってしまい、座席表を確認しないで過ごしていた。

自分の名前を見つけた瞬間、息が止まった。


高砂に近いテーブルで“新郎新婦共通の友人”として、アユムと同じテーブルだった。それも、隣同士。

やった!嬉しい!という気持ちと、ありえない……ちょっと無理……という気持ちが見事にひとつに重なった。


アユムと別れたあと、私はすぐに紗知にそのことを話した。どんな意図があるかは知らないけど、別れていると知っていて同じテーブルにしたんだ。綺麗な顔をしていてなんて悪趣味な奴……。でもそのお節介に、少しだけ救われている自分もいるんだけど。


そのテーブル席にはまだ誰も来ていなかった。

私は自分の名前の席札を確認すると、両手で椅子を引き出して座った。新郎新婦の席がよく見えた。

ナイフとフォーク、品のいいプレートにピンクのナプキン。そんな素敵なテーブルセッティングの中に、ちょこんと手書きのメッセージカードが置かれていた。


『ヒナへ。

今日は来てくれてありがとう!

ヒナとは8年の付き合いだね。まさかこんなに長く続くなんて……うそうそ、ちゃんと思ってたよ♡笑

ヒナの素直さと天真爛漫さに、いつも助けられてきたの!

これからもよろしくね♡ 紗知』


短いメッセージの中に紗知らしさがぎゅっと詰まっていた。読んでいて思わず、ふふっと笑ってしまう。


「ヒナ」


低い声に呼ばれて振り向くとアユムだった。

ニヤけていた顔がちょっと強ばってしまう。


「アユム……同じテーブルで隣同士の席なんてちょっとびっくりしちゃった」


「俺は嬉しいよ」


アユムが静かに椅子に座る。その所作すら色っぽい。その横顔に、私も……と素直に言えず、視線を落とした。


「ドレス、似合ってるよ。可愛いな」


俯いている顔が思わず緩む。チラリとアユムを見ると、優しい眼差しが私に向けられていた。


またしても、大人なアユムにとって、気まずさなんて何処吹く風だ。私だけが嬉しくなったり気まずくなったりしている。

どんな顔をしたらいいかわからなくて、私はまた少し俯いた。

今までと変わらないアユムのはずなのに、さっきの光景がチラついて、ちょっと違って見えてしまう。


「……アユムも。今日は一段とかっこいいよ。誰かに取られちゃうかもって心配になるくらい」


本当は、胸の奥で引っかかっている嫉妬をぶつけたい。

さっきの女の人たちにも同じこと言ったの?

何話してたの?何て答えたの?

小さく口を開きかけた時、膝の上に置かれていた手を、そっと握られた。


「ヒナしか見えてないから」


顔を上げてアユムを見ると、女の人たちと談笑していた時とは違う、少しだけ余裕に欠けたような瞳で私を見ていた。


“ヒナのことになると余裕なくなる”

そう言っていたのを思い出して、胸の奥がくすぐったくなった。


ゆらゆら浮かんでいたシャボン玉が、跡形もなく弾けたみたいに、不安の欠片さえももう残っていない。


アユムの温もりがスッ…と離れた。


「ヒナちゃん、アユムくん久しぶり~」


声の方に顔を向けると、紗知の幼馴染の香織さんが小さな子供を抱えて私の隣の空いた椅子に手をかけていた。

私と紗知よりも六歳年上の彼女はすごく大人っぽくて、シンプルな黒のドレスでも艶やかに見えた。


「こんにちは、香織さん。お久しぶりです。夢ちゃんも久しぶり~!」


夢ちゃんの無垢な表情が可愛くて、思わず顔がほころんで、あやすみたいに小さく手を振ってしまう。


「あれ?怜司くん、まだ来てない?またナンパしてるのかな?しょうがないパパですねー」


香織さんはそう言いながら夢ちゃんをベビーチェアに座らせると、自分も椅子に腰を下ろした。


紗知の隣の家に住んでいた彼女は、紗知のお姉さん的存在だ。紗知の家に初めて遊びに行った時、小綺麗なリビングで紗知のお母さんと香織さんがワイドショーを見て笑っていた。

でもすぐ私に気がついて「こんにちは、初めまして」と人懐こい笑顔で言ってくれた。そのハーフみたいに整った顔立ちはタレントかモデルかと思うほどだった。


話を聞けば普通の大学生で、香織さんはよく「私は恋愛マスターよ」と豪語していたから、私も、恋愛相談とか恋愛の手ほどきをよく教わった。


紗知に潤くんを紹介したのは、当時、香織さんの彼氏だった怜司さんだ。その二人も、今では夫婦になっている。

紗知と潤くんの縁がなかったら、私とアユムは出会えていなかったかもしれない。


「ねぇ、ヒナちゃん。いい色のドレスだね。私もカラードレスにすればよかったかな~、でも既婚者で子供もいるし、黒で落ち着くべきか」


くっきりとした顔立ちと陶器みたいな白い肌に、サテンの黒いドレスが本当によく似合っている。一歳の子供がいるお母さんには見えない。


「よくお似合いですよ」


さらっとそう言ったのはアユムだった。

アユムの敬語に萌えつつも、気分が少しだけザラついた。


「やだ、アユムくん。相変わらず優しいね」


香織さんがクスッと笑う。


アユムは誰にでも優しい。それも魅力で好きになったはずなのに、いつの間にかそれがちょっとした不満に変わっている。


「おいアユム。俺の嫁さん、そそのかすなよ」


香織さんの夫で、紗知の夫の潤くんとも昔からの付き合いらしい怜司さんが、どこか自慢げにニヤリと笑いながら現れた。


「怜司くん。ご無沙汰してます」


怜司さんはアユムよりも三歳年上で、潤くんの家の隣に住んでいたことから、昔からアユムとも繋がりがあったらしい。

『悪いことは全部、怜司くんに教わった』と聞いたことがある。


「遅かったわね。どこ行ってたの?ナンパ?」


「いや、トイレ行ったら迷っちゃって」


「どうだか」


二人はいつもこんな感じで仲がいい。ナンパを軽く受け流せる香織さんは大人でかっこいい。私なんて、逆ナンでヤキモキしているというのに。


「アユムとヒナちゃんに会うの二年ぶりくらいか?皆で遊んでたのが懐かしいな」


そう言って目を細めた怜司さんと目が合った。


「ヒナちゃん、相変わらず可愛いね。スカしたアユムなんてやめて、俺と付き合わない?」


少し色黒で、無精髭を生やしたワイルド系。

アユムとはまた違う、大人の色気が漏れている人だ。ただのリップサービスってわかってるのに気分がよくなった。

初めて会った時も、紗知たちと何度かトリプルデートをした時も、怜司さんはいつもそう言ってくれる。


ふと香織さんを見ると、軽口を叩く夫よりも子供の様子を気にかけていて、その余裕が少し羨ましかった。


「すみません、ヒナは先約入ってるんで。手、出さないでもらえますか」


アユムが怜司さんを軽く睨んだ。


「おーこわっ。嫉妬深い彼氏でヒナちゃん大変だね」


冗談めかしたやり取りに、思わず、ふふっと笑った。

これくらい嫉妬深いほうが私は嬉しいし、私もそれなりに嫉妬深い。


「それより、あの二人が結婚なんて、嬉しくなっちゃうよね。私、挙式で泣いちゃった」


香織さんが目元に指を添えて、可愛らしく笑う。

怜司さんが小さく息をついた。


「喧嘩ばっかしてたのに、よく結婚までいったよな」


「ねぇ、二人は結婚、どうなの?」


からかうような目で、香織さんが私とアユムを交互に見た。

この様子からすると、私たちが別れたことは知らないらしい。結婚観のズレで別れたなんて夢にも思っていなさそうだった。


「あ……えっと……」


なんて答えていいかわからず濁していると、


「いずれは。今は俺の仕事が忙しくて、もう少し落ち着いたら」


アユムが指先でブリッジを押し上げながら答えた。まるで、私たちの間に何事もないように、さらりと。

私のせいなのに、自分のせいみたいに話す姿に、やたら胸がドキドキした。


「でもヒナちゃん可愛いから、早くしないと誰かに取られちゃうかもよ~。逃げちゃったり~。ねぇ、ヒナちゃん」


同意を求めるその無邪気な笑顔が憎い。

アユムに向けられたはずの何気ない言葉が胸に突き刺さった。

曖昧に笑うことしかできないでいると、怜司さんが真面目な顔になって言った。


「まぁでも。アユムはいい旦那になると思うよ。責任感が強くて優しいから。おまけにしっかりしてるしな」


アユムは口元だけでわずかに笑った。


「怜司くんにそう言われると、ちょっと自信つきますね」


「そこは、ちょっとじゃなくて、たっぷりだろ。褒めてんだぞ」


「ありがとうございます」


アユムは軽く頭を下げて小さく笑った。


「たしかに。アユムくんのヒナちゃんを見る目はいつも愛情たっぷりだもんね。誰かさんと違って」


香織さんが、夢ちゃんの向こうに座る怜司さんをジトッと見つめた。


「俺も愛情たっぷりだろ。生涯香織しか愛さないよ」


「あら、そう。ヒナちゃん、女は愛されるほうが絶対、幸せよ」


香織さんは愛の告白を、トイレのレバーを引くみたいに軽く流してから、私に向かって力説した。


「だから簡単にアユムくんを手放しちゃ、ダメだよ」


わりと簡単に、もう手放した私は、やっぱり曖昧に笑うしかなかった。さっきまでの穏やかな空気が少し冷えた気がした。



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