#22 再会は、ブルーのドレスで
月日が駆けるように過ぎて、友人たちの結婚式の日が来た。
美容院で髪を可愛くセットしてもらって、シンデレラみたいなブルーのドレスを着た私を見て、アユムはどう思うだろうか。
新郎新婦よりも目を引いたりして……。やっぱり可愛いなって再確認したりして……。思わず手を繋ぎたくなったり、キスしたくなったり……きゃー!
そんな、綿あめかと思うような甘い思考が、頭の中を埋めつくした。
でも、あの夜のことが少し気まづく思えて、綿あめがしぼむ。あれからアユムはどんな気持ちで過ごしていただろうか。
式場の広い館内に入ると、幸せに溢れた香りがした。どんな香水よりも華やかで澄みきったいい匂いだった。
クロークへコートを預けると、受付を済ませてアユムの姿を探した。
知らない顔ばかりの若い男女たちや、新郎新婦の親戚と思われる年配の方達が、あちこちで楽しそうに話している。アユムの姿は見当たらなかった。
その代わり、高校の頃の懐かしいクラスメイトたちと再会し、話に花が咲いた。
新婦の小坂紗知は高校時代からの友達だ。一年生の時に同じクラスになって、私の前の席が紗知だった。
「桜川さんてあのアイドルに似てるね!んー名前思い出せないけど可愛い子!」と大人びた綺麗な顔でざっくばらんな性格を披露され、仲良くなった。
偶然、家が同じ市内で近かったため、三年間、一緒に通学していたせいか、クラス替えで離れ離れになっても甘酸っぱい青春を共にできた。卒業後は別々の進路へ進んだけど、紗知が頻繁に連絡をくれて繋がっていた。
高校を卒業してすぐに、紗知に新しい彼氏ができて惚気話や愚痴をよく聞かされていたけど、まさかその人と結婚するなんて。
その彼氏の筒井潤は、アユムと幼い頃から大学まで同じという、本人たちいわく腐れ縁の仲で、当時、彼氏がいなくて悩む私にアユムを紹介してくれた。
四人で映画を見に行ったり買い物へ行ったり、海へ行ったり。ダブルデートを楽しんだのはいい思い出だ。だからこの結婚式は単なる、“おめでとう!”という気持ちではなくて、もっとじわじわと込み上げる、娘を手放す父親のような心境の結婚式だ。
「友達が結婚するなんて信じられないよね。ついこないだまで制服着ていっしょにバカやってたのに。いいな~」
淡いワインカラーのドレスを着た中川千里がクラッチバッグで口元を覆い、羨ましそうに言った。
ドレスを上品に着こなしたその姿は歳上に見えたけど、どこか隙のある仕草が、やっぱり同じ歳だなと安心できた。
「ほんとほんと。しかも相手は年上のイケメンで大手商社マンとか、羨ましい!」
柳下心美が、くすみピンクのマーメイドラインのドレスをふんわりと揺らしながら目を輝かせた。
潤くんとは何度か遊んだことがあるけど、みんながここまで食いつくような人だったなんて。気づかなかった私は鈍感だ。
「私の彼なんて同い年で年功序列の会社勤め。結婚なんて夢のまた夢」
千里がぼやく横で、控えめに露出されたネイビーのドレスを着た内田凛花が、沈痛な表情を浮かべた。
「彼氏がいるだけいいじゃない。私の結婚相手はどこにいるんだか……」
「あ、ごめん」
そんなやり取りを見ていて、ふと思った。
「みんな、結婚したいの?」
私の問いかけに、一同、きょとんとした。
先に口を開いたのは千里だった。
「そりゃしたい。好きな人の世話焼きたいもん。つまらない仕事も捗るだろうし」
「私は好きな人との子供が欲しいから、早く結婚したいなぁ」
そう言う凛花の隣で、心美がうんうんと頷く。
「女はタイムリミットあるって言うからね。私は30くらいでしたいかな~。まだやりたいことあるし」
みんなの、ちょっとした人生プランに驚いた。
私が恋愛やスイーツのことを呑気に考えてる間に、みんなは一歩先のことを考えていたなんて。23歳ってもっと気楽で軽くて、楽しいことだけを詰め込んだ暮らしでいいと思っていた。
「ヒナは?結婚願望ないの?付き合ってる人は?」
「ないわけじゃないけど……よくわからなくて。彼が結婚したがってて、待ってもらってるところ。今ちょっと距離置いてて……」
彼なのか元彼なのかわからなかったけど、とりあえずそう言った。
「は!?なによ、そのおいしい話!どんな男?」
「出会いは?職業は?年齢は?」
千里と心美がピラニアみたいに食いつく。
「紗知の彼の友達なの。紹介してもらって。28歳で外資系に勤めてるよ」
「え、話聞いただけでいい男じゃん」
心美がご馳走を前にしたみたいにゴクッと喉を鳴らした。
「じゃあ今日、来るの?ていうか、もう来てる?」
千里と一緒に辺りを見回した。
「来ると思うけどまだみたい………」
そう言った瞬間だった。入口の方にアユムの姿が見えて、心臓がドクンと大きく鳴った。
黒いスーツを着て、遠目からでもわかる艶のある黒髪をラフにかき上げている。
クロークの方へ颯爽と歩いている姿は、目を引いた。
「あ……来た」
「え、どの人どの人?」
心美につられるようにして、千里も凛花も顔を寄せた。
「コート預けてる人……メガネかけてる」
「は?かっこいいんたけど!あんな男待たせてるの?ヒナ、正気?」
心美が、信じられないものを見るみたいな顔で振り返る。
「ほんとだ~。今日狙われちゃうんじゃない?誰かに取られちゃうかもよ~」
「結婚考えてくれるあんな素敵な人、私なら待たせないけどなぁ」
千里と凛花の言葉に胸騒ぎがして、私は視線を落とした。
アユムが誰かを選ぶ心配はしたけど、“誰かに取られる”なんて考えたことなかった。取られても不思議じゃないのに。
「あ、ほら。女が言い寄ってる」
千里の声にパッと視線を向ける。
キャバ嬢みたいな綺麗な女の人が、アユムの隣に立っていた。何か話しかけている。迷いなく詰めていく距離は、やけに近かった。
「逆ナンってやつ?あの人すごい綺麗。ヒナ、やばいんじゃない?」
心美は面白がっていう。
でも、もうその声はほとんど頭に入ってこなかった。
小さな虫みたいなものだ。シッシッって追い払うに決まってる。
そう思いたいのに、楽しそうに笑って話すアユムの横顔が憎たらしかった。
ほどなくして、女の人がどこか残念な表情を浮かべて去っていく。
「逆ナン失敗か?」
心美はまだ面白がっていた。でもそうであって欲しい。
ふと、アユムと目が合った。
見てはいけないものを見ていた気がして、パッと逸らしてしまった。
「え、こっち来るよ!」
ちょっと小声になって心美が言い終わるのと同時だった。
「ヒナ」
思いがけず、名前を呼ばれてドキッとした。
ゆっくり視線を向けると、アユムが目の前に立っていた。懐かしそうに、ふっと笑っている。
「久しぶり」
レンズの奥の細めた目に、胸の奥が騒ぎ出した。付き合っている頃から、その目で見つめられるのは弱い。
心美たちが「声までかっこいい!」と小声ではしゃぐのを横目で見てから、私は照れた顔を押し隠して答えた。
「うん……久しぶり、アユム」
「受け付けした?」
会うのは一ヶ月ぶりなのに、まるで、昨日も会っていたような柔らかい雰囲気だった。
心配していた気まずさなんてどこにもない。
あるのは心地良さだけだった。
なんかもう、今すぐ抱きつきたかった。
大きな背中に両手を回して体をくっつけて。
この人が私の彼氏なのって意味無く自慢したい。知らしめたい。
でも何も思ってないみたいに、にっこり笑った。
「うん、したよ」
そう答えてすぐだった。
「あの、新郎さんのお友達ですか?」
今度は三人組の女の人たちが、目を輝かせながらアユムに話しかけてきた。
彼女たちのめかしこんだ目に、きっと私の姿は映ってない。
「ああ、はい」
アユムが愛想よく返事をすると女の人たちは、嬉しそうに、「きゃー!」と騒ぎ立てた。
一瞬、待ち合いの場にいた大勢の人達の視線がこちらに向いた気がした。
急に居心地が悪くなってきた。堂々としていればいいのに。
アユムを振り回して困らせて、それでもアユムに好かれているのは私なんだから。
「あの、彼女いますか?いなかったら、今度ご一緒にお食事でもどうかなって」
女の人の一人が、アユムの腕をキュッと引っ張って上目遣いをする。
それをしていいのは私だけなのに。
アユムと初対面のはずなのに、ずいぶん大胆で馴れ馴れしい人だった。
紗知の友達はどれだけ男に飢えているんだ。
今度、紗知にクレームいれてやる。
アユムは、熱を帯びていそうな女の人の手に、嬉しがってもいないけど、嫌がってもいない。
嫌気がさした。見ていられない。
「みんな、ドリンク取りに行こ。デートのお誘いの邪魔しちゃ悪いから」
私は、ミルク増量中のバニラアイスみたいにたっぷり嫌味を添えて、ナンパの続きが気になっているみんなの背中を押した。
でもやっぱり同じ空間にいるのが心地悪くて、その場を離れようとした。
「……やっぱり私、お手洗い行ってくる」
歩き出しながらちょっと拗ねた顔でアユムを見ると、目が合った。私はなんとなく先に視線を逸らした。
その目線の先で、黒いスーツを着た若い男の人と目が合った。
「あれ?桜川?」
「……二階堂?」
高校時代のクラスメイトの二階堂仁人だった。
野球部に入っていた彼は当時は坊主だったけど、今は短い黒髪をしっかりセットしていた。
「久しぶり!え、高校の時とは違って大人っぽくて綺麗だな」
思わず照れてしまう。
「ありがとう。二階堂もかっこいいよ。坊主じゃないの新鮮」
ふふっと笑って返すと、二階堂も嬉しそうに笑った。
ふと視線を感じて顔を向けると、少し離れた場所でアユムがこっちを見ていた。
アユムは静かに目を逸らして、女の人の手を優しく払い除けた。
「俺、頭数揃えるために呼ばれたらしいんだけどさ、桜川と久々に会えたから来てよかったわ」
二階堂の声にハッとして彼の方を見ると、無邪気に笑っていた。
「そういうこと、サラッと言えるようになったんだー、それもなんだか新鮮」
「もう大人だからな」
二階堂は得意げに笑ってそう言った。
二階堂と笑って話している間も、アユムの視線を意識してしまう自分がいた。
見られているかも……と思えば思うほど、不思議な緊張感が膨らんだ。




