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#20 臆病なドレス選び



アユムと過ごした一夜の余韻は、3日間くらい、私の胸に留まっていた。


仕事中でも結婚のことを考えてぼんやりして、そのうち、色っぽかったアユムを思い出してニヤける、という奇行を何度か繰り返して、桜に「え、どうしたの?」と突っ込まれていた。

アユムとの進展を話そうと、喉まで言葉が出かかったけど、仕事の隙間時間にする話ではなかったから、そのまま飲み込んだ。


電話やランチも珍しくタイミングが合わず、結局話せたのは、私と桜の休みが重なっていっしょにショッピングに出かけた5日後の今日だった。

友達の結婚式に着るドレス選びに付き合ってもらおうと、私から桜を誘った。


買い物先は池袋のルミネにした。西口の方にあるから、アユムのいる東口とは反対側だ。

東口の改札で桜と落ち合うと、私は外の方はちらりとも見ないで、桜の服を褒めることに集中してルミネへと向かった。

同じ駅なのに向かう先が違うだけで、まるで別の街みたいだった。


アユムと体を重ねた話は、ランチをする飲食店やカフェでは話しにくいと思ったから、人が行き交う地下の通路を歩きながら話した。


桜、驚くかな…と、少しだけ浮ついた気持ちも抱えて、「実は、何日か前にアユムとエッチしちゃったの……」と打ち明けると、桜はぶっ飛んだ表情と声で、「えぇぇぇ!?」と期待を裏切らない反応をしてくれた。

周りの人達は気にもとめず、ただすれ違っていったから、やっぱりこの場所を選んでよかったと思った。

あの日の一部始終や、逃げるように帰ったことも含めて教えると、「下手な恋愛ドラマより見応えあるわね」と目を輝かせていた。


でも話さないほうがよかったかも……と、ちょっと後悔もした。桜はエスカレーターに乗っている時も、お店に入ってドレスを選んでる時も、ドレスの試着をしている時でさえも、お構いなしにその話をしてきた。


「ねぇ、本当に、元彼とエッチして、逃げて帰ってきたの?」


試着室の外から、カーテンを少し開けて、顔だけを覗かせて聞いてくる。生首が喋っているみたいだった。

たしか店員が少し離れたところにいた。聞こえていないといいけど。


「声のボリューム下げてよ。それと着替え覗かないで。あと、その話しつこい」


私のほうが声のボリュームを落として、下着姿の体を手で覆った。


「ふーん、その体を好き放題にされちゃったわけね」


ニンマリと笑って、まだ声のボリュームを下げてくれない桜に、私は本気で慌てた。


「へ、変なこと言わないでよ。その話はもういいでしょ」


私はそう言って、ハンガーにかかった黒のドレスに手を伸ばした。

大人っぽく決めたくて、ホルターネックでウエストがキュッと絞られたシンプルなドレスを選んでみた。


サテンの生地が肌を滑る。

後ろのファスナーが上がりきらなくて、長い髪を束にして持ち上げる。

うなじと背中をあらわにしたまま、桜に頼むと、桜はファスナーを上げながら「ヒナって肌も綺麗ね。これじゃ元カレもたまらないわ」と褒めているのか、からかっているのかわからないことを言ってきて、私は肩越しに小さく睨んだ。


「でもそのドレスはヒナに似合ってないね。ちょっと大人っぽすぎ。地味かも」


こういうところは助かる。


たしかに、鏡の中の私は、顔と雰囲気とドレスがどこかちぐはぐで、無理やり貼り合わせて失敗作に終わったコラージュ写真みたいだった。


ただの布切れなのに、人によって合う合わないがある。じゃあ結婚も、向き不向きがあるのだろうか。そもそも私は結婚に向いているのかな?

でも、そこまで考えたら、蟻地獄みたいに抜け出せなくなりそうだった。


「ねぇ、そっちのブルーのドレスの方がヒナっぽくて可愛いよ、絶対」


そう言われて、もう一着のドレスに目を向けた。


冬の結婚式には少し寒そうな、爽やかなブルーの色味をしたドレスで、ドット柄の軽やかなチュールが重ねられている。

裾に広がる四段のティアードスカートは、歩くたびにふわりと揺れそうだった。

肩周りは透け感があるものの、チュールデザインがあしらわれているからボレロやショールを合わせる必要もなかった。


「そもそも、なんでしちゃったのよ」


桜がファスナーを下ろしながら聞いてくる。

黙って下ろしてくれればいいのに。


「なんとなく流れで……」


小さくボソッと呟くと、桜はカーテンを閉めて、その向こうから言った。


「それでなんで逃げ帰ったりなんかしたの。元彼が可哀想じゃない。ヒナ、聞いてる?」


ああ、もう。店員さんたちの今日のランチの話題は「元彼とエッチして逃げ帰った、ヒナって名前の女が、結婚式のお呼ばれドレスを買いに来た」って話かもしれない。


私はシャッとカーテンを少し開けると、外に顔だけ出して小声で言った。


「気まずかったから!アユムに変な期待を持たせたくなくて!」


それだけ言うと、試着室に戻ってブルーのドレスに足を通した。

腕を通して鏡を見ると、淡いブルーの色味が、顔色を綺麗に見せてくれるような気がした。


「変な期待って?あ、やっぱりよさそう、そのドレス」


桜がまた顔だけ覗かせて、鏡に映る中途半端な私の姿を見て言う。

私はサイドファスナーを上げると、ドレスを馴染ませるように体を小さく動かした。


「すごく似合ってる。可愛い。ヒナの良さが出てるよ。シンデレラみたい。ほら、外に出て見てみなよ」


桜がカーテンを開けて促すと、私は靴を履いてちょっと俯き気味で試着室を出た。

鏡と距離を取って見てみると、さっきの黒のドレスが消えてなくなるくらい、しっくりきていた。


「この姿見れば元彼も、逃げて帰ったこと許してくれるんじゃない?」


鏡越しに桜がニヤッと笑いかけてくる。

私は横や後ろからの姿を鏡に映しながら静かに言った。


「あのまま一緒に朝を迎えたら、結婚の覚悟を決めたみたいに思われそうで怖かったの。だから帰ったの」


「余計こじれるだけよ。それに傷つくって」


「わかってる。今度こそちゃんと考えて答え出すよ。別れてお互いのことを忘れ合うか、結婚してお互いのことを想い合うか」


いつかアユムの心から私がいなくなることを考えたら、この場で泣きたくなった。


「ドレス、お似合いですね~。もしよろしければ靴やバッグもいっしょに合わせてみてくださいね」


にっこり笑う店員が、いくつかの色の靴とバッグを持って来てくれて試着室へ置いていった。


私はスパンコールがあしらわれた黒のパンプスを履き、持ち手がパールになった黒のバッグを持ってみた。

アイボリーやベージュもいいなと思ったけど、冬だから、黒で引き締めようかなと思った。

鏡の前に立つ。思った通り、甘すぎない印象だった。


「私にはよくわからないなぁ。好きな人から愛されてるのに、なんでそんなに拒むの?」


「うまく言えないけど、 好きな人だからこそ怖いの。それに、ちゃんと決めなきゃいけないの、ちょっとしんどいって思っちゃって」


そう言いながら、やっぱりアイボリーのバッグと靴も試したくなって身につけてみた。


「しんどい?」


「……うん。中途半端なままの方が、楽でいられる気がするの……怖いって気持ちもないし」


可愛い。けど、どこかぼやけてしまう。

でも、アユムとの関係はそういうのを望んでいるのに。


「ふーん?私は白黒はっきりしたいタイプだからなぁ。でも相手の気持ちはどうなるのよ。ヒナと幸せになりたいって思ってるだろうに」


私はまた、黒のパンプスと黒のバッグを合わせて鏡の前に立った。


「私、アユムを幸せにできる自信ないんだもん……」


ぽつりと呟いた言葉とは裏腹に、小さく、くるりと一回転してみる。やっぱりしっくりくる。


淡いブルーと黒。どちらかが浮きそうなのに、共通点がなかった私とアユムみたいに、意外と馴染んでいる。


「元彼の幸せってなんなの?」


「……わかんないけど、私には叶えてあげられないなにかじゃないかな」


「そうだとしても、向こうはヒナといっしょになることを望んでるんだから、ヒナに幸せにしてもらおうなんて思ってないと思うよ」


私は背中で桜の言葉を聞きながら、試着室へ戻った。振り返り、カーテンの端っこを摘んだ。


「そうだけど……好きな人だもん。幸せにしたいよ」


桜に目を向けてそう言うと、私はカーテンをひいた。


小麦粉と卵と溶かしバターをぐるぐるかき混ぜるみたいに、心が渦を巻いている。

色々な悩みは、混ざりきったら何になるのだろう。


試着室から出ると、ブルーのドレスとパンプスとバッグの三点セットを持って、レジへ向かった。

私たちの会話はきっと丸聞こえだったと思うのに、店員は、何も聞いていませんよ、と言わんばかりの涼しい顔でお会計をしてくれた。


その後はランチをして、また買い物をして、途中、休憩がてらパンケーキのお店にも入った。


桜は英語のリスニング教材みたいに喋り続けていて、結婚の良さを伝えたかったみたいだけど、気づくと旦那の愚痴になっていた。

それでも笑顔で、時おりうっとりしながら話す桜を見て、少し羨ましくなった。

結婚の世界が、甘い香りのするパンケーキのお店みたいに思えてくる。少しだけ、中を覗いてみたくなった。



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