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#17 満たされない



おばあちゃんにアドバイスをもらって1週間経ったある日の午後。私はひとりで都内へショッピングに出かけた。


あの日おばあちゃんに会うまでは、アユムのプロポーズみたいな言葉が頭を離れなくて四六時中、ニマニマしていたのに、おばあちゃんに、「結婚よりも怖いものがあるわよ」と脅かされてからは、今度はアユムを失う怖さが、ふと頭をよぎってゾッとするようになった。

大好きなスイーツはちゃんと喉を通ったけど、味がしなかった。だから慌てて、気を紛らわせるみたいに買い物に走ることにした。


もう、夕方になろうとしていた。昼間に来る予定が、鬱々と考え過ぎて、動き出せなかった。


終点の池袋で電車を降りると、冷たいからっ風がホームにまで吹いてきて、身を縮こめた。


黒のツイードジャケットについた白い襟のファーは、可愛いだけで首元を暖めてはくれない。

セットアップのミニスカートも風に吹かれて、ロングブーツで隠しきれていない足が、少し寒かった。


改札へ向かう途中、アユムに電話をしたくなった。改札を出ると、今度はアユムのアパートへ行きたくなった。

心の整理がついたと嘘を言って、会ってしまおうかという気さえ起きた。

顔が見たい、声が聞きたい。

心がキャパオーバーになって、想いが全身に巡るみたいに、目眩がした。


このままじゃいけないと、重い足取りでデパートへ入った。すると入口や店内が、クリスマスの飾りで華やかになっていることに気がついた。


イベント事が大好きな私は、毎年クリスマスに心を踊らせて、赤と緑のクリスマスカラーを見ては楽しんでいるけど、今日はそんな気が起きなかった。

去年はアユムと見たっけ。

そんなことを思い出し、池袋へ来たことを少し後悔した。


買い物に集中しよう。そう思った。


冬の洋服は可愛い。

どの季節の洋服もそれぞれ魅力があって可愛いけど、私は冬のファッションが一番可愛いと思っている。

ウールのコートにロングブーツ、モコッとしたニットに冬らしいツイードのスカート。

どれも寒さの中に温かみがあってほっとできる。


店内を見て回っていると、一枚のマフラーに心を奪われた。

真っさらなオフホワイトのカシミヤマフラー。

アンテプリマのものだった。

ところどころに小さなラインストーンが煌めいて、気づいたら手に取っていた。

指先から伝わる柔らかい手触りは、今までのマフラーがただの布切れに思えるほどだった。


値札を見る。少し高いけど、まぁいっか。

あーあ、こんなふうに結婚もあっさりと決められたらいいのに。そんなふうに思った。

会計をして丁寧に紙袋に入れてもらう。受け取る時、ふと気がついた。


このマフラー、誰に見せるの?


可愛いものを身につけていれば、一人でも満たされる。でも誰かに、「可愛いね」って言ってもらえたら更に幸せを感じられる。


誰でもいいわけではなくて、アユムがいい。

アユムに見せたい。

アユムに、可愛いねって言われたい。


それに気づいた瞬間、空虚感に襲われた。

まるで、カスタードクリームを入れる前のシュークリームみたいに心が空っぽになっていく。

どうしようもない気持ちと、マフラーが入った紙袋を胸に抱えて、私は足早にデパートを出た。




気づくと、私はアユムのアパートの前にいた。

グレーと白を基調とした建物は、大人らしいアユムらしかった。

辺りは薄暗く、池袋の喧騒から少し離れたこの場所は、嘘みたいに静かで、乱れていた心がすっと落ち着いていった。


デパートを出た後は夢中であまり覚えてないけど、スタバでグランデのホットコーヒーとキャラメルマキアートを買っていた。

アユムはいつもトールサイズを選んでいたけど、今日は一緒にいる時間を長くしたくてグランデを選んでしまった。

キャラメルマキアートのグランデは甘すぎるかなと思ったけど、それくらいじゃないと英気は養えない気がした。


震える指先で、迷いながらオートロックのインターホンを押す。

少しの間があって、やっぱり帰ろうかな…と背を向けようとしたその時。


「ヒナ……」


スピーカーから愛しい声が聞こえた。

声を聞けただけで泣きそうになった。


「アユム、押しかけてごめんね。……一緒にこれ飲みたくて」


私はカメラにスタバの紙袋を掲げた。

その影で、ガラス張りのドアを横目で見た。

すぐには開いてくれない。

私は紙袋を下げた。


「少し、話もしたくて……」


本当は会いたいだけだった。

目を伏せると、スピーカー越しにアユムのため息が小さく聞こえた。


「……言い訳だな」


言葉は冷たかったのに、ドアが開いた。


「ありがとう、アユム」


嬉しくて、語尾にハートマークを付けたみたいに言った。



部屋のドアが開くと、そこには2週間ぶりのアユムの姿があった。3ヶ月会わない時期があったのに、たった2週間でもそれはやけに長く感じた。


アユムは仕事帰りなのか、ネクタイが緩んだスーツ姿だった。シャツの襟元も少し乱れていて、それが妙に色っぽい。


「アユム……」


名前を口にした瞬間、吸い寄せられるように抱きついてしまった。

アユムと私の体にはそれぞれS極とN極の磁石でも入っているのかな。アユムを見ると自然と強く引き寄せられてしまう。

どうしても、他人みたいな距離を保てない。


そしてその瞬間、いろいろ期待がよぎる。

アユムも抱きしめてくれるんじゃないかとか、思わずキスしてくれるんじゃないかとか。


でもそんな淡い期待とは裏腹に、頭上からため息が降ってきた。


「ヒナ……」


アユムは呆れたように言ったけど、どこか優しさも混じっているように聞こえた。

そんな気持ちにつけ込むみたいに、私はアユムの背中に手を回したまま、甘えるように見上げた。

視線が重なって、キスの予感に心臓がドクンと鳴った。私はゆっくりと目を閉じた。


唇に、アユムの唇が優しく落ちてくると思ったら、両頬をキュッとつねられた。


「そういう顔するな」


そう窘めると、アユムはそのままリビングへ行ってしまった。


甘かったか……。

私は頬に手を当てて、つねられた余韻を感じながら、少し唇を尖らせた。



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