#15 溶けた勘違い
「ほらね、もう、言わんこっちゃない」
部屋へ帰るとすぐ、桜に電話をかけた。
須藤さんのことを話すと、開口一番でため息混じりにそう言われた。
「桜の忠告、軽く流してごめん……。ほんとにいるんだね……ああいうクズ男」
今頃、別の女の子をナンパしてるのかな。考えただけでも気持ち悪い。
「ヒナ、大丈夫?でもさ、傷が浅いうちでよかったと思うよ」
「うん。あのね、思わずまた、アユムに電話しちゃって……迎えに来てもらったの」
「え、なにそれ。あんた都合よすぎ」
桜の口調がふっと冷たさを帯びた。
「わかってる……。でもアユムね、やっぱり私に夢中なんだって」
そんなこと言われてないけど、そう言ってみた。
気持ちも語尾もつい弾んで、付き合っている頃にアユムからプレゼントでもらったクマのぬいぐるみを片手でギュッと抱きしめた。
「元彼がそう言ったの?」
「ううん。言ってないけどそうかなって」
「どういう意味よ」
「だって、自分のデートを途中で切り上げてまで来てくれて、私みたいな甘ったれを支えたいって言ってたの。あとね、ヒナのことが大好きだから誰にも取られたくないって。それでね、心の整理がついたら電話してって。ずっと待ってるからって」
私は高揚した気持ちを抑えられなくて、スイーツの食べ放題みたいに、あれもこれもと止まらなかった。桜が呆れたように笑う。
「ちょっと待って、情報量多すぎ」
「あ、ごめん。つまり、アユムは私のことがまだ好きみたい」
私は嬉しくて、気づいたら笑みがこぼれっぱなしだった。
「もう他の人とデートしないって言ってくれたの。だからね、『この関係はなに?』って聞いたら、『まだ終わってない関係かな』って」
あの時の、どこか憂いを含んだ優しい表情のアユムを思い出して、きゃー!ってひとり悶えた。
「じゃあもういい加減、覚悟決めなさいよね。責任を負うの。曖昧な関係でいて期待させたり振り回したりするの、可哀想よ」
重かった。急に、見えない石の塊が心にズシンと落ちた。
浮かれ気分は口溶けの良いホイップクリームみたいにスッと消えていった。
「今回のことでわかったでしょ。元彼がどれだけいい人で、ヒナのことを大事に思ってるのか」
須藤さんと比べると、アユムの良さが際立っていた。比べなくても、アユムの良さはちゃんとあったのに、私は気づけていなかった。
アユムは付き合う前から、デート代をいつも全部出してくれた。男の人にロマンを抱いていた私はお礼だけ言って当たり前みたいに奢ってもらい、付き合ってからは図々しく、その願望を口にした。
アユムはまるで聖人君子みたいに、見返りなんて求めずに、体の関係を持っても愛情は少しも変わらなかった。
それでも私はどこかで、本気で愛されていないんじゃないかと、不安だった。
「好きな子には全力投球したい」と言っていたアユム。
アユムの愛情を全力投球される子は幸せだろうなって羨ましくて少し妬ましかった。
でもあれは全部、私に向けられた全力の愛情だったんだ。
「……そっか。私、大事にされてたんだ」
ポツリ呟くようにいうと、桜は呆れ気味に息を吐いた。
「そうよ。それにさ、金食い虫の甘えん坊と結婚まで考えてくれる男、今どきなかなかいないって」
たしかにそうかも…と思いながら、私は桜の辛辣な言葉に少しだけ唇を尖らせた。
「それ、言い過ぎじゃない?」
「ヒナは夢見すぎだから、私が現実世界に引き戻してあげないとね。男ってシビアよ」
「そうなの?そんなにシビア?」
「甘えん坊のヒナなんて、そのうち誰にも相手にされなくなるくらいね」
桜の声はイタズラっぽく弾んでいた。
「えーそんなのやだ」
「だって私の旦那なんてさぁ」
流れるように桜の旦那の愚痴が始まった。
桜が体調を崩した時、旦那が真っ先に心配したのは自分のご飯だったの!とか、休みの日はゴロゴロしてばっかりなの!とか。
それでも桜は、「もうやんなっちゃうよ~」と、どこか満たされたように笑い、受話口の向こうから幸せが溢れてくるみたいだった。




