#12 新しい恋の予感
人混みの中の待ち合わせに現れた須藤さんは、ひときわ目立っていてかっこよかった。
ダークカラーで落ち着いた服装は、上から下までブランド物で決めているようで、少し近寄りがたさを感じたけど、爽やかな笑顔が緊張感をわずかにほぐしてくれた。
私は秋らしくブラウンとベージュでまとめたコーディネートだったけど、プリーツのミニスカートが子供っぽかったかな、と少し恥ずかしくなった。でも、「今日も可愛いね」とさらりと言ってくれた須藤さんに救われた。
案内されたお店は、道路に面したオープンテラスのカフェだった。
石畳の上に丸テーブルと椅子が並び、テーブルの上にはパラソルが広がっている。
低い柵の向こうに、車が通り過ぎていく。
少し落ち着かないはずなのに、それを含めておしゃれに見えた。
まるでパリジェンヌやニューヨーカーになった気分だった。
晴れ渡った青空の下、爽やかな秋風に吹かれながら飲むコーヒーは格別だった。
須藤さんは両肘をテーブルにつき、指を組んで顎を乗せたまま、私を見つめて口を開いた。
「ヒナちゃんとデートしたい一心で肝心なこと聞き忘れたけど、付き合ってる人いないのかな?」
手首に付けた高級そうな時計がやけに大人っぽく見えて、それだけで信頼度と緊張感が急上昇する。
「少し前に別れて今はフリーです……」
私はそわそわして視線が定まらず、言い終える頃には少し俯いた。
「よかった。じゃあまたデートに誘えるね。ヒナちゃん可愛いから、毎日でも会いたいな」
須藤さんはそう言ってコーヒーをひと口飲んだ。
須藤さんのストレートな物言いに、私の心はいちいちドキドキしてしまう。
見た目はアユムに似ているのに、中身は少し違っていた。
「それにしても。どういう経緯でそうなったかは悪いから聞かないけど、元彼はヒナちゃんと別れたこと、今頃後悔してるだろうな」
「どうでしょうか……」
私は苦笑を浮かべて風になびく髪を耳にかけた。
「どんな人だったの?」
「雰囲気が、須藤さんに少しだけ似ています」
「へぇ、僕に?ああ、だからデートをOKしたとか?さてはヒナちゃん、振られた側かな?」
須藤さんがいたずらっぽく笑う。
私は思わず、顔の前で手を横に振った。
「そ、そんなことないです。あ、でも振られたのは事実です……」
“事実です……”の部分の声が小さくなった。
須藤さんは「ふーん」とだけ言って、それ以上は聞いてこなかった。
途切れた会話を繋ごうと、私はコーヒーをひと口飲んでから口を開いた。
「あの、須藤さん、歳はおいくつなんですか?」
「29だよ。ヒナちゃんは22、3かな?」
「はい。23です。お仕事は何をされているんですか?」
「不動産の営業だよ。まぁそこそこ売れてる敏腕ってやつ」
「そうなんですね。へぇ、すごいなぁ」
とりあえず、無難にそう言った。
須藤さんは今度は片肘をついて頬ずえをつくと、にっこり笑った。
「ヒナちゃん、休みの日は何してるの?」
その仕草には大人らしい余裕が見えた。
「友達とランチに行ったり、ひとりで映画を見たりしてます。この前は再上映されているタイタニックを見に行ってきました」
「へぇ。そうなんだ。タイタニックかぁ」
「私、タイタニックが大好きなんです。すごく悲しいお話ですけど、ジャックとローズのふたりの愛には心を動かされて。私もあんなふうに、誰かを好きになれたらいいなって思うんです」
須藤さんがふっと笑ったので、私はなんだか焦った。目を輝かせて恋愛映画を語るなんて、子供っぽく思われたかもしれない。
「あ、ごめんなさい。映画に影響され過ぎですよね……」
「いや、ヒナちゃん素敵な心を持ってるね。きっと見つかるよ。僕がその相手になりたいけど。なーんてね」
冗談っぽく笑う須藤さんに、私の心はたちまち和んだ。
「ヒナちゃん、イルミネーションは好き?」
「はい、大好きです」
「じゃあ今度、六本木に見に行こうよ。2回目のデートだ」
「わぁ。楽しみにしてます」
本心だった。須藤さんの優しい眼差しと柔らかい雰囲気が、私のボロボロになったハートを治してくれるかもしれない。肌をくすぐる秋風に吹かれながら、私は本気でそう感じていた。
「ねぇ、それってさ、好きってこと?展開早くない?」
「わかんないけど……好きになりかけてるかも」
今日は珍しく1時間の休憩時間があったから、私と桜は職場の隣の和食屋にランチに来ていた。
昨日の須藤さんとのデートをさっそく報告すると、桜は週刊誌の記者みたいに話に食いついてきた。私が芸能人なら週刊誌に載るような話だった。
「ヒナ、ああいうのに言い寄られると弱いんだね。航平くんのことは全然だったのに」
「そんなことないけど……大人っぽい人ってかっこいいじゃん」
「優しそうだった?」
「うん、すごく。アユムと別れた理由やアユムのこと、必要以上に聞いてこなかったし」
「大人の余裕ってやつかしらね」
あぁ、そうかも。お味噌汁をすすりながら、私はそう思った。
須藤さんは口数が少ないわけではなかったけど、多くを語らない感じがして好感がもてた。
時々ナルシストっぽい部分も見えたけど、鼻につくほどではなかったのでよしとする。
「でもさ、元彼そっくりな人とデートするってどうなのよ」
「見た目や雰囲気がちょっと似てるだけだよ。中身は別人だよ」
「ヒナ、あんた、気に入った服なら色違いで買うタイプでしょ?」
桜は鋭い目で私の恋愛パターンを探ろうとしていた。私は素直に頷いた。
「うん。だって本能的に惹かれちゃうんだもん。須藤さん、昨日は高そうな腕時計しててね、服装もやっぱりかっこよかったの!顔もね!」
声を弾ませて言うと、桜の声が真面目に変わった。
「あんた女子高生?見た目に騙されないようにね。見極めは大事だよ」
「上品で誠実そうな人だよ。来週、またデートなんだ。六本木で。どんなコーデで行こうかなぁ」
私は語尾を弾ませて、知らずのうちに浮かれてしまう。
「男なんてわかんないよ。前にも言ったけど、優しくして、することしたらポイって簡単に女を捨てられるんだから。鼻をかんだティッシュみたいに」
わかりやすい例えで、ふふっと笑ってしまった。
「そんなすぐにはそういうことしないよ」
「ヒナにその気はなくても、向こうにはあるかもしれないでしょ」
「たとえそうなったとしても、大人っぽい人だから話せばわかってくれるよ」
だといいけど……。桜は呟くようにそう言って、小皿に添えられた漬物をポリポリ食べた。
そんなことより私は、どんな服で行こうか真剣に悩み始めていた。




