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#11 似ている人



「え、マジ?それは絶対に行かなきゃダメでしょ。行かなかったら友達にも元彼にも失礼だよ」


「行くつもりだよ。でもさぁ……ちょっと憂鬱だよ」


誰も並んでいないレジカウンターの中で、私と桜は立ちながら話していた。

アユムと共通の友達カップルから結婚式の招待状が届いたことを桜に話すと、桜は真面目な顔になって言った。


「絶対行かなきゃダメだからね。その友達のおかげで、最高の元彼と出会えたんだし」


「わかってる……。でもなんか、結婚に追いかけられてるみたい」


私がしぼんだ声で言うと、桜はケラケラと笑った。


「いいじゃない。結婚が逃げて、遠のく人もいるんだから。追いかけられてるうちが華よ」


「そうだけどぉ……」


私は無意識に唇を尖らせていた。


「結婚式、いつなの?」


「3ヶ月後。1月16日」


「いいじゃんいいじゃん。人肌恋しくなる寒い季節に結婚式で元彼と再会。目の前で交わされる愛の誓いに、ふたりの心は揺れ動く。ドラマみたい」


桜はイタズラっぽく笑って、この状況を少し楽しんでいるように見えた。

そんな桜に呆れた目を向けた時、店のドアが開いてひとりの男の人が入ってきた。


「いらっしゃいませ」


私は営業スマイルを浮かべ、桜も仕事に戻った。男の人は私に微笑みかけると、レジカウンターに置かれたメニューに視線を落とした。

スラリした長身で、落ち着いた雰囲気や大人っぽい服装が、アユムと似ていた。

一瞬、ドキッとしてしまった。


「ブレンドのMとミックスサンドと……よかったら今度、いっしょにカフェにいきませんか?」


その滑らかな言葉は、何か新しい商品名を口にしたのかと思うほど自然な誘いだった。

男の人はそう言って顔を上げ、私と目を合わせた。低い声とシャープな顔立ちまで、アユムに似ていた。


「へ?」


私は状況が飲み込めず、変な声が出てしまった。


「ここへ来るたびにいつも遠くから見てたんだ。って、ちょっと気持ち悪いかな」


男の人は自嘲するように笑った。


「ずっと可愛いなって思ってて。よかったらこれ、僕の連絡先です」


無駄のない動作で、電話番号が書かれた小さな紙をスッと差し出した。レジを打つ手が、ぎこちなくなる。


「あの……970円になります」


男の人はふっと笑って、トレイに千円札を置いた。長い指の動きも、ふとアユムを思い出させた。私は平静を装いながら千円札を取ると、お釣りをトレイに乗せた。


「30円のお釣りです…」


「僕、須藤浩一といいます。名前だけでも教えてもらえませんか?」


真っ直ぐ見つめてくる瞳に、私は視線を泳がせて、言葉を詰まらせた。


「……桜川ヒナです」


答えなくても良かったのに答えてしまった。


「ヒナちゃんか。可愛い名前だね」


名前を褒められただけなのに。胸の鼓動が、やけにうるさく感じた。


「ご注文の品は、あのランプの下でお渡しします。ごゆっくりどうぞ」


私は動揺を悟られたくなくて、噛まないように必死に言った。


「じゃあまた。連絡待ってます」


須藤さんはクールに口元だけで笑うと、レジを離れていった。

メニューの上にとり残された、電話番号の書かれた白い紙。私はサッとそれを取ると、エプロンのポケットに雑にしまい込んだ。


「ちょっとヒナ~、今お客さんにナンパされてなかった?」


どこからともなく桜がやってきて小声で言う。


「あの男の人に電話番号もらった……」


須藤さんに視線を向けると、須藤さんはコーヒーを受け取っていた。


「え、やったじゃん!でもさ……なんか元彼に似てない?」


桜は目を凝らして須藤さんを見ていた。


「そ、そうかな……?」


「あんたのタイプってわかりやすー。それとも代わりで埋めようとしてるの?」


ジロリと向けられた、見透かすような視線が痛い。


「そんなんじゃないよ。まだ電話するかもわからないし」


私はプイッと顔を背けた。でも須藤さんが気になってつい目で追ってしまう。

須藤さんはサンドイッチを受け取ってチラリとこちらを一瞥すると、ほほえんだ。

店の奥へ歩いていく後ろ姿は、まるでアユムのようだった。




「すぐ連絡しちゃダメ!恋は駆け引きが大事!」と、まるで恋愛のハウツー本に載っているようなベタな助言を桜にもらったけど、駆け引きが苦手な私は2日目の夜に、須藤さんに電話してしまった。

これでも焦らせたほうだった。本当は連絡先をもらった2時間後の休憩時間に電話をしたかったのだから。


電話をかけると、5回目のコール音で須藤さんは出た。落ち着いた低い声が、やっぱりアユムに似ていて心地よかった。

軽く挨拶を交わしたあと、須藤さんは「今度の土曜日に新宿でデートしませんか?」と唐突にお誘いしてきた。それはスイーツの賞味期限のような早さだった。

私は少しだけ迷うふりをして「はい」と声に甘さを含ませて答えた。

「じゃあ土曜日の11時に新宿駅の南口前で」、そんなときめく約束をして電話を切った。


私は胸の底から沸き起こる高揚感を抑えられず、ぴょんぴょん飛び跳ねた。

でもふと思う。

須藤さんは偽物のブランドバッグみたいなものなのかもしれない。


本物を持てない代わり。寂しさを埋める代わり。


アユムの顔がチラついたけど、私はそれを振り払うように、頭を小さく振った。



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