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婚約破棄された聖女ですが、私の祈りは「天気」に効くだけです。……え、辺境では大事なんですか?  作者: 雫 くずし


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第7話 種まきは三日後の雨の前に

「聖女さまに、天気がわかるもんかね」


西の台地の村の集会所で、白いひげのおじいさんが言った。


腕を組んで、私をにらんでいる。


ゲルトさん。

村でいちばん長く畑をやっている人だと、ロイくんが教えてくれた。


「こないだの雨は、たまたまだ。三年に一度くらい、台地にも降ることはある」


「ゲルトじいちゃん、たまたまじゃないって!」


ロイくんが、横から声を上げた。


「聖女さまが、降るって言ったんだ。言ったとおりに降ったんだ!」


「黙ってろ、ロイ」


ゲルトさんは、ロイくんの頭を大きな手で押さえた。


集会所には、村の大人たちが二十人くらい集まっていた。

みんな、困ったような顔で、私とゲルトさんを見比べている。


今日、ここに来たのは、種まきの日を決めるためだった。


雨が降って、台地の土がしめった。

今なら、麦の種をまける。


でも、まいたあとに雨が来なければ、芽は出てもすぐに枯れてしまう。

この三年、何度もそうやって、種を無駄にしてきたのだそうだ。


「種は、もう残り少ねえんだ」


ゲルトさんが、低い声で言った。


「これをまいて、また枯れたら、来年まく種がなくなる。村が終わる。わかるか、聖女さま」


「……はい」


わかる。

わかるから、怖かった。


私が間違えたら、この村が終わる。


王都では、私が間違えても、建国祭の日が曇るだけだった。

誰も困らなかった。


ここは、違う。


私は、膝の上で手を握りしめた。


それから、青い革のノートを開いた。


この五日間、毎朝つけてきた記録。

雲の形。風の向き。北の山にかかる雲の量。


「三日後です」


私は顔を上げた。


「三日後の夕方から、北の山の雲が西に回ってきます。夜中に、台地に雨が降ります。しとしと降る、やさしい雨です。朝まで降って、昼には止みます」


「三日後」


「はい。だから、種まきは明後日がいいです。三日後の雨の前に、まいておくんです」


「当たらなかったら?」


ゲルトさんの目が、鋭くなった。


「当たらなかったら、どうする」


集会所が、しんとした。


私は、ごくりとつばを飲んだ。


当たる、と思う。

雲の動きは、ノートに書いたとおりだ。

足りない分は、私が祈って足せばいい。


でも、絶対とは言えない。

天気に、絶対はない。


それを、誰よりも知っているのは、私だった。


「私が」


口を開きかけたとき。


「私が、責任を持つ」


後ろから、低い声がした。


振り向くと、集会所の入り口に、ユリウス様が立っていた。


いつのまに来ていたのだろう。

外套のすそに、台地の赤い土がついていた。


「辺境伯さま」


村の人たちが、慌てて立ち上がった。


ユリウス様は、それを手で制して、私の隣まで歩いてきた。


「三日後に雨が降らなければ、私が館の蔵の種を出す。来年の分まで、全部だ」


「館の種を」


ゲルトさんが、目をむいた。


「そんなことをしたら、館の分がなくなりますぞ」


「構わない」


ユリウス様は、まっすぐゲルトさんを見た。


「だが、雨は降る」


「……なぜ、そう言い切れなさる」


「彼女が、降ると言ったからだ」


それだけだった。


ユリウス様は、それ以上、何も説明しなかった。


ゲルトさんは、しばらくユリウス様をにらんでいた。


それから、ゆっくりと私に目を移した。


「……聖女さま。あんた、この辺境伯さまに、何をしたんだ」


「え?」


「この人はな、昔っから、人の話を信じねえんだ。自分の目で見たもんしか信じねえ。そういう人だ」


ゲルトさんは、ひげをなでた。


「その人が、あんたの言うことを、見もしねえで信じてる」


私は、隣のユリウス様を見上げた。


ユリウス様は、怖い顔のまま、前を向いていた。


でも、外套の陰で、指先が少しだけ動いた。

私のほうへ。

触れる前に、止まった。


「……わかった」


ゲルトさんが、大きく息を吐いた。


「明後日、まく。村の畑、全部だ」


集会所の空気が、ふっとゆるんだ。


ロイくんが、「やったあ!」と叫んで、ゲルトさんに頭をはたかれた。


帰り道。


館へ向かう馬車の中で、私はユリウス様に頭を下げた。


「ありがとうございました。あの、館の種まで」


「必要ない」


「でも、もし当たらなかったら」


「当たる」


ユリウス様は、窓の外を見たまま言った。


「あなたは、ノートを開いて、それから言った。当てずっぽうで言ったのではない」


「……見ていらしたんですか」


「入り口からな」


ユリウス様は、少しだけこちらを向いた。


「あなたは、自分の言葉に責任を持とうとしていた。だから、その責任を半分、私が持つことにした」


「半分」


「全部持つと言うと、あなたは怒るだろう」


私は、目をぱちぱちさせた。


怒る。

たしかに、怒ったかもしれない。


私の仕事なのに、と思ったかもしれない。


この人は、どうしてそれがわかるのだろう。


「……半分なら、怒りません」


「そうか」


ユリウス様は、また窓の外に顔を向けた。


馬車が揺れて、私の肩が、ユリウス様の腕に少しだけ当たった。


「す、すみません」


「いや」


ユリウス様は、動かなかった。


私も、なぜか、すぐに離れられなかった。


館に着くまで、二人とも黙っていた。

肩が当たったまま。


その夜、私は塔で、北の山の雲を見上げた。


三日後。

夕方から、西に回ってくる雲。


「お願いします」


雲に向かって、小さく頭を下げた。


ユリウス様が、半分持ってくれた責任。

絶対に、落とせない。

お読みいただき、ありがとうございます。


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毎日更新しています。

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