第6話 王都・晴れすぎた半月
◆ ◆ ◆
その朝も、王都は晴れていた。
雲一つない、真っ青な空。
これで、十五日続けての晴れだった。
「素晴らしい天気ではないか」
王太子アルベルトは、大聖堂のバルコニーで大きく伸びをした。
「天気係がいなくなって、十五日だ。それでこの晴れ続き。結局、あの娘がいてもいなくても、空は変わらないということだ」
「本当ね」
隣で、光の聖女セレスティーナが微笑んだ。
「晴れの日なんて、待っていれば来るのよ。言ったとおりでしょう?」
「君はいつも正しいな」
二人は、顔を見合わせて笑った。
そのとき、バルコニーの扉が、ためらうように叩かれた。
「失礼いたします、殿下」
入ってきたのは、若い神官だった。
手に、紙の束を抱えている。
「なんだ。朝から」
「西の貯水池の水位のご報告です」
「水位?」
アルベルトは、面倒くさそうに眉をひそめた。
「そんなものは、水道の役人が見るものだろう」
「それが、その、水道の役人から、大聖堂に問い合わせが来ておりまして」
若い神官は、紙を一枚めくった。
「十五日前と比べて、水位が二割下がっています」
「二割?」
「はい。毎年この時期は、ほとんど変わらないはずなのですが」
「晴れが続いているからだろう」
アルベルトは、手をひらひらと振った。
「晴れれば、水は減る。当たり前のことだ」
「はい。ですが、例年は」
若い神官は、言いにくそうに口ごもった。
「例年は、晴れが続いても、三日に一度は、夜のうちに小雨が降っていたそうです。王都の記録では、この十年、ずっとそうでした」
「……それで?」
「この十五日間、一度も、夜の小雨が降っておりません」
バルコニーに、少しの間、沈黙が落ちた。
セレスティーナが、くすっと笑った。
「あら。まるで、天気係がいなくなったせいだって言いたいみたいね」
「い、いえ、そういうわけでは」
「たまたまよ」
セレスティーナは、金色の髪を指に巻きつけた。
「空なんて、気まぐれなものでしょう。半月くらい雨が降らないことだってあるわ」
「ですが、聖女様。南の麦畑の農夫たちからも、土が乾きすぎていると」
「農夫は、いつも何か文句を言うものよ」
「水が減ったなら、運べばいい」
アルベルトが、あくびをしながら言った。
「川から水を引けばいいだろう。水道の役人に、そう言っておけ」
「……かしこまりました」
若い神官は、頭を下げて下がろうとした。
その背中に、セレスティーナが声をかけた。
「ねえ、あなた」
「はい」
「まさか、あの天気係を呼び戻そうなんて、思っていないわよね?」
若い神官の肩が、びくりと跳ねた。
「め、めっそうもございません」
「よかった」
セレスティーナは、にっこり笑った。
「だって、あんな地味な子に頼らなきゃいけない大聖堂なんて、恥ずかしいもの。ねえ、殿下」
「まったくだ。五年も、あれが私の婚約者だったのだぞ」
「かわいそうな殿下。でも、もう私がいるわ」
アルベルトは笑った。
「天気の記録を毎日読んでいるような娘だぞ。誰も読まない記録をな。あれがいなくなって、大聖堂の空気が明るくなった」
「本当に。あの子がいると、なんだか暗かったのよね。いつも空ばかり見上げて」
「辺境で、空でも見上げていればいい。あそこには、それしかないのだから」
二人の笑い声が、バルコニーに響いた。
◆ ◆ ◆
若い神官は、廊下を歩きながら、紙の束を抱え直した。
その一番下に、一枚だけ、他と違う紙が挟まっていた。
古い紙だった。
大聖堂の書庫の隅で、見つけたものだ。
ある聖女が、毎朝書いていた、天気の記録の一枚。
細かい字で、びっしりと書いてある。
『西の貯水池・水位やや低い。今夜、小雨を少し足す』
『南の麦畑・土が乾き気味。明後日の夜、小雨』
『建国祭まで四十五日。当日の朝に向けて、三日前から雲をどける』
日付は、十五日前の朝。
天気係が、追放される直前に書いた、最後の記録だった。
「……三日に一度の、小雨」
若い神官は、小さくつぶやいた。
この十年、王都に降っていた夜の小雨。
誰も気にしていなかった、あの雨。
あれは、本当に、たまたまだったのだろうか。
廊下の窓から、空を見上げる。
雲一つない、真っ青な空。
今日も、雨は降りそうになかった。
建国祭まで、あと三十日だった。
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