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婚約破棄された聖女ですが、私の祈りは「天気」に効くだけです。……え、辺境では大事なんですか?  作者: 雫 くずし


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第39話 行くか、行かないか

「行かなくていい」


宰相の手紙が届いた次の朝。


報告のあとの、もう一つ。


ユリウス様は、そう言った。


「召喚状を放っておいたら、どうなりますか」


「王都が騒ぐ。それだけだ」


ユリウス様は、窓の外の白い畑を見ていた。


「今の王都に、北まで兵を出す余裕はない。決まりを作っても、ここまでは届かない」


「でも」


「あなたを、また誰かの持ち物のように呼びつける。そんな場所に、行かせたくない」


声は低かった。


怒っているのだと、少ししてから気づいた。


私に、ではなく。


「少し、考えさせてください」


私はノートを閉じた。


それから十日、考えた。


考えているあいだも、毎朝の報告は続いた。


寒波のあとの冬は、拍子抜けするほど穏やかだった。


ロイは雪だるまを作り、ゲルトさんは納屋で鍬の柄を削っていた。


ある朝、ゲルトさんが納屋から顔を出した。


「聖女様、王都に呼ばれとるそうですな」


村じゅうが、もう知っていた。


アンネさんが、パン屋で怒りながら話したらしい。


「行きなさるんですか」


「まだ、決めていません」


ゲルトさんは、鍬の柄を削る手を止めなかった。


「わしは、三年前の干ばつのとき、王都に手紙を出しました。天気の聖女様を、一日だけでも貸してくれと」


初めて聞く話だった。


そんな手紙は、私のところには一度も来なかった。


「返事は来なかった。それきりです」


ゲルトさんは、削りくずを払った。


「行くなら、ちゃんと帰ってきなされ。それだけです」


ここにいれば、いい。


ユリウス様の言うとおりだった。


十一日目の午後。


王都から、二通目の手紙が来た。


若い神官さんの字だった。


前の手紙より、ずっと乱れていた。


『ティア様。お尋ねしたいことがあります。


記録帳の春分のページの端に、走り書きを見つけました。南の海に渦の雲、三晩かけて東へずらす。十年のうちに三回。


花祭りの欄は、毎年「晴れ」だけでした。


ティア様は、誰にも言わずに、王都の大嵐をずらしておられたのですね。


今年の南の空は、まだ私には読めません。渦がどこで生まれるのかも、わかりません。


もし今年も来たら、私は、どうすればいいのでしょうか』


読み終えて、私は顔が熱くなった。


見つかってしまった。


「誰にも、言わなかったのか」


横から手紙をのぞいていたユリウス様が、低い声で言った。


「言っても、花祭りが晴れるだけですから」


「大嵐だぞ」


「外れたら恥ずかしいので、端っこに書いていました」


ユリウス様は、眉間のしわを深くした。


それから、なぜか私の頭に手を置いた。


一度だけ。


すぐに離して、咳払いをした。


耳が、赤かった。


私は、手紙をもう一度読んだ。


今年は、ずらす人がいない。


南の海の渦は、春分のころに生まれやすい。


三回のうち二回は、王都の真上を通る道だった。


「行きます」


声に出すと、思ったより、はっきりした声だった。


ユリウス様が、こちらを見た。


「王都の空を、放っておけません。あそこにも、井戸の水を待っている人がいます」


「審問は、あなたを取り戻すための場だ」


「わかっています」


私は、指を折って数えた。


「行かなければ、私は一生、認められていない婚約者のままです」


一本。


「それは、いやです」


二本目の指は、折れなかった。


言ってから、自分が何を言ったのか気づいたからだ。


ユリウス様は、黙っていた。


黙ったまま、耳の赤さが首まで下りていった。


そこへ、扉が勢いよく開いた。


「春分の日に、審問ですって?」


アンネさんだった。


手に、宰相の手紙の写しを握っていた。


「結婚式は、春分のあとの最初の晴れの日と決めて、花も布も、もう頼んでありますのに!」


「アンネ、それは」


「旦那様は黙っていてください。宰相だか何だか知りませんが、人の結婚式の日取りに口を出すなんて」


アンネさんは、本気で怒っていた。


私は、なぜか少し泣きそうになった。


「延びるかもしれません。ごめんなさい」


「聖女様が謝ることじゃありません」


アンネさんは、鼻をすすった。


「延びるだけです。なくなりはしません。そうですよね、旦那様」


ユリウス様は、うなずいた。


それから、私を見た。


「付いていく」


「でも、領地は」


「オスカーがいる。冬のあいだは、大きな仕事はない」


ユリウス様は、少しだけ言葉を探した。


「婚約者を、一人で審問に行かせる気はない」


婚約者。


その言葉を、ユリウス様の口から聞くのは、初めてだった気がする。


出発は、春分の十三日前と決まった。


その夜、私は古いノートを五冊、全部机に並べた。


春分のページを、一冊ずつ開く。


渦の雲が生まれた年は、どれも、冬の終わりに南風が早く吹いていた。


窓を開けた。


北の夜風に混じって、ほんの少しだけ、南の湿り気がした。


今年は、早い。

お読みいただき、ありがとうございます。

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