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婚約破棄された聖女ですが、私の祈りは「天気」に効くだけです。……え、辺境では大事なんですか?  作者: 雫 くずし


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第37話 寒波明け

目が覚めたら、自分の部屋の寝台の上だった。


窓の外が、明るかった。


明るすぎた。


「報告!」


私は、跳ね起きた。


七日後の朝。ここで。


そう約束したのに。


寝間着の上にショールを巻いて、廊下に飛び出した。


窓辺に、ユリウス様が立っていた。


いつもの場所。


いつもの、黒い耳当て。


「ユリウス様、今、何時ですか」


「昼の、少し前だ」


「まさか、ずっとここに」


「五時半から」


廊下の角から、アンネさんの声がした。


「旦那様は、五時半からここです。お昼も、私がここまで運びましたよ」


「アンネ」


「はいはい、引っこみます」


ユリウス様は、咳払いをした。


「約束だったから」


私は、窓の外を見た。


空は、薄い青だった。


北の山から、もう白い風は来ていない。


窓ガラスの霜が溶けて、しずくになって流れていた。


「本日の空を、お伝えします」


声が、少しかすれた。


「晴れ。ところにより、薄い雲。北風は、止みました。寒さは、今日からゆるみます」


私は、息を吸った。


「寒波は、終わりです」


ユリウス様は、紙に書いた。


書き終わってから、ペンを置いた。


「谷の村の者、ハーゼの者、館の者。全員、数えた。一人も、欠けていない」


一人も。


私は、その言葉を、口の中でくり返した。


「凍えて指を痛めた者が三人。熱を出した子どもが五人。みんな、もう起きている」


「よかった」


ほかに、言葉が出てこなかった。


ユリウス様が、懐から古い帳面を出した。


祖父様の、冬の帳面だった。


いちばん新しいページを開く。


五十年前の字の、ずっと後ろ。


まだ乾ききっていないインクで、一行だけ書いてあった。


『七日七晩の寒波。天気の聖女ティア、丘に雲のふたをかける。領民、一人も欠けず』


「今年の分だ」


ユリウス様は言った。


「冬の終わりにつけるものだが、待てなかった」


私は、そのページを、しばらく見ていた。


『わしは、何もできなんだ』


あの行の、ずっと後ろに、この行がある。


「それから」


ユリウス様が言った。


報告のあとの、もう一つ。


今朝は、ユリウス様の番らしかった。


「ありがとう」


それだけだった。


でも、ユリウス様は、今度は目をそらさなかった。


耳は、真っ赤だった。


寒波は、もう終わったのに。


その意味を考えかけたところで、私の顔まで熱くなってきたので、考えるのをやめた。


昼過ぎ、館の前庭は、荷車でいっぱいになった。


谷の村の人たちが、家に帰る支度をしていた。


鍋と、毛布と、子どもと、鶏。


来たときと、同じ荷物だった。


ただ、来たときより、みんな声が大きかった。


モルン村の村長さんが、私の前に来て、帽子を取った。


「聖女様。わしの村は、この冬、一軒もつぶれとらんそうです。先に見に行った若い者が、知らせてきました」


「屋根の雪は」


「騎士の方々が、寒波のあいだに、交代で下ろしに行ってくださった。旦那様の命令だったそうで」


私は、ユリウス様を振り返った。


ユリウス様は、荷車の車輪を見ていた。


聞こえないふりをしているのが、まるわかりだった。


「家は建て直せる、と言ったのは、旦那様なんですがな」


村長さんは、白いひげの下で、少し笑った。


「建て直さずに済むように、してくださっていた」


ロイが、荷車の上から手を振った。


「お天気さま! 春になったら、また種まきの日、教えてね!」


「教えるよ。いちばんいい日を」


午後、王都からの便が、ようやく館に着いた。


寒波のあいだ、街道で足止めされていたらしい。


手紙は、二通あった。


一通目は、大聖堂の、若い神官さんからだった。


『ティア様。届きました。夜に、王都に小雨が降りました。西の貯水池の水が、指一本ぶん上がりました。神官長様が、泣いておられました。記録は、毎朝つけています。春の分の読み方も、また教えてください』


手紙の端に、小さな雲の絵が描いてあった。


上手ではなかった。


でも、形はちゃんと、雨雲だった。


「指一本ぶん」


私は、笑ってしまった。


王都の貯水池は、大きい。


指一本ぶんでも、王都の人たちの何日分かの水になる。


二通目は、封蝋が、重そうな赤だった。


見たことのない紋章だった。


ユリウス様が、それを見て、顔をこわばらせた。


「宰相の紋だ」


ユリウス様は、封を切った。


読み終わって、黙って私に渡した。


『天気の聖女ティアに告ぐ。

天気の聖女は、王都大聖堂に属する者である。

大聖堂の許しなく結ばれた、グレイフォード辺境伯との婚約は、これを認めない。

春分の日、王都大聖堂にて審問を行う。必ず出頭せよ。

王国宰相 ヴァルター』


私は、二度読んだ。


三度目は、指が震えて、読めなかった。


春分の日。


アンネさんが、毎晩のように楽しそうに話していた、結婚式の季節だった。


「認めない、か」


ユリウス様が、低い声で言った。


窓の外で、軒のつららが一本、折れて落ちた。

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