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婚約破棄された聖女ですが、私の祈りは「天気」に効くだけです。……え、辺境では大事なんですか?  作者: 雫 くずし


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第28話 元婚約者の来訪

王太子殿下の馬車が館に着いたのは、それから五日後の昼だった。


金の飾りがついた、大きな馬車だった。

前後に、騎士が十人ついていた。


館の前の広場に、馬車が止まる。


扉が開いて、王太子アルベルト殿下が降りてきた。


その後ろから、セレスティーナ様も。


五か月ぶりだった。


殿下は、広場を見回して、眉をひそめた。


「ここが、グレイフォード領か。……思っていたより、ずいぶん人が多いな」


広場には、人が集まっていた。


台地の村の人。谷の村の人。町の人。


王太子が来ると聞いて、みんな、仕事の手を止めて見に来たのだ。


誰も、頭を下げていなかった。


腕を組んで、じっと殿下をにらんでいた。


殿下は、そのにらむ目の中を、ずかずかと歩いてきた。


それから、館の玄関の前に立つ私を見つけた。


「ティア」


五年間、何度も聞いた声だった。


「迎えに来てやったぞ」


殿下は、両手を広げた。


「手紙は読んだだろう。返事をよこさないから、わざわざこの私が来てやったのだ。さあ、帰るぞ」


私は、玄関の階段の上から、殿下を見下ろした。


不思議な感じがした。


五年間、私はいつも、この人を見上げていた。


「お久しぶりです、殿下」


私は、頭を下げた。


それから、顔を上げた。


「お断りします」


広場が、しんとした。


殿下の顔が、固まった。


「……なんだと?」


「王都には、戻りません。婚約も、元に戻しません」


殿下は、しばらく口を開けていた。


それから、笑った。


「は。何を言っている。お前が、私に言い返すなど」


「言い返しているのでは、ありません」


私は、まっすぐに殿下を見た。


「お返事をしているんです。殿下が、初めて私に、どうしたいか聞いてくださったので」


「聞いてなど」


「手紙に、戻れと書いてありました。命令でしたけど、私が答えないと、殿下は困るんですよね。だから、答えます」


私は、息を吸った。


「戻りません」


殿下の顔が、赤くなった。


「――辺境伯!」


殿下は、私の後ろに向かって怒鳴った。


ユリウス様が、玄関から出てきた。


黒い外套。怖い顔。


殿下は、ユリウス様をにらみつけた。


「貴様が、この娘に何か吹きこんだのだな。王太子の婚約者を、たぶらかして」


「元、だ」


ユリウス様の声は、静かだった。


「殿下が破棄された」


「破棄など、取り消せばいい!」


「彼女が、断った」


ユリウス様は、私の隣に立った。


「それに、私は何も吹きこんでいない。彼女は、自分で決めた」


「嘘をつけ! この娘は、一人では何も決められない! 五年間、私の言うことに一度も逆らわなかった!」


「それは」


ユリウス様は、少しだけ首をかしげた。


「殿下が、一度も彼女に、何も聞かなかったからではないのか」


殿下の口が、ぱくぱく動いた。


言葉が、出てこないようだった。


そのとき。


「お天気さまは、行かねえぞ!」


広場の真ん中で、ゲルトさんが叫んだ。


白いひげを震わせて、殿下の前に出てきた。


「この土地はな、三年、凶作だったんだ! あんたが追い出したお天気さまが来て、やっと麦が取れたんだ!」


「下がれ、無礼者!」


騎士が、剣の柄に手をかけた。


でも、ゲルトさんは下がらなかった。


その隣に、谷の村長さんが並んだ。

ロイくんのお母さんが並んだ。

焼き栗屋のおばさんが並んだ。

毛織物屋のおばあさんが並んだ。


ロイくんが、ゲルトさんの足の後ろから、顔を出した。


「お天気さまは、ここの人だ!」


小さな声だった。

でも、広場じゅうに響いた。


人が、どんどん並んでいった。


私と殿下の間に、壁ができた。


人の壁だった。


殿下は、その壁を見て、一歩、後ずさった。


「な、なんだ、これは……」


騎士たちが、顔を見合わせていた。

剣の柄から、手が離れていた。


十人の騎士で、この人たち全員を押しのけることはできない。


それくらい、誰の目にもわかった。


「――殿下」


静かな声がした。


セレスティーナ様だった。


馬車の横に立って、じっとこちらを見ていた。


「もう、いいでしょう」


「セレスティーナ、何を」


「見たかったの。あの子が、本当に、黙って戻ってくる子なのか」


セレスティーナ様は、人の壁の向こうの私を見た。


それから、少しだけ笑った。


さびしそうな、笑い方だった。


「ぜんぜん、違ったわね」


殿下は、何も言えずに立ちつくしていた。


広場に、風が吹いた。


北の山から、冷たい風。


冬の初めの、北風だった。


私は、空を見上げた。


来た。


待っていた風だ。


「殿下」


私は、人の壁の向こうへ、声をかけた。


「王都の雨のことは、考えてあります」


殿下が、顔を上げた。


「戻らない、と言ったではないか」


「はい。殿下のところには、戻りません」


私は、隣のユリウス様を見た。


ユリウス様が、うなずいた。


「でも、王都の人たちのために、雨は送ります」


「……送る?」


「ここから」


私は、北の空を指さした。


「明日の朝、お見せします」

お読みいただき、ありがとうございます。


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