第24話 収穫祭の夜
収穫祭の日は、晴れた。
前の日も、次の日も雨なのに、その一日だけ、空がぽっかりと青かった。
「お天気さまの晴れだ!」
館の前の広場で、ロイくんが叫んだ。
広場には、たくさんの屋台が出ていた。
新しい麦で焼いたパン。
丸ごと焼いた羊。
りんごの蜜煮。マルコさんが送ってくれたりんごだ。
台地の村の人も、谷の村の人も、町の人も。
みんな、晴れ着を着て集まっていた。
私は、アンネさんに着せてもらった、薄い水色のワンピースを着ていた。
前髪の横には、雲の銀の髪留め。
「まあ、ティア様。よくお似合いで」
アンネさんが、満足そうにうなずいた。
「これ、アンネさんのお若いころの服なんですよね」
「ええ。ちょっとだけ、詰めましたけれど」
アンネさんは、なぜか得意げだった。
それから、広場の向こうをちらりと見た。
「旦那様が、さっきからこちらを見ていらっしゃいますよ」
振り向く。
広場の真ん中に、ユリウス様が立っていた。
いつもの黒い外套ではなく、濃い紺色の礼服を着ていた。
髪も、きちんとなでつけてある。
ユリウス様は、私と目が合うと、すぐに目をそらした。
それから、もう一度こちらを見て、また目をそらした。
「……三回目ですわね」
アンネさんが、つぶやいた。
日が暮れて、広場にたいまつが灯った。
楽団が、楽器の調子を合わせ始める。
ゲルトさんが、広場の真ん中に出てきて、大きな声で言った。
「さあて、三年ぶりの収穫祭だ! 最初の一曲は、決まりどおり、領主さまにお願いしようじゃねえか!」
広場じゅうが、わっと沸いた。
「辺境伯さま!」
「領主さま、踊って!」
ユリウス様は、広場の真ん中に引っぱり出された。
困ったような、怖い顔で。
「最初の一曲は、領主さまが、いちばん大事な人と踊るんだ!」
ゲルトさんが、にやにやしながら言った。
広場が、静かになった。
みんなが、ユリウス様を見ていた。
それから、なぜか、みんなが私を見た。
私は、広場の端で、りんごの蜜煮の皿を持ったまま、固まった。
ユリウス様が、まっすぐ、こちらへ歩いてきた。
人が、さあっと道を開ける。
ユリウス様は、私の前で止まった。
それから、右手を差し出した。
「……一曲、いいか」
声が、少しだけかすれていた。
私は、皿をアンネさんに渡した。
アンネさんの手が、ぶるぶる震えていた。
「わ、私で、いいんですか」
「あなたがいい」
ユリウス様の耳が、たいまつの光でもわかるくらい、赤かった。
今日は、寒くないのに。
私は、ユリウス様の手を取った。
楽団が、ゆっくりした曲を奏で始めた。
ユリウス様の手が、私の背中に回る。
ぎこちなかった。
足を、二回踏まれた。
「す、すまない」
「大丈夫です」
「父が亡くなってから、踊っていない」
「私も、王都の舞踏会では一曲だけでしたから」
ユリウス様の足が、少しだけ止まった。
「……王都の舞踏会で、あなたは、一曲踊ってから、どうしていた」
「壁ぎわで、窓の外の空を見ていました」
私は、少しだけ笑った。
「殿下は、一曲目だけ踊ったら、すぐに他の方のところへ行かれたので」
ユリウス様の腕に、ぎゅっと力が入った。
「今日は」
「え?」
「今日は、最後まで、私と踊ってくれ」
低い声だった。
私の耳元で。
「一曲で、終わらせない」
顔が、一気に熱くなった。
楽団の曲が変わっても、ユリウス様は、私の手を離さなかった。
二曲目。三曲目。
だんだん、足を踏まれなくなった。
周りで、村の人たちも踊り始めた。
ロイくんが、ゲルトさんと、めちゃくちゃなステップで跳ね回っていた。
たいまつの火が、ゆらゆら揺れていた。
空を見上げる。
満天の星だった。
私が作った、一日だけの晴れの空。
「ティア」
「はい」
「来年も」
ユリウス様は、私を見下ろした。
「来年も、ここにいてほしい」
私は、ユリウス様の顔を見上げた。
怖い顔だった。
でも、こんなに優しい目をした怖い顔を、私は他に知らない。
「再来年も。その次も」
「……」
「天気係としてではなく」
ユリウス様が、何かを言おうとして、息を吸った。
そのとき。
広場の入り口で、馬のいななきが聞こえた。
音楽が、止まった。
雨よけのマントをかぶった騎士が、馬から降りてきた。
昨日の、王都の使者だった。
騎士は、広場の真ん中まで歩いてきて、私の前で止まった。
それから、封筒を一通、差し出した。
赤い封蝋。
王家の紋章。
「聖女殿。王太子殿下から、あなた宛ての私信です」
騎士は、気まずそうに目をそらした。
「収穫祭の夜に、必ず渡せと。……申し訳ない」
私は、封筒を受け取った。
ユリウス様の手が、私の背中から離れた。
広場が、しんと静まり返っていた。
封筒の表に、見覚えのある字があった。
五年間、何度か受け取った字。
いつも、短い用件だけが書いてあった字。
『ティアへ』
私は、封を切った。
最初の一行が、目に飛びこんできた。
『婚約を、元に戻してやる』
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