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婚約破棄された聖女ですが、私の祈りは「天気」に効くだけです。……え、辺境では大事なんですか?  作者: 雫 くずし


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第22話 三年ぶりの刈り入れ

刈り入れの初日は、雲一つない晴れだった。


台地の畑に、人がずらりと並んだ。


台地の村の人。

谷の村から手伝いに来た人。

館の人たち。


それから、黒い耳当てをつけた辺境伯様。


「始めるぞ」


ユリウス様の声で、みんながいっせいに鎌を振り始めた。


ざくっ。ざくっ。


金色の麦が、刈られて、束ねられていく。


私も、ロイくんのお母さんに鎌の使い方を教わって、端のほうを刈った。


「お天気さま、腰が入ってないよ」


「こ、腰ですか」


「こう、ぐっと」


「ぐっと……」


ぐっと腰を入れたら、尻もちをついた。


周りの人たちが、どっと笑った。


「お天気さまは、空を見ててくれりゃいいよ!」


「刈るのは、あたしらがやるから!」


「そ、そうします」


私は、畑のあぜに座って、空の見張り番をすることになった。


二日目も、晴れ。


三日目も、晴れ。


私は、毎朝、塔で空の様子を確かめた。


北の山の向こうに、小さな雲が湧きそうになったら、そっと押し返す。

風が強くなりそうな日は、少しだけ弱める。


刈った麦は、畑で乾かしてから、束にして運ぶ。

途中で雨に濡れたら、腐ってしまう。


七日間、一滴も降らせてはいけない。


「お天気さま、明日も晴れ?」


夕方、麦の束を運ぶロイくんが聞いた。


「晴れです」


「明後日も?」


「晴れです」


「その次も?」


「晴れです。七日目まで、ずっと」


ロイくんは、にかっと笑った。


「お天気さまが言うなら、晴れだね」


その言葉が、うれしかった。


四日目。


昼過ぎ、私はあぜに座って空を見ていた。


隣に、誰かが座った。


ユリウス様だった。


汗だくだった。

シャツの袖をまくった腕が、日に焼けて赤くなっている。


耳当ては、さすがに外していた。


首から、ぶら下げていた。


「……つけてないんですね」


「暑い」


「寒いから、つけてたんじゃ」


「……昼は、暑い」


ユリウス様は、目をそらした。


アンネさんが、水筒を二つ持ってきてくれた。


一つを、ユリウス様に。

一つを、私に。


それから、なぜか、さっさと離れていった。


二人で、水を飲んだ。


畑の向こうで、村の人たちが歌いながら麦を刈っている。


刈り入れの歌だと、ゲルトさんが教えてくれた。

三年ぶりに歌う、と。


「……ユリウス様」


「なんだ」


「ありがとうございます」


ユリウス様が、こちらを向いた。


「何がだ」


「三年前に、手紙をくださったこと」


私は、金色の畑を見たまま言った。


「天気の聖女を一人、よこしてほしいって。毎年、返事がなくても、出し続けてくださったこと」


「……」


「あの手紙が、もし一度でも私に届いていたら、私はもっと早く、ここに来たいって言っていたと思います」


ユリウス様は、何も言わなかった。


ただ、水筒を握る手に、少しだけ力が入った。


「王都では、天気がわかっても、誰も喜んでくれませんでした。晴れの日は、待っていれば来るって言われて」


「……」


「でも、ここでは、晴れたら泣いて喜んでくれる。雨が降ったら、踊ってくれる。ロイくんは、私が晴れと言ったら、晴れだって信じてくれる」


私は、ユリウス様のほうを向いた。


「ここに来られて、本当によかったです」


ユリウス様は、私をじっと見ていた。


日に焼けた顔の、怖い目。


その目が、少しだけ揺れていた。


「……ティア」


「はい」


「私は」


ユリウス様は、何か言いかけて。


「辺境伯さまぁ! こっちの束、運ぶの手伝ってくだせえ!」


畑の向こうから、若い男の人の声がした。


ユリウス様は、目を閉じた。


長い、長いため息をついた。


「……十二回目だ」


「え?」


「なんでもない」


ユリウス様は、立ち上がって、耳当てを首から外した。


それを、私の膝の上に置いた。


「預かっていてくれ」


「は、はい」


ユリウス様は、畑のほうへ歩いていった。


私は、膝の上の黒い耳当てを見下ろした。


ふわふわしていて、まだ、少しだけ温かかった。


七日目の夕方。


最後の麦の束が、荷車に積まれた。


台地の畑は、すっかり刈り取られて、黄色い切り株だけが並んでいた。


「終わったぞおおおお!」


ゲルトさんが、鎌を空に突き上げた。


台地じゅうから、歓声が上がった。


みんなが、抱き合ったり、帽子を投げたり、地面に寝転がったりしていた。


蔵に運びこまれた麦の量を、ユリウス様が数えた。


「……三年分の、凶作の穴を埋めて、まだ余る」


ユリウス様の声が、少しだけ震えていた。


「来年の種も、ある。冬を越せる。誰も、町へ出ていかなくていい」


ゲルトさんが、ユリウス様の背中を、ばんと叩いた。


「やりましたなあ、辺境伯さま」


「……ああ」


ユリウス様は、うつむいた。


それから、顔を上げて、私を見た。


みんなの真ん中で。


「ティア」


「はい」


「ありがとう」


まっすぐな声だった。


台地じゅうの人たちが、しんと静かになった。


それから、誰かが拍手を始めた。


拍手が、どんどん広がっていった。


「お天気さま!」

「お天気さま、ありがとう!」


私は、何も言えずに、耳当てを胸に抱えていた。


その夜、北の山の向こうから、秋の長雨の最初の雲がやってきた。


七日目の、夜だった。


ちょうど、ぴったり。


「お天気さま、すげえ」


ロイくんが、窓の外の雨を見て、つぶやいた。


明日は、収穫祭の準備だ。


そして、明後日が、収穫祭。


ただ、この雨は三日続く。


収穫祭の日だけは、晴れにしなければ。


私は、そう決めて、塔へ向かった。


その途中の廊下で、アンネさんが、青い顔で走ってきた。


「ティア様」


「アンネさん? どうしたんですか」


「王都から、使者が」


アンネさんの声は、震えていた。


「王太子殿下の、使者だそうです」

お読みいただき、ありがとうございます。


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