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婚約破棄された聖女ですが、私の祈りは「天気」に効くだけです。……え、辺境では大事なんですか?  作者: 雫 くずし


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第21話 金色の台地

西の台地が、金色になった。


塔の窓から見下ろすと、台地いっぱいに、麦の穂が波打っていた。


風が吹くたびに、金色の波が、さあっと向こうまで走っていく。


「……きれい」


思わず、声が出た。


春に、ロイくんに怒られながらまいた種。

霜の夜に、一晩中守った芽。


それが、こんなふうになった。


「お天気さまぁ!」


塔の下から、声がした。


窓から身を乗り出すと、ロイくんが手を振っていた。

隣に、ゲルトさんもいる。


「麦、見たー!?」


「見ましたー!」


「すげえだろー!」


「すごいですー!」


ゲルトさんが、ロイくんの頭を軽くはたいた。

でも、その顔は笑っていた。


台地の村は、朝から大騒ぎだった。


「これは、豊作だぞ」


ゲルトさんは、麦の穂を一本折って、手のひらで粒をほぐした。


ぷっくりした粒が、ころころと転がる。


「見ろ、この粒。三年前より、でかい」


「三年ぶりの、刈り入れですね」


「三年ぶりどころか、わしが畑をやって五十年、こんな麦は初めてだ」


ゲルトさんは、ひげをなでながら、私を見た。


「お天気さま。あんたのおかげだ」


「村の皆さんが、がんばったからです」


「謙遜はもういい。聞き飽きた」


ゲルトさんは、豪快に笑った。


「で、刈り入れはいつがいい」


私は、空を見上げた。


晴れ。

北の山に、雲はない。


「三日後から、七日間は晴れが続きます。そのあと、秋の長雨が来ます」


「七日か」


ゲルトさんは、うなった。


「台地の畑を全部刈るには、ぎりぎりだな」


「足りませんか」


「人手がな。三年の凶作で、若いのがずいぶん町へ出ていっちまった」


ゲルトさんは、少しさびしそうに言った。


出ていった人たち。


ユリウス様が、止められなかったと言っていた人たち。


「谷の村からも、手伝いを出す」


後ろから、低い声がした。


振り向くと、ユリウス様が立っていた。


黒い耳当てを、つけていた。


秋の、晴れた昼間に。


ゲルトさんが、ユリウス様の頭を見て、口をぽかんと開けた。


「……辺境伯さま。その、頭の」


「耳当てだ」


「この陽気で?」


「寒いからな」


ゲルトさんは、ユリウス様を見て、それから私を見た。


それから、何かを察したように、ひげの中でにやりと笑った。


「……なるほど。寒いですなあ。今年の秋は、特に」


「ああ」


ユリウス様は、まったく表情を変えなかった。


ロイくんだけが、首をかしげていた。


「寒くないよ? おれ、半袖だよ?」


「ロイ。黙ってろ」


ゲルトさんに口をふさがれて、ロイくんはもごもご言っていた。


「館の者も出す。私も刈る」


ユリウス様は、台地を見渡した。


「谷の畑の下のほうは、大雨で流された。だが、上のほうは無事だ。谷の刈り入れは、台地のあとでいい。台地を先に、七日で全部刈る」


「辺境伯さまが、ご自分で?」


「毎年、そうしてきた」


ゲルトさんは、目を細めた。


「……そうでしたな。凶作の間も、まく種がなくても、毎年来てくださった」


「刈る麦がなかっただけだ」


ユリウス様は、ぶっきらぼうに言った。


「今年は、ある」


その夜。


館の食堂で、アンネさんが、収穫祭の話をしてくれた。


「刈り入れが終わったら、館の前の広場で、お祭りをするんです。三年ぶりですよ」


アンネさんは、うれしそうだった。


「新しい麦でパンを焼いて、羊を焼いて、みんなで踊るんです。昔は、旦那様のお父上が、最初に一曲踊るのが決まりでした」


「最初に、一曲」


「領主が、いちばん大事な人と踊るんです」


アンネさんは、ちらりとユリウス様を見た。


ユリウス様は、スープを飲んでいた。


聞こえていないふりをしていた。


「旦那様は、まだ一度も踊ったことがないんですよ。お父上が亡くなってから、すぐに凶作で、お祭りどころではなかったので」


「そうなんですか」


「今年は、どなたと踊られるのでしょうねえ」


アンネさんは、わざとらしく天井を見上げた。


ユリウス様の、スープのさじが止まった。


「アンネ」


「はい、旦那様」


「パンのおかわりを」


「ございません」


「……そうか」


ユリウス様は、さじを置いた。


それから、少しだけ、私のほうを見た。


目が合った。


ユリウス様は、何か言いかけた。


口が、少しだけ開いて。


閉じた。


「……ティアは、踊れるのか」


「え?」


「王都の、舞踏会で」


「出たことはあります。殿下の婚約者だったので」


言ってから、少しだけ胸がちくりとした。


王都の舞踏会。


殿下は、決まりだから、最初の一曲だけ私と踊った。

それから、すぐに他の令嬢たちのところへ行った。


私は、壁ぎわで、窓の外の空を見ていた。


「……一曲だけ、です」


ユリウス様は、私の顔をじっと見ていた。


何かを、読み取るような目だった。


「そうか」


それだけ言って、ユリウス様はまた黙った。


部屋に戻ってから、私は窓を開けた。


夜風が、少し冷たかった。


西の台地のほうから、麦の匂いがした。


三日後から、七日間の晴れ。


その間に、全部刈り入れる。


それから、収穫祭。


領主が、いちばん大事な人と踊る。


「……ユリウス様は、誰と踊るんだろう」


つぶやいてから、私は首を振った。


天気係の考えることではない。


私は窓を閉めて、明日の空の報告のために、早めに布団に入った。


なかなか、眠れなかった。

お読みいただき、ありがとうございます。


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