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婚約破棄された聖女ですが、私の祈りは「天気」に効くだけです。……え、辺境では大事なんですか?  作者: 雫 くずし


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第20話 耳当て

町の毛織物の店は、丘のふもとの市の通りにあった。


「耳当て、ですか」


店のおばあさんは、棚の奥から箱を出してきた。


「男の人用なら、これかねえ」


箱の中に、耳当てが三つ並んでいた。


茶色の毛皮。

灰色の毛糸。

それから、黒い、やわらかそうな毛皮。


「この黒いのは、北の山の羊の毛でね。いちばんあったかいよ」


私は、黒い耳当てを手に取った。


ふわふわしている。

黒い外套と、同じ色だ。


「これにします」


「はいよ。贈り物かい」


「はい」


「誰に?」


「辺境伯様です」


おばあさんの手が、止まった。


それから、にんまりと笑った。


「へえ。そうかい。辺境伯様にねえ」


「最近、耳がよく赤くなるので。寒いんだと思います」


「……へえ?」


おばあさんの笑顔が、ちょっとだけ固まった。


「耳が、赤く」


「はい。私と話していると、よく赤くなるんです。この土地は、寒いですから」


おばあさんは、しばらく黙っていた。


それから、耳当てをていねいに紙で包んで、赤いリボンをかけてくれた。


「お代は、半分でいいよ」


「えっ、どうしてですか」


「いいもん聞かせてもらったからね」


よくわからなかったけれど、お礼を言って店を出た。


館に戻ったのは、夕方だった。


ユリウス様は、執務室にいるとアンネさんが教えてくれた。


扉を叩く。


「入れ」


執務室の机の上は、書類の山だった。


ユリウス様は、ため池の図面を広げて、ペンを走らせていた。


「ティアか。どうした」


「あの、少しだけ、お時間いいですか」


「ああ」


ユリウス様は、ペンを置いた。


私は、背中に隠していた包みを、両手で差し出した。


「これ、受け取ってください」


ユリウス様は、包みを見た。


それから、私を見た。


「……私に、か」


「はい。マルコさんにいただいた相談料で、買いました。初めて自分で稼いだお金なので、最初に、ユリウス様に何か返したくて」


ユリウス様は、なかなか受け取らなかった。


包みを、じっと見つめていた。


赤いリボンを。


「開けても、いいか」


「どうぞ」


大きな指が、リボンをほどく。

紙を開く。


黒い、ふわふわの耳当てが出てきた。


ユリウス様は、それを手に取って、固まった。


「耳当て」


「はい」


「なぜ、耳当てを」


「ユリウス様、最近、よく耳が赤くなっていらっしゃるので」


ユリウス様の動きが、完全に止まった。


「この土地は寒いので、きっと耳が冷えて赤くなるんだと思って。北の山の羊の毛で、いちばん暖かいそうです」


「……」


「特に、私と話しているときによく赤くなるので、もしかしたら私の部屋のほうが冷えるのかなって。あ、廊下が寒いのかもしれません。朝の報告のとき、五時半から廊下にいらっしゃるし」


「……ティア」


「はい」


「もう、いい」


ユリウス様は、耳当てを持ったまま、机に突っ伏した。


「ユ、ユリウス様!?」


「なんでもない」


声が、机にくぐもっていた。


突っ伏した頭の両側で、耳が、見たことがないくらい真っ赤になっていた。


「ほら、また赤い! やっぱり寒いんですよ! つけてみてください!」


「……今は、いい」


「今つけないと意味がないです!」


私は、机を回りこんで、ユリウス様の手から耳当てを取った。


それから、突っ伏した頭に、そっとかぶせた。


黒い毛皮が、赤い耳を包む。


「ほら。あったかいでしょう?」


ユリウス様は、突っ伏したまま、しばらく動かなかった。


それから、ゆっくりと顔を上げた。


黒い耳当てをつけた、怖い顔の辺境伯様。


なんだか、大きな黒い熊みたいだった。


「……ふふっ」


思わず、笑ってしまった。


「似合ってます」


ユリウス様は、私を見上げた。


近かった。


机のそばに立った私と、椅子に座ったユリウス様。

いつもは見上げているその顔が、今は私より下にあった。


「……あたたかい」


ユリウス様が、ぼそりと言った。


「よかったです」


「耳ではなく」


「え?」


ユリウス様は、耳当てにそっと手を当てた。


「あなたが、私のために選んでくれたことが、だ」


私は、言葉に詰まった。


今度は、私の耳が熱くなった。


「わ、私も、耳当て、買えばよかったかもしれません」


「なぜだ」


「今、私の耳も赤いと思うので。寒いのかも」


ユリウス様が、じっと私を見た。


それから、ほんの少しだけ、口の端を上げた。


「……そうだな。寒いのかもしれないな」


その声が、なんだかとても優しくて。


私は、慌てて執務室を飛び出した。


廊下を走っていくと、角のところでアンネさんにぶつかりそうになった。


アンネさんは、執務室の扉のほうを見て、口を押さえていた。


「ア、アンネさん、聞いていらしたんですか」


「いいえ。何も。耳当ての話など、何も」


全部、聞いていた顔だった。


「ティア様」


「は、はい」


アンネさんは、私の両肩をがしっとつかんだ。


真剣な目だった。


「旦那様の耳が赤いのは、寒いからではございません」


「えっ、じゃあ、何ですか」


「それは」


アンネさんは、口を開きかけて。


それから、大きく首を振った。


「……いえ。それは、旦那様が、ご自分でおっしゃるべきことです」


「?」


「いつか、きっと。たぶん。おそらく。……この冬のうちには、なんとか」


アンネさんは、遠い目をした。


次の日の朝。


五時半の廊下に、ユリウス様が立っていた。


黒い耳当てを、つけていた。


「おはようございます」


「ああ」


「それ、つけてくださってるんですね」


「寒いからな」


ユリウス様は、窓の外を見たまま言った。


まだ、秋の初めだった。


朝の空気は、ほんの少し涼しいくらいだった。

お読みいただき、ありがとうございます。


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