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婚約破棄された聖女ですが、私の祈りは「天気」に効くだけです。……え、辺境では大事なんですか?  作者: 雫 くずし


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第16話 雨が止んだら

雨は、次の日のお昼に止んだ。


私の予報どおりだった。


大広間の窓から、雲の切れ間が見えた。

そこから、細い光が一本、丘の上に差しこんでいる。


「止んだぞ!」

「止んだ!」


避難していた谷の村の人たちが、窓に駆け寄った。


私は、大広間の隅の長椅子に座っていた。

アンネさんに毛布を三枚かけられて、動くなと言われていたのだ。


窓の外の光を見て、私はそっと息を吐いた。


止んだ。


ということは。


「ティア」


ユリウス様が、大広間の入り口に立っていた。


昨日の泥だらけの服は着替えていた。

髪も、きちんとなでつけてある。


たぶん、三回。


ユリウス様は、まっすぐ私のほうへ歩いてきた。


心臓が、どくんと鳴った。


雨が止んだら、続きを言う。

そう言っていた。


ユリウス様が、私の前で立ち止まる。


「昨日の、続きだが」


「は、はい」


私は、毛布の中で背すじを伸ばした。


ユリウス様が、口を開いた。


「あなたは、私の――」


「辺境伯さまぁ!」


大広間の扉が、ばんと開いた。


谷の村の若い男の人が、息を切らして飛びこんできた。


「谷の様子を見てきやした! 家は、全部無事です! 川があふれて、畑の下のほうは流されちまったが、家は一軒も!」


大広間が、わっと沸いた。


「無事だ!」

「家が残ってる!」


谷の人たちが、抱き合って喜んでいる。


ユリウス様は、口を開けたまま固まっていた。


それから、ゆっくりと口を閉じて、若い男の人のほうを向いた。


「……よく知らせてくれた。畑の被害は、あとで詳しく聞く」


「へい!」


男の人は、また走っていった。


ユリウス様が、私に向き直る。


咳払いを、一つ。


「それで、続きだが」


「はい」


「あなたは、私の――」


「旦那様!」


今度は、アンネさんだった。


両手に、湯気の立つ大鍋を抱えている。


「谷の皆さんのお昼ができました! 配るのを手伝ってくださいまし! 男手が足りないんです!」


「……アンネ」


「はい!」


「今か」


「今でございます! 冷めますので!」


アンネさんは、大鍋をユリウス様に押しつけた。


ユリウス様は、大鍋を抱えたまま、私を見た。


私は、毛布の中で小さくなった。


「……あとで」


「はい」


ユリウス様は、大鍋を持って、谷の人たちのほうへ歩いていった。


背中が、ちょっとだけしょんぼりしていた。


それからも、ユリウス様は何度か私のところに来ようとした。


そのたびに、何かが起きた。


谷の村長さんが、お礼を言いに来た。

ロイくんが、雨上がりの水たまりで転んで泥だらけになった。

ゲルトさんが、台地の麦の様子を報告に来た。

子どもたちが、「お天気さま、虹出る?」と私を取り囲んだ。


「虹は、夕方に東の空に出ます」


「ほんと!?」


「たぶん」


子どもたちが、きゃあきゃあ言いながら窓に張りついた。


その向こうで、ユリウス様が、また誰かに呼び止められていた。


夕方。


東の空に、大きな虹が出た。


谷の村の人たちが、外に出て歓声を上げた。

子どもたちが、「当たった!」と飛び跳ねている。


私は、館の前の階段に座って、それを見ていた。


毛布は、一枚だけにしてもらった。


隣に、誰かが座った。


ユリウス様だった。


「……やっと、つかまえた」


ユリウス様は、ため息まじりに言った。


「つかまえた、って」


「今日一日、あなたと話そうとして、十一回邪魔された」


「数えていらしたんですか」


「数えた」


私は、思わず吹き出した。


ユリウス様は、むっとした顔をした。

でも、すぐに力が抜けたように、虹のほうを向いた。


しばらく、二人で虹を見ていた。


「ティア」


「はい」


「昨日の続きを言う」


私は、膝の上で手を握った。


「はい」


ユリウス様は、虹を見たまま、ゆっくりと言った。


「あなたは、私の」


少し、間があった。


ユリウス様の喉が、ごくりと動いた。


「私の、領地に、なくてはならない人だ」


私は、ぱちぱちとまばたきをした。


領地に。


なくてはならない人。


「ありがとうございます!」


私は、ぱあっと顔を輝かせた。


「うれしいです! 天気係として、そんなふうに言っていただけるなんて!」


「……」


「私、もっとがんばります! 谷の畑も、来年は流されないように、何か考えます!」


「……ああ」


ユリウス様は、なぜか片手で顔を覆っていた。


「どうかなさいましたか?」


「なんでもない」


「お顔、赤いですよ。やっぱり雨で冷えたんじゃ」


「なんでもない」


ユリウス様は、すっと立ち上がった。


「冷えるから、中に入れ」


「はい」


ユリウス様は、先に館の中に入っていった。


玄関の陰で、アンネさんが壁に額をつけていた。


肩が、ぷるぷる震えていた。


「アンネさん?」


「なんでも、なんでもございません」


アンネさんは、壁に額をつけたまま言った。


「旦那様の……意気地なし……」


小さな声だったので、よく聞こえなかった。


その夜、私は新しいノートに書いた。


『大雨・一日。谷の家、全部無事。畑の下のほうが流された。来年までに対策を考える』


それから、少し考えて、書き足した。


『ユリウス様に、領地になくてはならない人だと言われた』


書いてから、ノートを閉じた。


胸がぽかぽかした。


天気係として、こんなにうれしい言葉はない。


……でも。


雷が鳴る前、塔の上で言いかけた言葉は。


本当に、これの続きだったのだろうか。


私は、布団をかぶった。


考えても、わからなかった。


天気なら、雲を見ればわかるのに。

お読みいただき、ありがとうございます。


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毎日更新しています。

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